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2015年11月

2015年11月27日 (金)

『なぜ生きる2』のトンデモ邪義29

親鸞会が、資産のある高齢者から高額の財施を要求するのは以前からのことですが、その傾向が益々強くなっています。
高齢者に財施を強要する際の常套文句の1つが、韋提希です。

架空の話を『観無量寿経』の内容と嘘をついて、その甲斐あってか親鸞会を存続させる要因になっています。

『なぜ生きる2』14章にこんな架空の話を書いています。

 では極重の悪人に、弥陀の救いを求める心が、どうして起きるのか。
 そして諸善(雑行)を行うようになるのだろう。
 その経緯を詳説されているのが、弥陀の十九願を解説する釈迦の『観無量寿経』である。
 前二章で述べたように、そこには十方衆生(すべての人)を代表する王舎城の悲劇のヒロイン、イダイケ夫人を立てて、ドラマチックに表現されている。

『観無量寿経』の中で韋提希は、諸善を行うようになっていませんし、釈尊は善を勧められてもいません。したがって、高森顕徹会長のこの解釈は、全くのデタラメで根拠ももちろんありません。

それでも、現会員は屁理屈を捏ねて納得しないでしょうから、『観無量寿経』の以下の部分を見てください。
状況は韋提希は牢の中で、釈尊ではなくお弟子に来てほしいと要望しましたが、釈尊御自ら韋提希のもとに来られました。そこで韋提希が釈尊に言ったことです。

世尊、われむかし、なんの罪ありてかこの悪子を生ずる。世尊また、なんらの因縁ましましてか、提婆達多とともに眷属たる。
やや、願はくは世尊、わがために広く憂悩なき処を説きたまへ。われまさに往生すべし。閻浮提の濁悪の世をば楽はざるなり。この濁悪の処は地獄・餓鬼・畜生盈満し、不善の聚多し。願はくは、われ未来に悪の声を聞かじ、悪人を見じ。いま世尊に向かひて五体を地に投げて哀れみを求めて懺悔す。やや、願はくは仏日、われに教へて清浄業処を観ぜしめたまへ

(現代語訳)

世尊、わたしはこれまで何の罪があって、このような悪い子を生んだのでしょうか。世尊もどういった因縁があって、あのような提婆達多と親族でいらしゃるのでしょうか。どうか世尊、わたしのために憂いも悩みもない世界をお教えください。わたしはそのような世界に生れたいと思います。この濁りきった悪い世界にはもういたいとは思いません。この世界は地獄や餓鬼や畜生のものが満ちあふれ、善くないものたちが多すぎます。わたしはもう二度とこんな悪人の言葉を聞いたり、その姿を見たりしたくありません。今世尊の前に、このように身を投げ出して礼拝し、哀れみを求めて懺悔いたします。どうか世の光でいらっしゃる世尊、このわたしに清らかな世界をお見せください

韋提希は、釈尊が定善、散善を説かれる前に、「わがために広く憂悩なき処を説きたまへ」と浄土を願っています。

この後、釈尊は諸仏の浄土を見せられて韋提希が言ったことが

世尊、このもろもろの仏土、また清浄にしてみな光明ありといへども、われいま極楽世界の阿弥陀仏の所に生ぜんことを楽ふ。

(現代語訳)

世尊、このさまざまな仏の世界はみな清らかで光り輝いておりますが、わたしは今、中でも極楽世界の阿弥陀仏のもとに生れたいと思います。

と阿弥陀仏の浄土を願い、弥陀の救いを求める心がすでに起こっています。

韋提希が十方衆生を代表するのであれば、弥陀の救いを求める心は、諸善、十九願とは無関係に起きることを証明していることになります。

要するに高森会長の話は、無茶苦茶だということです。

無知な高森会長が、無知な現会員を騙しているという構図がこれでお判り頂けると思います。

韋提希が諸善、十九願によって弥陀の救いを求める心が起きたという根拠がみつかったならば、いつでもコメントをください。

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2015年11月23日 (月)

