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2016年3月

2016年3月30日 (水)

親鸞聖人が大変重要視なされた曇鸞大師の獲信までの体験

曇鸞大師についてはやはり『正信偈』に

三蔵流支、浄教を授けしかば、仙経を焚焼して楽邦に帰したまひき。

とありますし、『高僧和讃』にも、

本師曇鸞和尚は
 菩提流支のをしへにて
 仙経ながくやきすてて
 浄土にふかく帰せしめき

と仰っています。
『正信偈大意』には、

「三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦」といふは、かの曇鸞大師、はじめは四論宗にておはせしが、仏法のそこをならひきはめたりといふとも、いのちみじかくは、ひとをたすくることいくばくならんとて、陶隠居といふひとにあうて、まづ長生不死の法をならひぬ。すでに三年のあひだ仙人のところにしてならひえてかへりたまふ。そのみちにて菩提流支と申す三蔵にゆきあひてのたまはく、「仏法のなかに長生不死の法は、この土の仙経にすぐれたる法やある」と問ひたまへば、三蔵、地につばきを吐きていはく、「この方にはいづくのところにか長生不死の法あらん、たとひ長年を得てしばらく死せずといふとも、つひに三有に輪廻すべし」といひて、すなはち浄土の『観無量寿経』を授けていはく、「これこそまことの長生不死の法なり、これによりて念仏すれば、はやく生死をのがれて、はかりなきいのちを得べし」とのたまへば、曇鸞これをうけとりて、仙経十巻をたちまちに焼きすてて、一向に浄土に帰したまひけり。

と詳しく仰っています。
曇鸞大師は聖道門から一時道教に迷われたものの、菩提流支との出遭いによって『観無量寿経』を授けられ、「これによりて念仏すれば、はやく生死をのがれて、はかりなきいのちを得べし」と18願に帰された、という極めて具体的な記述です。

もう一度、「これによりて念仏すれば、はやく生死をのがれて、はかりなきいのちを得べし」です。気が付かれたと思いますが、道教から「念仏」ですので、諸善の19願は通られていないのです。

曇鸞大師の獲信の道程を簡単に言うと

聖道門 → 道教 → 18願

です。
これを親鸞聖人も蓮如上人も明言されていますので、曇鸞大師は三願転入されていないことの証拠でもあります。

曇鸞大師は道教から浄土教に入られた、と親鸞聖人が曇鸞大師の体験を繰り返し仰っていますので、これも一箇所にしか書かれていない三願転入の文よりも重要な位置にあるのは、言うまでもありません。

ちなみに曇鸞大師は阿弥陀仏の48の願の中で重要な願として3つ挙げられています。

18願・11願・22願

です。
曇鸞大師の御著書のどこにも19願のことは触れられていません。

参考までに『高僧和讃』曇鸞讃の

万行諸善の小路より
 本願一実の大道に
 帰入しぬれば涅槃の
 さとりはすなはちひらくなり

の「万行諸善の小路」は、19願ではありません。なぜなら、曇鸞大師は19願のことを全く仰っていないので、ここは当然聖道門のことです。
高森理論でいう「万行諸善の小路」を必ず通るのならば、聖道門を必ずしなければならないことになってしまいます。

『正信偈』の意味などまるで知らないのに厚顔無恥な高森顕徹会長にも困ったものです。

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2016年3月24日 (木)

親鸞聖人が大変重要視なされた龍樹菩薩の獲信までの体験

前々回のエントリーについて、もう少し詳しく解説してほしいとの御要望がありましたので、再度説明を致します。

まず、親鸞聖人は獲信までの道程について、具体的な例を挙げて説明されている個所がいくつかあります。
七高僧では、龍樹菩薩と曇鸞大師については、『正信偈』でも仰っているくらいですから、親鸞聖人がこのお二方の体験を大変重要視なされたことになります。

