« 高森顕徹会長の解釈は、教え以前に国語の問題で躓いている | トップページ | 無常観と罪悪観を強調するのは土蔵秘事と同じ信心 »

2017年3月20日 (月)

法論から逃げ回って丸5年の高森顕徹会長と親鸞会

今から5年前、こんなエントリーを書きました。

書面で法論を申し込んだら、”検討する”だそうです

その後、連絡もなく、内輪でのみ反論したように偽装しただけです。

昨日、ある集まりに、弘宣局長とK講師、他2名の講師部員が乗り込んできて、親鸞会の邪義を喚き散らしていったそうです。その際に、私が弘宣局に書面で正式に法論を申し込めば、検討する、と弘宣局長は言っていたそうです。

そこで本日、法論申し込みの書面を書留で送付しました。それに加えて以下のメールも送っておきました。

W 様


御無沙汰しております、○○です。
昨日の件は、聞いております。法論の申し込みを書面でせよ、とのことですので、本日申し込みの書面を書留で送りました。
内容は以下の通りです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
              法論の申し込み
                            平成24年3月18日
弘宣局長 W 様

御無沙汰しております、○○です。

昨年、K講師を通して、法論を申し込みましたが無視されました。
しかしその件で、「弘宣局に直接法論を申し込むように」と貴方が言われたそうですので、ここに書面をもって法論を正式に申し込みます。

法論の条件は、

1.法論の土俵はお聖教であり、お聖教にない文底秘沈のような主張はしない
2.文章でやりとりをする
3.法論の場は、以下とする
  mixi内の信仰と対話コミュニティ*「三願転入」議論継続トピック*
  
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=53217382&comm_id=2135313
4.相手の質問に対して質問で返さず、相手の質問に答えてから新たな質問をする

以上の4点です。

かつて親鸞会は公約していた筈です。

「親鸞会は公約しています。親鸞会の主張に対して異議、反論のある方は遠慮なく申し出てください。相手が集団であれ、個人であれ、公開であれ、非公開であれ、討論であれ、文書討論であれ、相手の希望される方法で、時と場所を問わず、本当の親鸞聖人のみ教えを開顕するために、喜んで対決に応じます。」

これが口先だけであったとは、言わせません。

私の主張は、「親鸞会教義の誤り」「飛雲」「親鸞会の邪義を正す」等のブログで書かれている通りです。一読された上で、法論に臨んで頂きたいと思います。
親鸞聖人の仰せと高森顕徹会長の主張との相違点を以下に列記しておきます。

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - -
高森会長 必堕無間

2.五逆罪・謗法罪について

親鸞聖人 造っている人と造っていない人がいる
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 造っていない人はいない、全ての人は生まれながらに造っている

3.善人と悪人について

親鸞聖人 善人と悪人とがいる
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善人はいない、すべての人は悪人である

4.獲信のために善は必要か

親鸞聖人 念仏1つ、獲信に善は不要
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善をしなければ絶対に獲信できない

5.白道とは

親鸞聖人 自力の心にあらず
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 自力

6.定散二善について

親鸞聖人 定散二善を捨てよ
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 定散二善をせよ

7.19願について

親鸞聖人 19願を捨てよ
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 19願を実践せよ

8.宿善について

親鸞聖人 過去世の善根の厚薄と、往生・獲信とは関係ない
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 過去世の善根の薄い者が、そのままで往生・獲信することはありえない

9.機の深信について

親鸞聖人 自力では出離できない
- - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 逆謗の屍と必ず知らされる

10.善知識に無条件服従しなければならないか

親鸞聖人 法に従うのであって、人に従うのではない
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善知識に無条件服従せよ

なお、法論に応じられても応じられなくても、返事を頂いても頂かなくても、すべて公開しますので、御了承ください。
                                           ○○○○
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