『なぜ生きる2』のトンデモ邪義28

現会員の人から、「飛雲のお陰で迷惑している、飛雲を閉鎖してほしい」と懇願されることがあります。良いことです。飛雲を読んで、反論できないから、会員や入会を考えている人を惑わさないでくれ、という切なる願いでしょうが、親鸞会は親鸞聖人の教えを正しく伝えているという自信がすでになくなっている証拠です。

年々異常になる金集めに疲弊し、教えに対する自信を喪失した幹部の、益々悲惨な未来が、容易に想像できます。

さて『なぜ生きる2』13章のまとめとして

 釈迦は王舎城の悲劇を通して『観無量寿経』で、何を明らかになされたのか。
 イダイケ夫人のような心想羸劣の極悪人を救わんがために、弥陀は十九願(方便)を建てられた御心を解明されたものと親鸞聖人は断定されたのである。

 故に『和讃』には、こう讃仰されている。

大聖おのおのもろともに
 凡愚底下のつみひとを
 逆悪もらさぬ誓願に
 方便引入せしめけり
」 (浄土和讃)
(意訳)
「極悪最下の罪人も
 救う弥陀の方便を
 御仏方が役を持ち
 王舎城で芝居する」

とあります。
これも頓珍漢な解釈です。この前の和讃は、

弥陀・釈迦方便して
 阿難・目連・富楼那・韋提
 達多・闍王・頻婆娑羅
 耆婆・月光・行雨等

ですが、これを承けての「大聖おのおのもろともに」です。つまり、「おのおのもろともに」とは「阿難・目連・富楼那・韋提・達多・闍王・頻婆娑羅・耆婆・月光・行雨等」のことを指します。王舎城の悲劇の登場人物が、「凡愚底下のつみひとを 方便引入せしめけり」です。

要するに、韋提希も「方便引入せしめけり」の主語の一人で、韋提希が「方便引入」したのであって、「方便引入」させられたという意味ではありません。

飛ばした「逆悪もらさぬ誓願に」ですが、「」は五逆、「」は十悪で、以前から言っているように、韋提希は十悪の者ですが五逆の者つまり極悪最下の者ではありません。五逆の者つまり極悪最下の代表が阿闍世ですので、親鸞聖人は王舎城の悲劇の主人公を阿闍世とされているのです。

まとめてこの和讃を説明しますと、

釈尊と王舎城の悲劇の登場人物が十悪の者(韋提希)、五逆の者(阿闍世)などの役を演じられて、
生死の大海の底に沈んでいる罪人を
十悪、 五逆の罪人ももらさない18願に
導き入れてくださった

こういうことです。

釈尊が韋提希を善巧方便引入せられた、ではなく、釈尊と韋提希達が善巧方便引入せられた、です。

今回はほとんど国語のレクチャーでした。

もちろん釈尊が韋提希に善をさせたとか、そんな意味は皆無です。

韋提希に対して定善も散善も勧められることなく、十悪の韋提希が救われ、下品下生のところで、五逆の者は念仏を10回称えて往生すると説かれたのが『観無量寿経』です。ただし、五逆の者が救われることの実例は『観無量寿経』にはないので、それを『涅槃経』から長々と引用されて、五逆の阿闍世で「逆悪もらさぬ誓願」を証明されたのが、『教行信証』です。

『観無量寿経』くらい読んでからアニメを作れよ、と言いたいところですが、親鸞聖人の御著書さえ高森顕徹会長は読んだことがないのですから、教義はすべて妄想です。

なお、私の指摘が不当であることを証明できたなら、このブログをいつでも閉鎖しますので、現会員は遠慮せずに、反論のコメントをしてください。ただし、聖教に基づいての反論でなければ、完全な妄想ですから、相手にしません。

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2015年11月17日 (火)