他には、阿闍世の獲信までの体験は、親鸞聖人は『涅槃経』を引かれて長々と紹介されています。その長さは、異様とも思えるほどで、その量は『教行信証』全体の約1割にも及び、信巻では約4割を占めています。ここから言えることは、阿闍世の獲信までの体験を通して、親鸞聖人は他力の信心を賜る道程を教えられているということです。

上記の3つの体験は、いずれも三願転入とは無関係です。
従って、親鸞聖人の教えは三願転入の教えではないことは、これだけでも簡単に説明できるのです。

3つの体験を順番に紹介していきますが、今回は龍樹菩薩について述べます。

『正信偈』では、

大乗無上の法を宣説し、歓喜地を証して安楽に生ぜん

とあるのは、さすがに会員でも知っているでしょう。
これを蓮如上人は『正信偈大意』で

「釈迦如来楞伽山 為衆告命南天竺 龍樹大士出於世 悉能摧破有無見 宣説大乗無上法 証歓喜地生安楽」といふは、この龍樹菩薩は八宗の祖師、千部の論師なり。釈尊の滅後五百余歳に出世したまふ。釈尊これをかねてしろしめして、『楞伽経』に説きたまはく、「南天竺国に龍樹といふ比丘あるべし、よく有無の邪見を破して、大乗無上の法を説きて、歓喜地を証して安楽に往生すべし」と未来記したまへり。

と解説なされています。
龍樹菩薩は、聖道門で御修行なされて歓喜地を証されて後に、浄土門に帰依なされて往生なされた、という体験です。
また『教行信証』真仏土巻に曇鸞大師の『讃阿弥陀仏偈』を引かれて

尊語を伏承して歓喜地にして、阿弥陀に帰して安楽に生ぜしむ。

(現代語訳)

釈尊のお言葉を承り、歓喜地の位にあって、阿弥陀仏に帰依して浄土に往生された。

と仰っています。
龍樹菩薩は、聖道門で歓喜地を証されて後に阿弥陀仏に帰依された体験をなされている、と親鸞聖人が仰っています。
念のため『高僧和讃』にも同様のことを仰っていますので、そちらも紹介します。

本師龍樹菩薩は
 大乗無上の法をとき
 歓喜地を証してぞ
 ひとへに念仏すすめける

親鸞聖人は龍樹菩薩の体験を殊更強調されています。一箇所しか書かれていない三願転入の文よりも重要だと親鸞聖人は見做されているのは明らかです。
龍樹菩薩は三願転入をされたという表現は、どこにもありません。
判りやすく表現すると

聖道門 → 18願

こういうことです。
聖道門で歓喜地まで至られ出離された龍樹菩薩が、今更19願の実践をされる理由は全くありません。龍樹菩薩は、定善も散善も当然ながらできた方です。聖道門の修行によって歓喜地まで至られた方が、定善も散善もできなかったら、聖道門はギャグでしょう。

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2016年3月19日 (土)

法論を検討するといってから4年経ちました

4年前に、このようなエントリーを書いています。

昨日、ある集まりに、弘宣局長とK講師、他2名の講師部員が乗り込んできて、親鸞会の邪義を喚き散らしていったそうです。その際に、私が弘宣局に書面で正式に法論を申し込めば、検討する、と弘宣局長は言っていたそうです。

そこで本日、法論申し込みの書面を書留で送付しました。それに加えて以下のメールも送っておきました。

W 様


御無沙汰しております、○○です。
昨日の件は、聞いております。法論の申し込みを書面でせよ、とのことですので、本日申し込みの書面を書留で送りました。
内容は以下の通りです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
              法論の申し込み
                            平成24年3月18日
弘宣局長 W 様

御無沙汰しております、○○です。

昨年、K講師を通して、法論を申し込みましたが無視されました。
しかしその件で、「弘宣局に直接法論を申し込むように」と貴方が言われたそうですので、ここに書面をもって法論を正式に申し込みます。

法論の条件は、

1.法論の土俵はお聖教であり、お聖教にない文底秘沈のような主張はしない
2.文章でやりとりをする
3.法論の場は、以下とする
  mixi内の信仰と対話コミュニティ*「三願転入」議論継続トピック*
  