mixiでの三願転入の法論は、親鸞会の逃亡とトピック削除で幕を閉じましたが、とりあえずその続きをしたいと考えております。

なお、上に挙げたブログをすべて読まれるのは大変でしょうから、最低限、添付ファイルのところだけでも読んでおいて頂けませんでしょうか。

目的は親鸞聖人のみ教えを開顕するためですので、よいお返事をお待ちしております。

○○○○

法論の実現も、返事も期待しておりませんが、万が一法論が実現すれば、また退会者が増える縁になるでしょうから、喜ばしいことです。

さて、親鸞聖人は白道のことを自力の心ではないと明確に仰っていますので、白道を信前の求道心と解釈するのは、真宗ではありません。存覚上人も『浄土真要鈔』

この一念帰命の信心は、凡夫自力の迷心にあらず、如来清浄本願の智心なり。
しかれば、二河の譬喩のなかにも、中間の白道をもつて、一処には如来の願力にたとへ、一処には行者の信心にたとへたり。
「如来の願力にたとふ」といふは、「念々無遺乗彼願力之道」といへるこれなり。こころは、「貪瞋の煩悩にかかはらず、弥陀如来の願力の白道に乗ぜよ」となり。
「行者の信心にたとふ」といふは、「衆生貪瞋煩悩中 能生清浄願往生心」といへるこれなり。こころは、「貪瞋煩悩のなかによく清浄願往生の心を生ず」となり。
されば、「水火の二河」 は衆生の貪瞋なり。これ不清浄の心なり。
「中間の白道」は、あるときは行者の信心といはれ、あるときは如来の願力の道と釈せらる。これすなはち行者のおこすところの信心と、如来の願心とひとつなることをあらはすなり。したがひて、清浄の心といへるも如来の智心なりとあらはすこころなり。もし凡夫我執の心ならば、清浄の心とは釈すべからず。

と、このようにあります。「行者の信心」を譬えられた「白道」は、

衆生貪瞋煩悩中 能生清浄願往生心」であり、
一念帰命の信心」であり、
凡夫自力の迷心にあらず、如来清浄本願の智心なり」であり、
凡夫我執の心」ではないと解説されています。

ここまで明らかなことですから、議論するまでもないことです。

文底秘沈の高森邪義を信じる会員は、哀れです。

最近は、「若不生者」の「」に拘っているようですが、国語の問題ですので、上記と比較したら大した話になりません。「若不生者」の「」で相手にしてほしいのか、話を逸らしたいのか知りませんが、いずれにしても、高森会長のレベルの低さが真宗史に刻まれるだけです。

|

« 高森顕徹会長の解釈は、教え以前に国語の問題で躓いている | トップページ | 無常観と罪悪観を強調するのは土蔵秘事と同じ信心 »

法論」カテゴリの記事

コメント

私が、親鸞会の教えの間違いを 確信した1つが
二河白道の喩えが、違うということでした。
親鸞会にいた時は、二河白道の喩えのお話しは、親鸞会の教え、求道を 見事に説いてくださっていると感じていました。
細い頼りない私の求道心が白道と喩えられているのだと信じ、会長の話を聞くことや、会にお金を出すことや 親鸞会に人を誘うことが 白道を進むことになり 、それらのことに 自分の力を全て出し切れたら 三定死の心境になって、そしたら 阿弥陀さまの声が「そのままー!」って届くって思っていました。でも、求道のために 全てを出し切ることなど できるはずもなく、出し切れない自分の求道心の弱さゆえに、信心決定できないのだと思っていました。でも、信心決定できなければ、無間地獄に堕ちて 八万劫年の苦しみが待っている って脅かされたら 投げ出す訳にもいかず、苦しい日々でした。
でも 親鸞会という組織に 不審を抱くようになり
ネットを開くと なんと、二河白道の喩えが違うと知り、本当に驚きました。知れば知るほど 全然違う話しでした。
飛雲さま、親鸞会を間違いを明らかにしてくださって 本当にありがとうございます。
正しい親鸞聖人の教えを聴聞させて頂くと、親鸞会の教えも、高森会長の教学も ちゃんちゃらおかしいって思いますが、親鸞会に閉じこもっていた時には、全く気がつきませんでした。
二河白道の喩え 全く違うのに よくもまあ しゃあしゃあと エラそーに 話してくれたなーって思います。
本当に あんなちゃんちゃらおかしい教えに 大切な人生の時間 と、お金を 今も 費やしている友人たちが、気の毒でなりません。
今後とも、飛雲さまの素晴らしい教学で 高森教に迷っている人が 目覚めるよう、
そして南無阿弥陀仏に出遇えますよう 念じております。