『なぜ生きる2』のトンデモ邪義27

会員歴が何十年という人でも、うんざりするほど、財施の要求がきつくなっています。親鸞会はますます追い詰められ、会員への要求は大きくなる一方でしょう。親鸞会が潰れるのが先か、大幹部が潰れるのが先か、競争しているようなものです。

さて『なぜ生きる2』13章に

 絶対不可能と知りながら釈迦が善を勧められたのは、「なんとかすれば、なんとかなれる」という曠劫流転の自力心は、実地にやらせてみなければ、おいそれと廃るものではないからである。やるせない仏の慈悲がそこに光っている。

とあります。
韋提希には「絶対不可能」と宣言されて、韋提希も「絶対不可能」と知った上で、釈尊は定善を説かれたのです。韋提希は「なんとかすれば、なんとかなれる」とは最初から思っていません。ここからも、高森顕徹会長が『観無量寿経』を全く読んでいないとすぐに判ります。
更には、前回言いましたように、善導大師は定善のできる方でした。善導大師は『散善義』で

わが身は無際よりこのかた、他とともに同時に願を発して悪を断じ、菩薩の道を行じき。他はことごとく身命を惜しまず。道を行じ位を進みて、因円かに果熟して、聖を証せるもの大地微塵に踰えたり。しかるにわれら凡夫、すなはち今日に至るまで、虚然として流浪す。煩悩悪障は転々してますます多く、福慧は微微たること、重昏を対して明鏡に臨むがごとし。たちまちにこの事を思忖するに、心驚きて悲歎するに勝へざるものをや。

(現代語訳)

わが身は、 無始よりこのかた、 他のものと同時に、 発願し、 悪を断ち、 菩薩の道を行じたのに、 他のものはことごとく身命を惜しまず、 修行して位を進め、 因が円満し、 果が成就して、 聖者の位を証した。 その数は、 大地を微塵にくだいたよりもなお多い。 しかるに、 われら凡夫は過去より今日に至るまで、 いたずらに流転して、 煩悩の悪障が次第にますます多くなり、 福徳智慧のきわめて少ないことは、 重昏をもって明鏡に望むがようである。 今このことを考えると、 どうして心驚き悲しまずにおられようか。

と仰っていますが、善導大師が仰っていることは、善をすることが「絶対不可能」なのではなく、凡夫のできる善程度では出離して聖者となることが「絶対不可能」だと仰っているのです。ついでに機の深信とは、自分のした程度の善で出離することが「絶対不可能」ということであって、善をすることが「絶対不可能」と知らされるのではありません。

この後、『なぜ生きる2』にはこうあります。

 教えに誠実に従ったイダイケ夫人は、どうにもならぬ自己の醜悪さと、念々に迫る無常に追いつめられて、底知れぬ苦悶に堕ちる。
 この地獄一定の極悪人が、弥陀の本願の正客なのだ。

韋提希が定善をしようとした前提で書いていますが、しようともしてませんし、する気もありません。できるとも最初から思っていません。ですから、釈尊が定善を順番に説かれても、「どうにもならぬ自己の醜悪さ」が知らされることはありませんでした。もちろん『観無量寿経』にそれらしい記述はありません。すべてが高森会長の妄想です。

ところで、韋提希は定善の途中で獲信したと高森会長は説明しているので、定善ができないと仮に知らされたとしても、散善ができないとまで知らされることはありえません。まだ散善について説かれていないのですから、できるできない以前の話です。

定善ができる人は極めて稀ですが、散善ができる人はたくさんいます。法然上人を糾弾した『興福寺奏状』には

もし専念なき故に往生せずとならば、智覚禅師は毎日一百箇の行を兼修せり、何ぞ上品上生を得たるや。

と智覚禅師は上品上生の往生を遂げたことを言っているのですが、これに対して親鸞聖人は否定されず、『教行信証』信巻で

禅に参はり性を見ること、たれか高玉・智覚にしかんや。みな社を結び、仏を念じて、ともに上品に登りき。

と肯定されています。
つまり、智覚禅師は散善のできた方です。
凡夫であっても、定善・散善のできる人はいるので、そんな人が「地獄一定の極悪人」と知らされることはありません。事実、上述の善導大師のお言葉には「地獄一定の極悪人」に相当するお言葉はありません。龍樹菩薩・天親菩薩は、機の深信にあたるお言葉すら残されていません。

