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2021年2月

2021年2月24日 (水)

親鸞会の根本聖典『歎異抄をひらく』の邪義2

高森顕徹会長が、本心から自信満々に言っていることの一つに、『歎異抄』第二条の

弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教、虚言なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御釈、虚言したまうべからず。

の解釈を『歎異抄をひらく』の意訳

弥陀の本願がまことだから、唯その本願を説かれた、釈尊の教えにウソがあるはずはない。釈迦の説法がまことならば、そのまま説かれた、善導大師の御釈に偽りがあるはずがなかろう。

としていることがあります。その解説を

だが親鸞聖人には、弥陀の本願以外、この世にまことはなかったのだ。

誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法(教行信証)
|まことだった、まことだった。弥陀の本願まことだった。

の大歓声や、

煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、万のこと皆もってそらごと・たわごと・真実あることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします(歎異抄)
|火宅のような不安な世界に住む、煩悩にまみれた人間の総ては、そらごと、たわごとであり、まことは一つもない。ただ弥陀の本願念仏のみがまことなのだ。

『歎異抄』の「念仏のみぞまこと」は、「弥陀の本願念仏のみぞまこと」の簡略である。聖人の「本願まことの信念」は明白であろう。
親鸞聖人の著作はどこも、「弥陀の本願まこと」の讃嘆で満ちている。「弥陀の本願まこと」が、常に聖人の原点であったのだ。その聖人が、仮定で「本願」を語られるはずがなかろう。
弥陀の本願まことにおわしまさば」は、「弥陀の本願まことだから」の断定にほかならない。

としています。もちろんこれは文法的に誤りです。

おはしまさば」は、未然形+接続助詞「ば」で、仮定を表わします。

文法上の誤りくらいどうでも良いと会員は思うかもしれませんが、もし文法上の誤りを知っているのに敢えてそうされたのであれば、親鸞聖人が、命懸けで尋ねに来た関東の同行に対して誤解を生じさせる表現をされたこととなり、親鸞聖人の真意を理解する妨げることになります。したがってもしこれが断定であるならば、親鸞聖人は意地悪な不適切な回答をされたことになってしまします。
また『歎異抄』第二条の他所では、

総じてもって存知せざるなり。

と断定を避けて仰っていることからも、ここを断定とする必然性がありません。
ここは真実信心とはこのようなものだ、と示された箇所と思われます。
その理由は『歎異抄』の著者とされる唯円から直接話を聞かれた覚如上人が『執持鈔』で、この『歎異抄』第二条の内容を違う表現でされています。
真実信心について親鸞聖人の御言葉として紹介されているのが、

往生ほどの一大事、凡夫のはからふべきことにあらず、ひとすぢに如来にまかせたてまつるべし。すべて凡夫にかぎらず、補処の弥勒菩薩をはじめとして仏智の不思議をはからふべきにあらず、まして凡夫の浅智をや。かへすがへす如来の御ちかひにまかせたてまつるべきなり。これを他力に帰したる信心発得の行者といふなり。

です。
本願まことの信念」とは、「本願まこと」が判る智慧を得ることではなく、「如来の御ちかひにまかせたてまつる」つまり「本願まこと」をそのまま受け入れていくことに他ならないのです。
高森会長のように「弥陀の本願まことだから」と断定するには、「弥陀の本願まこと」が判らなければならないですが、それは補処の弥勒菩薩の智慧をもってしても無理なことなのです。

高森会長が「弥陀の本願まことにおわしまさば」を誤解して、その誤解を本心から自信満々で言えるのは、親鸞聖人、覚如上人とは違う信心であるからという理由以外にはないでしょう。それでも高森会長が正しいと思うのであれば、それは浄土真宗とは別の宗か別の宗教です。

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2021年2月18日 (木)

親鸞会の根本聖典『歎異抄をひらく』の邪義1

最近、親鸞会は書籍の新聞広告をやたらと出していることに気が付かれた方も多いと思います。その理由は単純なことで、コロナの不況で、新聞広告費が激安になっているからです。週刊誌の新聞広告を見ればよく判りますが、以前の二倍の面積で、しかも回数も複数回だったりします。親鸞会の集金システムから言えば、おいしい話で、新聞広告の回数を増やせば、会員に広告費名目で金集めが頻繁にできるからです。
その新聞広告で力を入れているのが高森顕徹著『歎異抄をひらく』です。平成の『教行信証』と会員に宣伝していた『なぜ生きる2』は、全く宣伝されていません。『なぜ生きる2』は、高森邪義の最たるものであるから、厚顔無恥の親鸞会でも宣伝するのに憚られるのでしょう。

