お知らせ

2014年1月21日 (火)

雑行の基本

コメント欄が荒らされましたので、南風と名乗られる方のコメントだけをスパムコメント扱いにしました。
実際、コメント欄が長過ぎて、私もまともに読んでいませんし、皆さんも読まれるのが大変でしょうから、今回の結論だけ御報告します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
■南風さんの邪義まとめ■

法然上人--「雑行は往生の行」
南風さん--「雑行は聖道門の行」

法然上人--「散善である布施・持戒は雑行」
南風さん--「散善である布施・持戒は雑行ではない」

法然上人--「散善の読誦大乗は五雑行の1つでもある」
南風さん--「定散二善は五雑行と対立する」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

法然上人の雑行の定義と明らかに反する特殊な雑行の定義を振りかざし、その特殊な雑行の定義を以って、三選の文を解釈すると言うとんでもないことを延々と続けられました。しかし、それにいつまでも付き合うほど、私も暇ではありませんので、このような措置としました。

ただし、経緯を誤魔化そうとするでしょうから、これまでのコメントは残しておきます。

一応上の雑行について解説しておきますと、『選択本願念仏集』

善導和尚の意によらば、往生の行多しといへども大きに分ちて二となす。一には正行、二には雑行なり。

とあります。往生の為にする行が、正行と雑行です。往生の為にしない行、自力でさとりを開こうとして修する行は、雑行ではありません。しかし、それを完全に間違えていたということです。

また、親鸞会で強要する布施については、同じく『選択本願念仏集』

次に雑行は、すなはち文(同)に、「この正助二行を除きてのほかの自余の諸善をことごとく雑行と名づく」といふこれなり。意はいはく、雑行無量なり、つぶさに述ぶるに遑あらず。ただしばらく五種の正行に翻対してもつて五種の雑行を明かすべし。
(中略)
このほかまた布施・持戒等の無量の行あり。みな雑行の言に摂尽すべし。

と仰っていますから、間違いない雑行です。

最後に定散二善と五雑行の関係についてですが、法然上人は散善行福の「読誦大乗」について、

みなすべからく「読誦大乗」の一句に摂すべし。願はくは西方の行者、おのおのその意楽に随ひて、あるいは『法華』を読誦してもつて往生の業となし、あるいは『華厳』を読誦してもつて往生の業となし、あるいは『遮那』・『教王』および諸尊の法等を受持し読誦してもつて往生の業となし、あるいは「般若」・方等および『涅槃経』等を解説し、書写してもつて往生の業となせ。

と教えておられます。『法華経』『華厳経』『般若経』『涅槃経』等の聖道門の経典を往生の行として読誦するのが、散善の1つであり、読誦雑行でもあります。このように散善と五雑行が重なる部分もあります。ですから定散二善と五雑行は別という考えは間違いになります。

基本的なことですが、雑行について説明しておきました。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2013年6月 3日 (月)

新しいブログ開設のお知らせ その6

新しいブログができました。

親鸞会法論惨敗の記録4~飛雲より

2010年2月19日、当ブログのコメント欄に、M野講師ではないと否定する1会員を名乗る人物が、コメントを書いてきたことから始まった法論を抜粋したものです。

親鸞聖人が19願を勧められた根拠があるのか、との問いに、

如来の諸智を疑惑して
 信ぜずながらなをもまた
 罪福ふかく信ぜしめ
 善本修習すぐれたり
            
(正像末和讃)

を、その1会員を名乗る人物が出してきたことで、この御和讃が本当に19願を勧められた根拠になるのかについて議論が交わされました。

当然ながら、1会員を名乗る人物の惨敗で終わっています。

結論だけ言えば、この御和讃は、20願成就文を親鸞聖人が言い換えられたものですから、親鸞聖人が19願を勧められる意図は全くありません。

いつも言うように、国語の能力の問題です。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年5月16日 (木)