創作妄想で構成された高森教義が、何に基づいているのか、現会員はよくよく考えてみるべきでしょう。

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2015年11月10日 (火)

『なぜ生きる2』のトンデモ邪義26

高森顕徹会長の”深い御心"で、最近は物販に力を入れているようで、10万円というタブレットのぼったくり商法などは、マインドコントロールの効いている会員でも、躊躇しています。如何にして、お金を巻き上げるか、それしか高森会長の頭にはないのです。

高森会長の”深い御欲”で利用している韋提希の話は、浄土真宗とは無関係の創作です。

『なぜ生きる2』13章にこうあります。

 だが我が身知らずのイダイケ夫人は、教えられたら善ができると「自力の心」一杯なのだ。
 この「自力の心」は、押せば動く、点ずれば燃ゆる代物ではない。
 知った分かったでは、どうにもならぬ、曠劫流転の元凶なのである。

 むろん釈尊は、そんな自惚れの塊だとお見通しだから、頭から”悪しかできないお前に何ができるか”とは仰らずに「できると思うなら、やってごらん」と、実地にさせてみられたのが定善十三観である。

前回の内容を思い出されれば、これが妄言とすぐに判られると思います。

前回具体例を書きませんでしたが、定善ができる人はたとえば善導大師です。『定善義』で次のように仰っています。

ただ万事ともに捨てて、なほ失意・聾盲・痴人のごとくなれば、この定かならずすなはち得やすし。もしかくのごとくならざれば、三業縁に随ひて転じ、定想波を逐ひて飛ぶ。 たとひ千年の寿を尽せども、法眼いまだかつて開けず。

(現代語訳)

ただよろずの事をともにすてることが、 失意の人・聾・盲・無智の人のようになれば、 この定は必ず成じやすい。 もしこのようにしなければ、 身口意業が所縁の境にしたがって移り、 禅定の想も波のように動いて、 たとい千年の命をかけても智慧の眼は開けない。

世間から隔離されたところで、五感を停止させることができれば簡単にできるが、そうでなければできない、ということです。したがって世俗の中にいる韋提希には到底無理なこととでも、善導大師にとっては「この定かならずすなはち得やすし」だったのです。

それと定善は、浄土を観るための方法を釈尊に韋提希が請うたものです。ということは日と浄土を思い浮かべることが日想観ではないということです。最初から浄土を思い浮かべることができれば、浄土を観る方法を尋ねる意味がありません。
少し長いですが、日想観、水想観、地想観の部分を『観無量寿経』で見てみましょう。