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=53217382&comm_id=2135313
4.相手の質問に対して質問で返さず、相手の質問に答えてから新たな質問をする

以上の4点です。

かつて親鸞会は公約していた筈です。

「親鸞会は公約しています。親鸞会の主張に対して異議、反論のある方は遠慮なく申し出てください。相手が集団であれ、個人であれ、公開であれ、非公開であれ、討論であれ、文書討論であれ、相手の希望される方法で、時と場所を問わず、本当の親鸞聖人のみ教えを開顕するために、喜んで対決に応じます。」

これが口先だけであったとは、言わせません。

私の主張は、「親鸞会教義の誤り」「飛雲」「親鸞会の邪義を正す」等のブログで書かれている通りです。一読された上で、法論に臨んで頂きたいと思います。
親鸞聖人の仰せと高森顕徹会長の主張との相違点を以下に列記しておきます。

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - -
高森会長 必堕無間


2.五逆罪・謗法罪について

親鸞聖人 造っている人と造っていない人がいる
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 造っていない人はいない、全ての人は生まれながらに造っている


3.善人と悪人について

親鸞聖人 善人と悪人とがいる
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善人はいない、すべての人は悪人である


4.獲信のために善は必要か

親鸞聖人 念仏1つ、獲信に善は不要
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善をしなければ絶対に獲信できない


5.白道とは

親鸞聖人 自力の心にあらず
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 自力


6.定散二善について

親鸞聖人 定散二善を捨てよ
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 定散二善をせよ


7.19願について

親鸞聖人 19願を捨てよ
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 19願を実践せよ


8.宿善について

親鸞聖人 過去世の善根の厚薄と、往生・獲信とは関係ない
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 過去世の善根の薄い者が、そのままで往生・獲信することはありえない


9.機の深信について

親鸞聖人 自力では出離できない
- - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 逆謗の屍と必ず知らされる


10.善知識に無条件服従しなければならないか

親鸞聖人 法に従うのであって、人に従うのではない
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善知識に無条件服従せよ

なお、法論に応じられても応じられなくても、返事を頂いても頂かなくても、すべて公開しますので、御了承ください。

                                           ○○○○
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

mixiでの三願転入の法論は、親鸞会の逃亡とトピック削除で幕を閉じましたが、とりあえずその続きをしたいと考えております。

なお、上に挙げたブログをすべて読まれるのは大変でしょうから、最低限、添付ファイルのところだけでも読んでおいて頂けませんでしょうか。

目的は親鸞聖人のみ教えを開顕するためですので、よいお返事をお待ちしております。

○○○○

法論の実現も、返事も期待しておりませんが、万が一法論が実現すれば、また退会者が増える縁になるでしょうから、喜ばしいことです。

その後、何の連絡もなく4年が経ちました。口先だけの親鸞会だということがよく判ります。

なお、私には直接反論してこないで、『顕真』で「ひと口問答」を連載したり、講師部講義で取り上げたりと、陰でこそこそしていましたが、それに反論すると沈黙でした。

詳しくは

浄土真宗親鸞会は、親鸞聖人のみ教えと同じか?

こちらをご覧ください。

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2016年3月12日 (土)

『なぜ生きる2』のトンデモ邪義42

ある幹部会員と街中で会って少し話をした時に私はこう言いました。
高森先生はお聖教を全く読んだことがないですよ
幹部会員は、「それは絶対にありえない」と即座に否定しましたが、私はその証拠の1つとして、『教行信証』で親鸞聖人が最も力を入れて顕わされた部分を、高森会長が全く知らないと伝えました。その幹部会員は絶句でした。
その部分とは、阿闍世の獲信です。『教行信証』6巻の約1割、更には信巻の約4割も費やされたのが、阿闍世の獲信体験記録です。
阿闍世は、三願転入どころか、釈尊から善を勧められてもおらず、善とは無関係で獲信しています。つまり、三願転入の教えなるものを、親鸞聖人御自身が否定なされているのです。

