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2018年4月 8日 (日)

嘘体験至上主義の与太話を60数年し続けてきた高森顕徹会長

本日の高森顕徹会長の話も、よく判らない与太話でした。会員は理解できないことを、不可称不可説不可思議だから仕方がないと思っているのでしょうが、話自体が竜頭蛇尾、支離滅裂の妄想だから最初から最後まで理解などできるわけがないのです。

具体的には、

大悲の願船に乗せられると同時に、私たちの苦しみの人生は、幸せな人生にガラリと変わるとは、どう変わるのでしょうか

という質問に対しての珍問答でした。

最初に、『歎異抄』第1条を出して

罪悪深重の私であったと判るまで聞く

と言っていましたが、見当違いです。

『散善義』で善導大師は

わが身は無際よりこのかた、他とともに同時に願を発して悪を断じ、菩薩の道を行じき。他はことごとく身命を惜しまず。道を行じ位を進みて、因円かに果熟して、聖を証せるもの大地微塵に踰えたり。しかるにわれら凡夫、すなはち今日に至るまで、虚然として流浪す。煩悩悪障は転々してますます多く、福慧は微微たること、重昏を対して明鏡に臨むがごとし。たちまちにこの事を思忖するに、 心驚きて悲歎するに勝へざるものをや。

(現代語訳)

わが身は、 無始よりこのかた、 他のものと同時に、 発願し、 悪を断ち、 菩薩の道を行じたのに、 他のものはことごとく身命を惜しまず、 修行して位を進め、 因が円満し、 果が成就して、 聖者の位を証した。 その数は、 大地を微塵にくだいたよりもなお多い。 しかるに、 われら凡夫は過去より今日に至るまで、 いたずらに流転して、 煩悩の悪障が次第にますます多くなり、 福徳智慧のきわめて少ないことは、 重昏をもって明鏡に望むがようである。 今このことを考えると、 どうして心驚き悲しまずにおられようか。

と仰っています。

善導大師のように聖道門の修行に真剣に取り組まれた方がこのように仰っているのです。諸善はできてもその程度ではとてもではないが罪悪深重で出離などできないと知らされ嘆かれているのですが、あくまで聖道門で出離ができると思っていた人の嘆きです。では我々はどうかと言えば、聖道門の修行などできるとも思っていませんから、出離できるとは最初から思いもしません。
つまりは、聖道門で出離を目指している人はそこそこの善ができて、罪悪深重と思っていないので、そんな善人が18願で救われるには罪悪深重で出離できない者と知らされる必要はあっても、我々のような底下の者は、今更罪悪深重と判る意味がないです。
要するに、聖道門で出離できない者と判っているかどうかが重要なのであって、それ以上に何を条件としようというのか、全くナンセンスな話です。

また、ガラリと変わるの珍答が前回同様

与韋提等獲三忍

で説明していましたが、これもピントがずれています。
もちろん言葉の上では間違いではないのですが、以前にも言いましたように、三忍を獲たことと、三忍を獲た体験がハッキリするのとは、雲泥の差があります。

もう一度言っておきますと、韋提希が獲信したと高森会長が説明している『観無量寿経』の「除苦悩法」の場面で、韋提希がガラリと変わった体験が、『観無量寿経』にも説かれていないですし、善導大師も親鸞聖人も全く仰っていないのです。それどころか、理論によって、「除苦悩法」の直後に三忍を獲たと善導大師が結論付けられただけであって、「除苦悩法」の直後に韋提希が三忍を獲たという直接の証拠になるものはどこにもないのです。

念のため、韋提希が「除苦悩法」の直後に三忍を獲ていないと主張したいのではなく、三忍を獲たこと自体が曖昧にしか表面に現われてこないのが現実だということです。

更には、高森会長は三忍を獲て幸せな人生にガラリと変わるのだと言っていても、それ以上の具体的な話を高森会長はしません。なぜなら、高森会長自身が幸せな人生に変わっていないからです。一般の人が旨いと思える食事では薄過ぎて不味いと怒りだし、損をしたと公認会計士を呼び出して叱り付け、僧籍を奪った本願寺憎し、トップになれなかった華光会を妬み、かつての弟子であった退会者からの非難に怯えまくる高森会長が幸せであろうはずがないです。

結局のところ、体験もしていないことを体験したかのように装い、誰も体験できない架空の話を60数年もしてきたのですから、高森会長の与太話は根拠のない体験至上主義というより、嘘体験至上主義とでもいうべきでしょう。

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