 仏、韋提希に告げたまはく、「なんぢおよび衆生、まさに心をもつぱらにし念を一処に繋けて、西方を想ふべし。いかんが想をなす。おほよそ想をなすといふは、一切衆生、生盲にあらざるよりは、有目の徒、みな日没を見よ。まさに想念を起し正坐し西向して、あきらかに日を観じて、心をして堅住ならしめて専想して移らざれば、日の没せんと欲して、状、鼓を懸けたるがごとくなるを見るべし。すでに日を見ること已らば、閉目・開目に、みな明了ならしめよ。これを日想とし、名づけて初めの観といふ。
 次に水想をなせ。水の澄清なるを見て、また明了にして分散の意なからしめよ。すでに水を見をはりなば、まさに氷想を起すべし。氷の映徹せるを見て瑠璃の想をなせ。この想成じをはりて、瑠璃地の内外に映徹せるを見ん。
下に金剛七宝の金の幢ありて瑠璃地を擎ぐ。その幢、八方にして八楞を具足せり。一々の方面は百宝の所成なり。一々の宝珠に千の光明あり。一々の光明、八万四千色なり。瑠璃地に映ずること億千の日のごとし。つぶさに見るべからず。瑠璃地の上に黄金の縄をもつて雑廁間錯し、七宝をもつて界ひて分斉分明なり。一々の宝のうちに五百色の光あり。その光、華のごとし。また星・月に似たり。虚空に懸処して光明の台と成る。楼閣千万にして百宝合成す。
台の両辺において、おのおの百億の華幢、無量の楽器あり、もつて荘厳とす。八種の清風、光明より出でてこの楽器を鼓つに、苦・空・無常・無我の音を演説す。これを水想とし、第二の観と名づく。
 この想成ずるとき、一々にこれを観じて、きはめて了々ならしめよ。
閉目・開目に散失せしめざれ。ただ睡時を除きて、つねにこの事を憶へ。かくのごとく想ふものを名づけて、ほぼ極楽国地を見るとす。もし三昧を得ば、かの国地を見ること了々分明なり。つぶさに説くべからず。これを地想とし、第三の観と名づく」と。

(現代語訳)

そこで釈尊は韋提希に仰せになった。
  「 そなたや未来の人々は、ただひたすら西方に思いをかけて、その世界を想い描くがよい。では、どのようにして西方を思い描くのだろうか。それにはまず、生れながら目が見えないのでない限り、目が見えるものはみな日没の光景を見るがよい。その観を始めるにあたってはまず姿勢を正して西に向かって座り、はっきりと夕日を思い描くがよい。そして心を乱さず、思いを一点に集中して他のことに気をとられずにいられたなら、次に、夕日がまさに沈もうとして、西の空に太鼓が浮んでいるようになっているのを見るがよい。それを見おわった後、目を閉じても開いても、その夕日のすがたがはっきりと見えるようにするのである。このように想い描くのを日想といい、第一の観と名づける。
 次に水を想い描くがよい。水の清く澄みきったようすをはっきりと心に想い描き、心を乱さないようにするのである。水を想い描きおわったなら、次にその水が氷となったようすを想うがよい。そして氷の透きとおったようすを想い描き、それが瑠璃であるという想いを起すがよい。この想いを成しおえたなら、極楽世界の瑠璃の大地が内にも外にも透きとおり映りあうようすを見るであろう。
 その下には清らかな七つの宝で飾られた金の柱があって、瑠璃の大地をささえている。それは八角形の柱であり、その八つの面はそれぞれ百もの宝玉で飾られている。それぞれの宝玉は千の光にきらめき、それぞれの光にはまた八万四千の色があって、それが瑠璃の大地に映え輝いているありさまはまるで千億もの太陽を集めたようであり、とてもまばゆくて見ることはできない。
 またその極楽世界の瑠璃の大地には、黄金の道が縦横に通じていて、しかもそれぞれの区域が七つの宝で整然と仕切られている。その一つ一つの宝には五百の色の光があり、その光は花のようであり、また星や月のように輝き、大空にのぼって光明の台となる。その台の上には百の宝でできた千万の楼閣がそびえている。また台の両側には、それぞれ百億の花で飾られた幡と数限りないさまざまな楽器があり、その台を飾っている。そしてその光の中から清らかな風がおこり、いたるところから吹き寄せてこれらの楽器を鳴らすと、苦・空・無常・無我の教えが響きわたるのである。このように想いを描くのを水想といい、第二の観と名づける。
 さてこの観が成就したなら、さらにそのようすを一つ一つ想い描き、それがきわめてはっきりと見えるようにして、目を閉じても開いても目の前から消え失せないようにしなければならない。そしてただ眠っているときを除いて、常にこのことを想い続けるがよい。
 このように想い描くことができれば、ほぼ極楽世界の大地を見たということができる。さらにすすんで三昧の境地に入ったなら、その国の大地を一層はっきりと見ることができるのであるが、そのありさまを一々詳しく説くことはできない。このように想い描くのを地想といい、第三の観と名づける。」

