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2015年12月23日 (水)

『なぜ生きる2』のトンデモ邪義33

ここ数年封印していた「一切衆生必堕無間」ですが、また復活させたそうです。高森顕徹会長の深いみ心は、

会員に恐怖心を与えないと、金集め人集めに必死にならないから

でしょう。カルト共通の単純明快な理屈です。

脅しもさることながら、雑行の定義さえも高森会長は正しく理解していません。
『なぜ生きる2』14章の

「雑行を捨てよ」とは、この悪い「自力の心」を捨てよということである。
 七高僧方が捨てよと言われるのも、「諸善」や「万行」のことではなく「自力の心」のことなのだ。

でも判ります。
結論を先に言えば、

「雑行を捨てよ」=「諸善を捨てよ」=「万行を捨てよ」

です。
善導大師が雑行の定義をされて、親鸞聖人も『教行信証』化土巻に引かれています。

雑行とは、正助を除きて以外をことごとく雑行と名づく。

正行以外の諸善を雑行というのが定義です。

更に親鸞聖人は『教行信証』化土巻の雑行釈に

おほよそ浄土の一切諸行において、綽和尚は「万行」といひ、導和尚は「雑行」と称す。感禅師は「諸行」といへり。信和尚は感師により、空聖人は導和尚によりたまふ。
経家によりて師釈を披くに、雑行のなかの雑行雑心・雑行専心・専行雑心あり。また正行のなかの専修専心・専修雑心・雑修雑心は、これみな辺地・胎宮・懈慢界の業因なり。

(現代語訳)

浄土門で説かれるすべての自力の行について、道綽禅師は『安楽集』に「万行」といわれ、善導大師は『観経疏』に「雑行」(散善義)といわれている。懐感禅師は『群疑論』に「諸行」といっている。源信和尚は懐感師により、源空上人は善導大師によっておられる。釈尊の経説にもとづき、祖師方の解釈を見てみると、雑行の中には、雑行雑心、雑行専心、専行雑心があり、また正行の中には、専修専心、専修雑心、雑修雑心がある。これらはみな自力の行であって、辺地・疑城胎宮・懈慢界といわれる方便の浄土に生れる因なのである。

と教えられています。
まとめると

「万行」=「雑行」=「諸行」=「諸善(正行を除く)」

ですが、それも知らないのです。

要するに

七高僧方が捨てよと言われるのも、「諸善」や「万行」のことである。

まるっきり反対なことを、言っていたのです。

高森会長は余りにも無知でありながら、ここまで愚かなことを堂々と書いていることは、尊敬に値するかもしれません。

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コメント

TS会は、長い間、「因果の道理」を人の運命を決めるものだ、と説法してきたそうです(以前は仏法では運命という言葉は使わないが、と断っておられたようですが、この頃はその前置きもなくなったようです。)。

運命を決めるとなれば、皆、目の色を変えます。自然に自己規制もされます。ましてや従順な人なら。

それが罪福を深く信じつつ、方便化土では切ないですね。でも全分他力の弥陀のお救いですから、大船に乗ったも同然です。凡夫の計れるものは何一つないわけですから。

ここに蓮如上人様の”もろもろの雑行雑修自力の心をふり捨てよ”が燦然と光ってまいります”。ここに自他力廃立がまた有難い限り。また肩の荷が抜けます。なんまんだー ありがたい。

投稿: | 2015年12月25日 (金) 20時42分

大船に乗ることを、以前は神秘体験のように理解していました。
今は、なむあみだぶつを称えるところにあるのかなぁと。

投稿: | 2015年12月25日 (金) 21時01分

高森会長の言っていることは、何から何まで間違っているとみるべきでしょう。高森会長の言っていることの反対のことをすれば、救われると思った方がいいです。

投稿: 飛雲 | 2015年12月25日 (金) 21時39分

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