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2016年5月16日 (月)

親鸞聖人が最重要視されたのに高森会長が全く知らない阿闍世の体験4

親鸞会の降誕会では、映画の試写会は行われませんでした。それは、試写会を行ったら、映画館で観る人が減るからです。映画の前売りチケットを大量に割り当てられて買わされて、捌ききれずに困っている会員がたくさんいます。また、勉強会に初めて参加した非会員に、いきなり入会を勧めて半強制的に5万円を取ったりして、会員からも顰蹙をかうなど、ますます親鸞会は困窮しているようです。

ところで、釈尊が阿闍世に対して仰っていることは対機説法だから我々には関係ないことだ、という人がいますが、もし関係ないことなら親鸞聖人は敢えて事細かに紹介されることはなかったでしょう。くどいようですが、『教行信証』全体の約1割、信巻の約4割も阿闍世のことに費やされている意味を、よく考えてみるべきです。

前回の続きです。

 大王、衆生の狂惑におほよそ四種あり。一つには貪狂、二つには薬狂、三つには呪狂、四つには本業縁狂なり。大王、わが弟子のなかに、この四狂あり。
多く悪を作るといへども、われつひにこの人、戒を犯せりと記せず。この人の所作三悪に至らず。もし還つて心を得ば、また犯といはず。王もと国を貪してこの父の王を逆害す。貪狂の心をもつてためになせり。いかんぞ罪を得ん。大王、人の耽酔してその母を逆害せん、すでに醒悟しをはりて、心に悔恨を生ぜんがごとし。まさに知るべし、この業また報を得じ。王いま貪酔せり。本心のなせるにあらず。もし本心にあらずは、いかんぞ罪を得んや。

(現代語訳)

王よ、 衆生の錯乱に総じて四通りがある。 一つには貪欲によるもの、 二つには薬によるもの、 三つには呪われたことによるもの、 四つには過去の行いによるものである。 王よ、 わたしの弟子たちの中にも、 この四つの錯乱がある。 錯乱したものが多くの悪をつくったとしても、 わたしはこの人が戒律を犯したとはしない。 錯乱したものが作った悪は地獄や餓鬼や畜生の世界に至る罪とはならない。 もし正気に戻ったなら、 そのものが戒律を犯したとはいわないのである。 王は、 かつて国王の位につきたいという心から父王を殺害した。 それは貪欲による錯乱からしたのであるから、 どうして罪になろうか。 王よ、 人が酒によって母を殺し、 酔いが醒めてから後悔するようなものである。 この行いもまた報いを受けないものと知るがよい。 王は今貪欲による錯乱から王を殺害したのであって、 正気でしたことではない。 正気でしたことでないのなら、 そうして罪になろうか。

これまた親鸞会で教えられたこととは真逆の内容で驚くべきことです。
簡単に言うと、

衆生の錯乱には総じて四通りある。
貪欲によるもの、薬によるもの、呪われたことによるもの、過去の行いによるものである。
衆生が錯乱してつくった悪は地獄や餓鬼や畜生の世界に至る罪とはならない。
阿闍世が国王につきたいという心から父王を殺害したのであって、それは貪欲による錯乱からしたことであるから罪ではない。

多く悪を作るといへども、われつひにこの人、戒を犯せりと記せず。この人の所作三悪に至らず。
と最後の
王いま貪酔せり。本心のなせるにあらず。もし本心にあらずは、いかんぞ罪を得んや。
は、目から鱗が落ちる思いではないでしょうか。

「仏教は心を重視している」の意味が、高森会長が言っていることとは、180度違います。どんな心の状態であっても、いかなる動機でも、悪いことを思ったらそれは、地獄行きの罪だと脅すだけの高森会長が、仏教と言えるのかどうか、少し考えてみれば判るでしょう。

会員に問いたいです。

釈尊の仰ることすべてが仏教の”常識”というのが仏教徒の筈ですが、釈尊の仰せと高森会長の言っていることは、全く違います。ならば、

A.釈尊の仰せが仏教の”常識”

B.高森会長の言うことが仏教の”常識”

どちらなのか、明確に答えてください。

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コメント

学生の頃、ある講師が縁の浅い学生に親鸞会紹介ビデオを見せ始めました。部員には事前の連絡なく、いきなりです。上司の指示か本人の判断か知りませんが、みな困惑していました。。
偽装勧誘するくせに突然紹介ビデオって、何がしたいのか意味不明です。

投稿:   | 2016年5月17日 (火) 23時27分

>>それは貪欲による錯乱からしたのであるから、 どうして罪になろうか。

これは正直驚きました。
しかし、裁判でも心神喪失の場合、罪に問わない或いは減刑するという判断がなされますので、
元はこの釈尊の教えが、現在の司法にも道徳にも根底に流れているのでしょうね。
それにしてもアジャセに対してここまでハッキリ「いかんぞ罪を得んや」と説かれているとは驚きました。。

投稿: YGM | 2016年5月18日 (水) 09時05分

因果の道理を説かない仏教はありますか?

投稿: | 2016年5月19日 (木) 02時02分

仏教の因果の道理と高森流因果の道理は違う。

よーく、分かりました。

投稿: 外 | 2016年5月19日 (木) 02時44分

仏教で説かれる因果の道理に2種類あります。

聖道門の因果の道理と報土の因果の道理です。

この2つは相反するので、真宗では聖道門の因果の道理は説かれません。

これとは別に世間の因果の道理がありますが、高森会長の言っているのは世間の因果の道理に似た外道の因果の道理です。

投稿: 飛雲 | 2016年5月19日 (木) 07時39分

どこがどう違うのでしょうか?

投稿: | 2016年5月19日 (木) 07時52分

ここでも読んでおいてください。

http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/cat56346504/index.html

http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-78b9.html

投稿: 飛雲 | 2016年5月19日 (木) 13時43分

夢幻のブログの内容を貼り付けて喜んでいる方がありましたが、すでに完全に論破済みで、今は大人しくなって当ブログのことを書くこともできない状態になっていることさえ気が付いていないとは哀れなものです。

宿善については以下でも読んでおいてください。

http://blog.livedoor.jp/sutybi/archives/1280731.html

http://sinrankaix.exblog.jp/18063430/

読んでも理解できないからこれまで何度も荒しコメントを書くことしかできないのでしょうが、理解できるように事実をハッキリ言っておきます。

異論があって、私に法論で勝てる自信があるなら逃げ回らないで、親鸞会として私との法論を受けなさい。
過去の法論については、高森会長も講師部員も幹部会員も、100戦100敗の大惨敗が現実です。

投稿: 飛雲 | 2016年5月20日 (金) 02時07分

宿善について基本的なことを教えますと、

救われるのに宿善(宿世の善根)が必要だと主張したのが天台大師ら聖道門

救われるのに宿善(宿世の善根)が全くなくても念仏を称えて救われるのが阿弥陀仏の18願と論破されたのが善導大師。


高森会長の主張は聖道門の主張そのまま。

投稿: 飛雲 | 2016年5月20日 (金) 08時23分

親鸞会の宿善論、ホントに訳わからなかった。絶対の世界だから言葉で説ききれないとか、救われないと分からないとかで、最後ははぐらかされてたような……さっさと見限れば良かった

投稿:   | 2016年5月20日 (金) 20時40分

飛雲師のブログはけれんみがない。わかりやすい。身につきます。
それにしても親鸞聖人の文は分かりにくい。約仏からと言われるが、法然上人と比べると余りに。

投稿: | 2016年5月20日 (金) 21時10分

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