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2017年4月 7日 (金)

無常と罪悪にせめ立てられてマインドコントロールされた高森会会員

最近の親鸞会は、映画への拘りが異常です。会員と会員が誘った人しか見ていない映画を、ロングセラーだと言って会員に宣伝するその感覚も異常です。教義は高森顕徹会長が創るものであり、親鸞聖人の名前を単に借りただけとも、会員は気が付いているでしょう。それでも会員を続けざるを得ない精神状態に追い込まれている、まさにマインドコントロールです。それは何によってか、無常と罪悪にせめ立てられて

さて、無常観と罪悪観に関しては、今年の年頭所感に高森会長がこんなことを書いています。

 親鸞聖人が七高僧の一人に挙げられる、道綽禅師の『安楽集』に、こんな例話が説かれている。
「旅人が、果てしない荒野を一人で歩いていると、後ろから刀を振りかざす怨賊が、殺そうと追いかけて来る。
 一目散に逃げる前方には、大河があって進めない。そこで旅人は大いに迷う。
『あの河にぶつかったら、着物を脱いで渡ろうか、着たまま泳ごうか。脱いで渡ろうとすれば、堅く締まった帯が解けず、迫る危機に間に合わない。脱がずに飛び込めば、泳げぬから沈むだけ』
 そんな時、ただ大河を渡る方法だけを考えて外は何も考えない。
 弥陀の救いを求める時も同じこと。河の大事に一心専念して、外のことは一瞬として考えないのである」
 これは何を例えられたものなのか。
 旅人の後ろから、剣を抜き殺そうと追いかけてくる怨賊とは、刻々と我々に迫る激しい無常の嵐のことである。
 必死に逃げる前方には、怒涛逆巻く大河が現れて進めない。
 そこで旅人は、着物を脱いで渡ろうか、着たまま飛び込もうか、と大混乱する。
 着物を脱いで渡ろうとすれば、堅く締まって帯が解けず、危機に間に合わない。着たまま河に飛び込めば、泳げないから溺れ死ぬだけ。絶体絶命に追い込まれる。
 帯が堅く締まっていて着物が脱げないとは、重い罪悪に苦しんでいる様を例えられたものである。
 この旅人のように”無常と罪悪にせめ立てられて、仏法は聞きなさいよ”と教誡された道綽禅師の例えである。

前半は概ね正しいですが、高森会長の解説は間違いです。
まずは原文を見てみましょう。

 また問ひていはく、いま勧めによりて念仏三昧を行ぜんと欲す。 いまだ知らず、計念の相状はなににか似たる。
 答へていはく、たとへば人ありて空曠のはるかなる処において、怨賊の刀を抜き勇を奮ひてただちに来りて殺さんと欲するに値遇す。 この人ただちに走るに、一の河を度らんとするを視る。 いまだ河に到るに及ばざるに、すなはちこの念をなす。
「われ河の岸に至らば、衣を脱ぎて渡るとやせん、衣を着て浮ぶとやせん。 もし衣を脱ぎて渡らば、ただおそらくは暇なからん。 もし衣を着て浮ばば、またおそらくは首領全くしがたからん」と。
 その時、ただ一心に河を渡る方便をなすことのみありて、余の心想間雑することなきがごとし。 行者もまたしかなり。
 阿弥陀仏を念ずる時、またかの人の渡ることのみを念じて、念々あひ次いで余の心想間雑することなきがごとし。 あるいは仏の法身を念じ、あるいは仏の神力を念じ、あるいは仏の智慧を念じ、あるいは仏の毫相を念じ、あるいは仏の相好を念じ、あるいは仏の本願を念ず。 名を称することもまたしかなり。 ただよく専至に相続して断えざれば、さだめて仏前に生ず。

(現代語訳)

 また問うていう。 今、 勧めによって、 念仏三昧を行じようと思うが、 その念仏の相状はどのようであるか。
 答えていう。 たとえば、 人が広々とした所において、 恐ろしい賊が刀を抜き、 勇をふるってまっすぐに襲い来り殺そうとするのに値あうとする。 この人はただちに走って、 渡らねばならぬ一つの河があるのを見た。 まだ河に到らぬうちに、 こういう思いをした。 わたしは、 河の岸についたならば、 衣を脱いでわたろうか、 衣をきて泳ごうか。 もし衣を脱いで渡ろうとすれば、 恐らく暇がないであろう。 もし衣をつけたままで泳ごうとすれば、 またおそらく溺れるであろうと。 その時にはただ一心に河を渡る方法を考えるばかりで、 ほかの思いのまじわることがないようなものである。
 行者もまたそのとおりである。 阿弥陀仏を念ずる時も、 かの人が河を渡ることを思って念々に相続し、 ほかの思いをまじえないように、 あるいは仏の法身を念じ、 あるいは仏の威神力を念じ、 あるいは仏の智慧を念じ、 あるいは仏の白毫相を念じ、 あるいは仏の相好を念じ、 あるいは仏の本願を念じて称名する場合もそのとおりである。 ただよくもっぱら相続して絶えなかったならば、 まちがいなく仏の前に生れる。