このこと1つだけでも、高森会長が聖教を全く読んでいないと断言できるのです。

もちろん、高森会長は他のことも何も知りませんので、高森会長の無知は退会者にとっては周知の事実となっています。

そんな無知の高森会長が、直接書いたことになっている『なぜ生きる2』ですが、あとがきで、更にまた無知を曝しています。

 普通、体験記は、年月、場所など著者特有の出来事が詳しく記述され、衆目を惹くものである。のぞき見趣味などにも応じて百人百様の体験が多彩に発表されるのが常であろう。

 だが親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人などの善知識方には、意外にそのような記録は見られない。まるで、書くべからざることと、箝口令を敷かれていると思えるほどだ。
 ただに善導大師は二河白道の譬喩で表し、親鸞聖人は弥陀の三願で表白されているのみである。
 譬喩や弥陀の本願で説かれていては、庶民の望む具体的な事象は知るよしもない。
 なぜ具体的な記述を頑なに避けられたのだろうか。

最初に述べた通り、具体的な記述を阿闍世の体験記で親鸞聖人は表現されています。『教行信証』に何が書かれてあるか、高森会長は全く知らないのです。恥ずかしいの一言に尽きます。

 そして善知識方の体験の記録も、『教行信証』等に親鸞聖人は記されています。龍樹菩薩と曇鸞大師のことは、『正信偈』にまで書かれているのですから、どんなに無知な高森会長でも文字は読んでいるのでしょうが、その意味を全く理解できていないこともここから判ります。
これまで、親鸞聖人のお言葉でその説明をしてきましたが、今回は蓮如上人の『正信偈大意』を紹介しておきます。

まず、龍樹菩薩の方は、

「釈迦如来楞伽山 為衆告命南天竺 龍樹大士出於世 悉能摧破有無見 宣説大乗無上法 証歓喜地生安楽」といふは、この龍樹菩薩は八宗の祖師、千部の論師なり。釈尊の滅後五百余歳に出世したまふ。釈尊これをかねてしろしめして、『楞伽経』に説きたまはく、「南天竺国に龍樹といふ比丘あるべし、よく有無の邪見を破して、大乗無上の法を説きて、歓喜地を証して安楽に往生すべし」と未来記したまへり。

です。龍樹菩薩は、聖道門で御修行なされて歓喜地を証されて後に、浄土門に帰依なされて往生なされた、という体験です。

次に曇鸞大師は、

「三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦」といふは、かの曇鸞大師、はじめは四論宗にておはせしが、仏法のそこをならひきはめたりといふとも、いのちみじかくは、ひとをたすくることいくばくならんとて、陶隠居といふひとにあうて、まづ長生不死の法をならひぬ。すでに三年のあひだ仙人のところにしてならひえてかへりたまふ。そのみちにて菩提流支と申す三蔵にゆきあひてのたまはく、「仏法のなかに長生不死の法は、この土の仙経にすぐれたる法やある」と問ひたまへば、三蔵、地につばきを吐きていはく、「この方にはいづくのところにか長生不死の法あらん、たとひ長年を得てしばらく死せずといふとも、つひに三有に輪廻すべし」といひて、すなはち浄土の『観無量寿経』を授けていはく、「これこそまことの長生不死の法なり、これによりて念仏すれば、はやく生死をのがれて、はかりなきいのちを得べし」とのたまへば、曇鸞これをうけとりて、仙経十巻をたちまちに焼きすてて、一向に浄土に帰したまひけり。

です。曇鸞大師は聖道門から一時道教に迷われたものの、菩提流支との出遭いによって浄土に帰された、という極めて具体的な記述です。

これ以上解説は不要な程、高森会長は無知を極めているのです。

『なぜ生きる2』を書かなければ、ちょっとおもしろいことをいう変な人、でも通ったかもしれません。しかし、高森会長は自らの意思によってその生ぬるい評判を徹底的に叩き壊しました。
こんな解釈は絶対にあり得ない究極的無知の悪知識、と高森評は完全に地に堕ちました。

これが高森会長の大好きな、悪因悪果、自因自果です。

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