新しいブログ開設のお知らせ その5

親鸞会を退会して、親鸞会を非難している人には、概ね2通りに分かれます。

1つは、反社会的な行為を繰り返すことに対して、主に非難する人です。もう1つは、親鸞聖人の教えを捻じ曲げたことに対して、主に非難する人です。

反社会的行為について主に非難する人は、以前から多くいました。ここ最近は、親鸞聖人の教えを捻じ曲げていることに憤慨して、親鸞会を教義面から糾弾する人が増えてきました。退会しても、真面目に親鸞聖人の教えに向き合う人が増えれば、当然の流れだと思います。

さて、親鸞会の邪義は隠しようのない酷い状態で、以前には退会者と何度も法論が行われてきました。

今回取り上げるのは、2010年の10月に行われた、A県担当のM講師との法論の記録です。M講師は、高森会長からの法論禁止の指導を無視して単独で行ったものと思われますが、僅か2回のやりとりで逃亡しました。

内容は3つで、

・三願転入の教え
・化土往生
・逆謗

で、これまでの総まとめのようなものです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年5月13日 (月)

新しいブログ開設のお知らせ その4

かねてより御要望のあった、O講師との法論の記録についての当ブログのエントリーを抽出してもらいました。

以下のブログです。


化土往生がメインの法論ですが、高森会長の信心についても言及があり、O講師は何一つ反論できませんでした。

高森会長の体験ですべて成り立っている教義ですので、聖教上の根拠を求められるとお手上げ状態なのが、よく判る法論でもあります。

| | コメント (0)

2013年4月10日 (水)

新しいブログ開設のお知らせ その3

「白道」を自力の心というのは間違いだ、と非難してくるのは、本願寺でもかなりの学者と見られる

と私のことを親鸞会は”本願寺でもかなりの学者と見られる”と敢えて言ってきました。

さて、この度、『歎異抄をひらく』について真っ向から反論するブログが開設されました。非僧非俗さんによる反論文です。まだ途中ですが順次公開されると思います。

「高森親鸞会の誤りと浄土真宗の正義」

親鸞会は私の正体を知っているのに”本願寺でもかなりの学者と見られる”とするなら、非僧非俗さんは”本願寺でもかなりの学者に違いない”です。

少なくとも反論がなく沈黙している、は通用しないと言うことです。ブログは本ではないから沈黙している、と言い続けるでしょうけど。

| | コメント (0)

2013年2月 3日 (日)

新しいブログ開設のお知らせ その2

今から3年程前、mixi上で三願転入の法論がなされました。結果は御存知の通り、親鸞会の沈黙逃亡、トピック削除という、大惨敗でした。トピックが削除されてしまいましたので、mixi上では当時のやり取りを見ることはできません。しかし、多くの場所に断片的にその記録が残されています。

当ブログでも、当時は集中的に取り上げてきましたので、関連エントリーを読んで頂ければある程度の内容まで把握できると思います。

そこで、それらを抽出して、別のブログを作ってもらいました。

| | コメント (0)

2013年1月25日 (金)

新しいブログ開設のお知らせ その1

当ブログを開設してから、早3年が経ちました。開設当初は、もっと軽い内容を書くつもりでしたが、様々な法論に関わるうちに、かなり重い内容になって今日に至っています。過去のエントリーを最初から全部読み返される方は、まずいないと思いますので、シリーズもので重要な内容については、当ブログ内で分類するよりも、新たなブログでまとめた方がよいと判断しました。

いろいろな方に御協力を頂いて改善していきたいと思っております。

これまでにも「親鸞会の邪義を正す」「浄土真宗親鸞会は、親鸞聖人のみ教えと同じか?」がありますが、今回は2年前に『顕真』で連載された「宿善と聴聞と善のすすめ」について糾弾したエントリーをまとめてもらいました。

親鸞会邪義「宿善と聴聞と善のすすめ」--飛雲より

親鸞会にとっては自信作のつもりだったのでしょうが、お粗末さを指摘し続けると、前触れもなく終了となった「宿善と聴聞と善のすすめ」です。

これも間接的な法論で、親鸞会が逃亡で決着したものですから、御存知ない方は一度目を通されるとよいかもしれません。

| | コメント (0)