道綽禅師が仰っていることは、念仏三昧を行じる上での相状、つまり心のことを仰ったものです。それは高森会長の言葉を使えば、「ただ大河を渡る方法だけを考えて外は何も考えない。」です。つまり、往生する方法だけを考えて外は何も考えない、状態の念仏が念仏三昧の相状だということなのです。

”無常と罪悪にせめ立てられて、仏法は聞きなさいよ”

の意味はありません。
道綽禅師の結論は

名を称することもまたしかなり。 ただよく専至に相続して断えざれば、さだめて仏前に生ず。

で、念仏に専念し相続すれば、浄土に往生できます、ということです。言葉を換えると、念仏一行と一心になりなさい、と道綽禅師が勧められている内容なのです。

日頃使わない根拠を出して、得意満面なのかもしれませんが、高森会長の主張を破邪する根拠でしかないのです。大沼法竜師の著書をパクって、『会報』にも載せていますが、意味も意図も判らず恥さらしを再現しているところが、無知の高森会長らしいところです。

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コメント

極真空手なるものがありますが、在日朝鮮人が始めたものなんですね 空手に対し暴力性が高い
彼らは伝統的なものの精神を汲まない紛い物の異端を作りがち ウリスト教なんかも一例
高森会もその手のもんですよ

投稿: | 2017年4月 9日 (日) 00時28分

いつも 根拠も解説もシッカリ、ハッキリ 教えてくださり、ありがとうございます。
親鸞会の中で、高森会長の話しだけ聞いていると
一見 それなりに 聞こえてしまうので、親鸞会会員は「罪悪と無常に責め立てられて 仏教は聞くもの」という思い込みから、なかなか離れられません。
私も、頑張っても 頑張っても 辿りつけない幻のゴールに向かって走らされて、苦しかったです。
本当は、親鸞聖人の教えは 「今 私に 南無阿弥陀仏がはたらいているから安心せよ」っていう安心をくださる教えだったのに。
つくづく 親鸞会会員が 気の毒です。
でも、このように 丁寧に 示して頂けると 私が気がついたように、皆さんも きっかけさえあれば、気がつくと 思います。

素晴らしいブログ ありがとうございます。

南無阿弥陀仏

投稿: RC | 2017年4月10日 (月) 23時14分

無常と罪悪で責め立てられて精神的に病む人が多かったなぁ…

投稿: | 2017年4月11日 (火) 12時13分

御法話にいった人の話だと、「絶対の幸福=一念」だと言っていたらしいです。
どういったニュアンスかまでは分かりませんが、今までは「一念」と言っても皆さんには伝わらないから、「絶対の幸福」と言い換えていたのだ、みたいな事を言っていたようです。

投稿: | 2017年4月17日 (月) 12時51分

詭弁でしょ くだらねえ

投稿: | 2017年4月17日 (月) 15時10分

RC様
名無しの皆様

コメント有難うございます。
いろいろと親鸞会の間違いを書いていると、すべてがカルトに通じています。
故意のところもあるし、誤解のところもありますが、絶望的に間違った教義になっていることに、ため息しか出ません。

>今までは「一念」と言っても皆さんには伝わらないから、「絶対の幸福」と言い換えていたのだ

意味が良く判らないです。あれだけ「一念」と言い続けて強調してきたのに今更何を言っているのかと思います。

投稿: 飛雲 | 2017年4月17日 (月) 20時56分

批判は大いに結構だが、実際に聞いての話でないと、自己満足でしかなくなる、がどうでしょうか?

投稿: | 2017年4月18日 (火) 08時12分

実際に聞いたことがベースにあって、基本は会長の著書、親鸞会の機関紙を引用しての批判です。
ワシはそんなこと言っていない
が口癖の会長ですから。
一部、伝聞も入れていますが、上記に補足の形です。

投稿: 飛雲 | 2017年4月18日 (火) 08時18分

実はこんな意味だった
→すごい!そんな深い意味が!
でいちいち感動。何度も取り上げる。

今に始まったことじゃないですね。ワンパターンすぎる…

投稿: | 2017年4月18日 (火) 20時58分

会長の説法は、アシスタント二人を使い、主張したいことを繰り返す方法は取っています。しかし全く進歩はわからなく、同じことの繰り返しです。之も確かに必要でしょう。会員を信心決定させたい意欲より、聴聞会場に足を運ばせることが第一ですから。話がいつも中途半端で、けむに巻きます。アシスタント二人いるのですから、彼らを使って、聞きに来た人に解らせる工夫が足りないのは事実です。また全部の手のひらを見せないように講師に指示してますから、商売上手だなといつも思っています。なんまんだぶ なんまんだぶ ありがたい

投稿: | 2017年4月19日 (水) 07時47分

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