投稿: RC | 2017年3月20日 (月) 22時56分

RC様

コメント有難うございます。
今考えると、高森会長のチャンチャラおかしい教えを信じていたことが恥ずかしいのですが、親鸞会に在籍していた当時は、これこそが真実の教えと堅く信じていました。
現在も多くの会員が高森会長の嘘に騙されて搾取され続けているので、哀れでなりません。
一人でも二人でも、高森会長の嘘に気が付いてくれることを願っています。

投稿: 飛雲 | 2017年3月21日 (火) 06時07分

合掌
前回は(今もどうか分かりませんが)ここを開くとウイルスの危険と出て近づきませんでした。
そんな情報有りませんでしたか?私だけならいいが。
なんまんだぶ ありがたい

投稿: | 2017年3月21日 (火) 09時17分

自分の場合、中学の修学旅行に富士山伊豆辺りに行ったんですが班を一人抜け出して鎌倉の大仏を礼拝したことがあった後のことだったか、
突然自分が後生地獄に落ちるということを急に思い出して驚いて救いを求めたことがあったんです。
地獄といってもそのときは永久的獄苦の境涯、世界という認識でそれが巷で言われている「地獄」とは知らなかったんですが。
なにせお寺とも縁がないし仏教の知識は全くありませんでしたから。

はっきりと覚えてませんが日相観、水観など観相をして、廃悪修善、念仏三昧、捨自帰他という道程を通りました。
最後のほうは平均台のような細い道の上を足を踏み外して落ちたら終わりと考えて恐る恐る進むというイメージの中でした。
死の縁無量、今にも死ぬかもしれない、時計のカチカチする音が命を刻む音に聞こえて恐ろしい。
法蔵菩薩のご修行時の心持ちを真似をするようにしなければならない。(勿論法蔵菩薩という名前は知らない)
一に必ず地獄に落ちる、二に必ず救われる、三にその二つの念を永久的に相続しなければならない。というまるで二種深信か三心のようなことを保持することを努めていた。
多数の仏様のような存在が集まって来て自分を救おうとするんですが、自分の蛇蠍のような心にみんな去ってしまった。
しかし一仏だけなんとしても救うと残っておられた方がいた。
そして道が途切れて後一歩踏み出したら必ず死ぬという処まで来て逡巡しました。
しかし飛び降りる勇気がなく、ついに引き返してしまいました。
その間数時間のことでしたが極度に緊迫した心持で風邪を引いて熱が出たときのように汗ぐっしょりだった。
如来の強い回向にあっていたんだとおもいます。
白道のような道程だったのは信後のシミュレーションをさせられていたのかもしれません。

その後そのときのことを忘れて大学に入学したときに誘われて聞いたのが会の白道の話。
しばらくしてそういえば昔丸で一緒のことをしていたんだったと思い出しこれはまさに自分が求めていた真実の救いの教えだ運命の出会いだと完全に騙されてしまいました。止むを得ないですわね。
まさかこの世に真実の救いの教えのまがい物があるとは夢にも思いませんでしたし、私利私欲のために故意に教えを捻じ曲げる罰当たりがいるとも思わなかった。

会にはちょこっとしか参加しなかった。四十八願のことすら聞かなかった。
人生の目的とか白道とか三毒の龍の説明みたいなのばかり。
しかしその同調影響力たるや絶大なものでした。
断片的知識が自分が知っていることとまた同じなので間違いないものと思っていた。
以後会から離れた。

仕事をし出して有線放送を自宅で聴く縁にあった。
法話chがあるので浄土真宗の法話を聴きましたが会が必堕無間などと不安をあおることばかりで救いがないのに対し、それらの話は救いがある。
そして徐々にやつらは間違いじゃないかと思い出した。

長いのでもう止めます。

投稿: | 2017年3月21日 (火) 12時25分

前の名無し様

ウイルス感染の危険の警告が出ると言う話は聞いたことがないです。原因は判りません。


後の名無し様

人それぞれ様々な体験があるものです。高森会長も独自の体験と私利私欲を満たすために教えを捏造したのでしょうが、聖教とは似ても似つかない内容となっているのは、周知の事実です。

投稿: 飛雲 | 2017年3月21日 (火) 20時19分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1323088/69989303

この記事へのトラックバック一覧です: 法論から逃げ回って丸5年の高森顕徹会長と親鸞会:

« 高森顕徹会長の解釈は、教え以前に国語の問題で躓いている | トップページ | 無常観と罪悪観を強調するのは土蔵秘事と同じ信心 »