ということで、親鸞会の自信作『歎異抄をひらく』についての邪義を暫く説明していきたいと思います。

今回は第二条の「ただ念仏して」についてです。

親鸞におきては、「ただ念仏して弥陀に助けられまいらすべし」と、よき人の仰せを被りて信ずるほかに、別の子細なきなり。

高森会長は「ただ念仏して弥陀に助けられまいらすべし」の「ただ」を以下の『歎異抄をひらく』にあるように常々言ってきました。


 聖人の教えは一貫して、信心一つの救いだから、「唯信独達の法門」といわれることは、既に詳述した(150ページ)。
『歎異抄』では「ただ信心を要とす」(第一章)と明示し、蓮如上人の証文も多数にのぼる。
ほんの数例、『御文章』から挙げてみよう。

 |往生浄土の為にはただ他力の信心一つばかりなり(二帖目五通)
 |浄土へ往くには、他力の信心一つで、ほかは無用である。

 |信心一つにて、極楽に往生すべし(二帖目七通)
 |信心一つで、極楽に往生するのだ。

 |他力の信心一つを取るによりて、極楽にやすく往生すべきことの、更に何の疑いもなし(二帖目十四通)
 |他力の信心一つ獲得すれば、極楽に往生することに何の疑いもないのである。

最も人口に膾炙されるのは、次の『御文章』だろう。

 |聖人一流の御勧化の趣は、信心をもって本とせられ候(五帖目十通)
 |親鸞聖人の教えは《信心一つで助かる》という教示である。

蓮如上人は断言されている。

では「ただ念仏して」とは、どんなことなのであろうか。

(中略)

これではならぬと真剣に聞こうとすれば、キョロン、トロン、ボーとした心が腹底にドタ牛のように寝そべっていて、ウンともスンとも聞く気がない。「屍の心」と聖人がいわれたのはこのことか。

金輪際、仏法聞くような奴ではありませんと愚痴れば、そんなお前であることは、とうの昔から万々承知だ、だから〝そのまま任せよ〟の弥陀の仰せに、ただただ、びっくり仰天。

どうせ地獄より行き場のない私だ、どうにでもして下さいと、弥陀に一大事の後生を、ぶちまけた〝ただ〟なのだ。

どんな難聴の者にも届く、不可称不可説不可思議の声なき〝ただ〟であり、弥陀と私が同時に生きた「他力信心」をあらわす〝ただ〟である。

これは、念仏と信心との関係がよく判っていないことを物語る解釈です。

ただ念仏して」の「ただ」は、法然上人の教えられた通り、念仏一行が往生の行だということです。これと他力信心とを混同しているだけのお粗末さです。

法然上人は『選択本願念仏集』の「三選の文」において、


それすみやかに生死を離れんと欲はば、二種の勝法のなかに、しばらく聖道門を閣きて選びて浄土門に入るべし。浄土門に入らんと欲はば、正雑二行のなかに、し ばらくもろもろの雑行を抛てて選びて正行に帰すべし。正行を修せんと欲はば、正助二業のなかに、なほ助業を傍らにして選びて正定をもつぱらにすべし。正定 の業とは、すなはちこれ仏名を称するなり。名を称すれば、かならず生ずることを得。仏の本願によるがゆゑなり。


と示されています。親鸞聖人が『教行信証』において唯一法然上人の御言葉を引用された御文であり、『教行信証』はこの「三選の文」の解説書と言われます。

法然上人は、浄土門を選び、正行を選び、正定の業を選びとることで、生死を離れることができる、と仰せられている。念仏一行が往生の行であり、他はそうではないことになります。つまり、法然上人の「名を称すれば、かならず生ずることを得」を、親鸞聖人が「ただ念仏して弥陀に助けられまいらすべし」と言い換えられたに過ぎないのです。

このことから、「ただ念仏を称えて救われる」という阿弥陀仏の本願を高森会長は全く理解していないのでしょう。

なお、これは法然上人が勝手に仰ったことではなく、善導大師の『観無量寿経疏』にある


一心にもつぱら弥陀の名号を念じて、行住坐臥に時節の久近を問はず念々に捨てざるは、これを正定の業と名づく、かの仏の願に順ずるがゆゑなり。


に基づいていることは言うまでもありません。
親鸞聖人も『正信偈』において、


極重の悪人はただ仏を称すべし。

と仰っていますが、これは源信僧都の『往生要集』にある


『観経』に、「極重の悪人は、他の方便なし。ただ仏を称念して、極楽に生ずることを得」と。

を言い換えられたものです。その基はもちろん『観無量寿経』下品下生にあります。要約すると
一生涯悪を造り通しの極重の悪人が、臨終になって善知識に遇い、念仏を称えることを勧められて、臨終の苦しさの中で十回の念仏を称えて往生を遂げる
ということです。
これらの御文を高森会長は知らず、念仏とは別に信心があるかのように誤解しているのです。基礎知識として「ただ念仏して弥陀に助けられまいらすべし」を専修念仏といい、それが他力の念仏です。

