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2019年10月19日 (土)

親鸞聖人の仰る往生の道とは1

『観無量寿経』には、10種類の機について説かれています。
10種類の機とは

定善の機―──定善のできる機
上品上生─┐
上品中生  ├─行福のできる機
上品下生─┘
中品上生─┐
中品中生─┴─戒福のできる機
中品下生───世福のできる機
下品上生───無善十悪の機
下品中生───無善破戒の機
下品下生───無善五逆の機

ということです。
10種類の気があるといっても、真実は下品下生の逆謗の一機だと言いう人がいますが、間違いです。定善の機は定善の【できる】機ですし、上品の三機は、行福の【できる】機です。定善・散善のできる機は存在しないのではなく、存在するから分けて説かれているのです。

各機に対して『観無量寿経』では往生の方法が記されています。

定善ができる機(定善の機)には、定善をしての往生
散善行福ができる機(上品上生・上品中生・上品下生)には、行福をしての往生
散善戒福ができる機(中品上生・中品中生)には、戒福をしての往生
散善世福ができる機(中品下生)には、世福をしての往生
定善も散善もできない機(下品上生・下品中生・下品下生)には、念仏での往生

もし、自分が下品下生の機だと思うのであれば、念仏での往生を願う以外に道はありません。しかし、定善の機から中品下生までは、定善なり自分のできる善による往生という道があることになります。ですから、定善の機から中品下生までの善人には善が勧められて、悪人には念仏しか勧められていないのは、筋が通っています。

これを、悪人に善を勧められた、という頓珍漢なことをいうから、筋も通っていないし、『観無量寿経』も読んでいないのだろうと判明するのです。

ちなみに、以前も述べた通り、親鸞聖人は善人にも念仏を勧められたのだということを教えられています。それが『教行信証』化土巻の

『観経』の定散の諸機は、極重悪人、ただ弥陀を称せよと勧励したまへるなり。

です。

さて今回は『観無量寿経』に説かれた上品上生について見てみます。

上品上生といふは、もし衆生ありてかの国に生ぜんと願ずるものは、三種の心を発して即便往生す。なんらをか三つとする。一つには至誠心、二つには深心、三つには回向発願心なり。三心を具するものは、かならずかの国に生ず。また三種の衆生ありて、まさに往生を得べし。なんらをか三つとする。一つには慈心にして殺さず、もろもろの戒行を具す。二つには大乗の方等経典を読誦す。三つには六念を修行す。回向発願してかの国に生ぜんと願ず。この功徳を具すること、一日乃至七日してすなはち往生を得。

(現代語訳)

極楽世界に往生するものには、上品上生から下品下生までの九種類がある。その中で、まず上品上生から説き始めよう。
人々の中でその国に生れたいと願うものは、三種の心を起して往生するのである。その三種の心とは何かといえば、一つには至誠心、二つには深心、三つには回向発願心である。この三種の心をそなえるものは、必ずその国に生れるのである。
次の三種の行を修める人々はみな往生することができる。それはどのようなものかといえば、一つにはやさしい心を持ち、むやみに生きものを殺さず、いろいろな戒を守って修行するもの、二つには大乗の経典を口にとなえるもの、三つには六念の行を修めるものである。この人々がそれらの功徳をもってその国に生れたいと願い、一日から七日の間この功徳を積んだなら、ただちに往生することができる。

往生の条件が2つあります。1つが「三種の心を発して」、もう1つが「三種の衆生ありて」です。
三種の心」とは「一つには至誠心、二つには深心、三つには回向発願心なり。
三種の衆生」とは「一つには慈心にして殺さず、もろもろの戒行を具す。二つには大乗の方等経典を読誦す。三つには六念を修行す。回向発願してかの国に生ぜんと願ず。

つまり、信心と行福が上品上生の往生の条件となっています。
ここで、「三心を具するものは、かならずかの国に生ず。」に着目し、行福よりも信心について強調されたのが善導大師です。『観無量寿経疏』の多くをこの信心について解釈に費やされています。

なお、『観無量寿経』も『観無量寿経疏』も読んだことのない親鸞会でさえも知っている『観無量寿経疏』の内容は、ここに集中しています。
外に賢善精進の相を現じ、内に虚仮を懐くことを得ざれ。」は至誠心釈にあります。
二種深信は、深心釈にあります。
二河白道の譬喩は、回向発願心釈にあります。

今回は述べませんが、親鸞会でさえ知っているこれらのことが、上品上生のところに出てくることを踏まえると、善導大師の御心が、高森顕徹会長等の言っていることと全く違うことが判ってきますので、まずそこを押さえておいてください。

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