源信僧都の御言葉を用いるなら、「他の方便なし」(念仏以外の方便はない)となり「ただ念仏して」の念仏一行に定まったこと、すなわち専修念仏がそのまま信心ということです。

結論は、高森会長の言うような、「びっくり仰天」することが「ただ」なのではなく、念仏一行の「ただ」(唯)なのです。

この程度のことも理解していない高森会長を無二の善知識と未だに崇めて『歎異抄をひらく』を根本聖典にしていること自体が教団として終わっています。

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2021年2月 1日 (月)

『なぜ生きる2』の出版から7年ー8

『なぜ生きる2』には、韋提希の話が書かれていますが、この話は『観無量寿経』にはない創作話です。

細かい話まで言うとキリが無いので、ポイントだけ言うと、

釈尊は韋提希に定善をさせてみて、韋提希ができないことを知らされて阿弥陀仏に救われた、ということは全くの出鱈目

ということです。
釈尊は、韋提希に定善をしなさいと仰っていませんし、韋提希も定善をしようとも思っていませんでした。
この経緯は『観無量寿経』を読めば誰でも判る内容です。

釈尊が定善を説かれる経緯について、

仏、韋提希に告げたまはく、「なんぢはこれ凡夫なり。心想羸劣にして、いまだ天眼を得ざれば、遠く観ることあたはず。諸仏如来に異の方便ましまして、なんぢをして見ることを得しむ」と。ときに韋提希、仏にまうしてまうさく、「世尊、わがごときは、いま仏力をもつてのゆゑにかの国土を見る。もし仏滅後のもろもろの衆生等、濁悪不善にして五苦に逼められん。いかんしてか、まさに阿弥陀仏の極楽世界を見たてまつるべき」と。

(現代語訳)

さらに釈尊は韋提希に仰せになった。
「そなたは愚かな人間で、力が劣っており、まだ天眼通を得ていないから、はるか遠くを見とおすことができない。しかし仏には特別な手だてがあって、そなたにも極楽世界を見させることができるのである 」
そのとき韋提希が釈尊に申しあげた。
「世尊、わたしは今、仏のお力によってその世界を見ることができます。でも、世尊が世を去られた後の世の人々は、さまざまな悪い行いをして善い行いをすることがなく、多く苦しみに責められることでしょう。そういう人たちは、いったいどうすれば阿弥陀仏の極楽世界を見ることができるでしょうか 」

とあり、この後、釈尊は定善を説かれます。
簡単に言えば、韋提希の能力では浄土を見ることのできないことを釈尊は宣告された上で、釈尊のお力によって浄土を見ることのできた韋提希が、釈尊入滅後の衆生を心配して、衆生が自分の力で浄土を見る方法を釈尊に尋ねたということです。

つまり、すでに浄土をみている韋提希にとっては、定善はする必要もなく、できるとも最初から思っていなかったのです。韋提希にとっては定善は他人事です。

なお、定善のできる人とできない人との違いにつて善導大師は、『定善義』で次のように仰っています。

ただ万事ともに捨てて、なほ失意・聾盲・痴人のごとくなれば、この定かならずすなはち得やすし。もしかくのごとくならざれば、三業縁に随ひて転じ、定想波を逐ひて飛ぶ。 たとひ千年の寿を尽せども、法眼いまだかつて開けず。

(現代語訳)

ただよろずの事をともにすてることが、 失意の人・聾・盲・無智の人のようになれば、 この定は必ず成じやすい。 もしこのようにしなければ、 身口意業が所縁の境にしたがって移り、 禅定の想も波のように動いて、 たとい千年の命をかけても智慧の眼は開けない。

世間から隔離されたところで、五感を停止させることができれば定善は簡単にできるが、そうでなければできない、ということです。したがって世俗の中にいる韋提希には到底無理なこととです。

それに定善十三観は、日想観ができたら水想観、水想観ができたら地想観というようにステップアップしていくものです。日想観ができなかったら水想観、水想観ができなかったら地想観ではありません。
実際『観無量寿経』には

この想成ずるとき、一々にこれを観じて、きはめて了々ならしめよ。

地想成じをはりなば、次に宝樹を観ぜよ。

等とあります。もし韋提希が日想観を実践しようとしてできなかったとするのなら、水想観は韋提希とは完全に無関係に説かれたことになります。

なお、親鸞聖人は韋提希の獲信の道程の話は全く紹介されていません。韋提希がどこで獲信したかも言及がありません。ところが、阿闍世に対しては事細かに『涅槃経』を引かれて、どのような状況で、いつ獲信したかも、明確に判るようにされています。

要するに、高森顕徹会長は親鸞聖人の教えを何も知らないと言っても過言ではありません。

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