日想観と水想観ができたら次の地想観に移って、ようやく「ほぼ極楽国地を見るとす」なのです。
要するに、日想観と水想観は、浄土を観るための前段階でしかないのです。それと日想観ができたら水想観、水想観ができたら地想観というようにステップアップしていくものですから、日想観ができなかったら水想観、水想観ができなかったら地想観ではありません。
もし韋提希が日想観を実践しようとしてできなかったとするのなら、水想観は韋提希とは完全に無関係に説かれたことになりますし、地想観以降も韋提希にとっては無意味です。

『観無量寿経』を読んだことがないから、この程度のことさえも知らずに、”深い御欲”で善の勧めを会員に強要しているのが高森会長です。

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2015年11月 7日 (土)

『なぜ生きる2』のトンデモ邪義25

高森顕徹会長が意味不明な言動をとると、”深い御心”と会員は思考停止しますが、実は高森会長には深い思慮はなく、単なるその場しのぎの思いつきでしかありません。
正本堂の建設も、突然の思いつき、あんしん弁当を作ったのも、外部業者にお金を渡すよりも、親鸞会内部でお金を循環させれば、親鸞会が潤う筈、という高森会長の単純な思いつきが始まりです。法輪閣や同朋の里の購入も、使う目的なしに、なんとなく思いつきで購入し、後付けで信心の沙汰が大事、と言っただけです。

このような高森会長の”深い御心”で始まったものが、現在どうなっているかを見ると、”浅い御心”でしかないことも分かられると思います。

さて、『なぜ生きる2』13章にも”深い御心”での解釈にこうあります。

 まず釈迦はイダイケ夫人に善を勧められている。「定善」と「散善」である。

『観無量寿経』を読んだことがないのですから、正しいことを知らないのは当然でしょう。

実際、『観無量寿経』ではこうなっています。

仏、韋提希に告げたまはく、「なんぢはこれ凡夫なり。心想羸劣にして、いまだ天眼を得ざれば、遠く観ることあたはず。諸仏如来に異の方便ましまして、なんぢをして見ることを得しむ」と。ときに韋提希、仏にまうしてまうさく、「世尊、わがごときは、いま仏力をもつてのゆゑにかの国土を見る。もし仏滅後のもろもろの衆生等、濁悪不善にして五苦に逼められん。いかんしてか、まさに阿弥陀仏の極楽世界を見たてまつるべき」と。

(現代語訳)

さらに釈尊は韋提希に仰せになった。「そなたは愚かな人間で、力が劣っており、まだ天眼通を得ていないから、はるか遠くを見とおすことができない。しかし仏には特別な手だてがあって、そなたにも極楽世界を見させることができるのである」
そのとき韋提希が釈尊に申しあげた。「世尊、わたしは今、仏のお力によってその世界を見ることができます。でも、世尊が世を去られた後の世の人々は、さまざまな悪い行いをして善い行いをすることがなく、多く苦しみに責められることでしょう。そういう人たちは、いったいどうすれば阿弥陀仏の極楽世界を見ることができるでしょうか」

如何でしょうか。釈尊は韋提希に対して、「そなたの力では浄土を観ることは無理だ」と釘を刺されています。この釈尊のお言葉を承けて韋提希は、「私は釈尊のお力によって浄土を観ることができましたが、釈尊入滅後の衆生が浄土を観る方法を教えてください」と、自分のことではなく、後の衆生のために定善をお説きくださいと韋提希が釈尊にお願いをされたということです。

つまり、韋提希は最初から定善ができるとは思っていませんし、しようという気もなかったということです。
もちろん、釈尊は韋提希に定善を勧められていないのです。「そなたにはできない」と仰っていながら、「やってみろ」と釈尊が勧められたという理屈は成り立ちません。

善導大師はこれを『玄義分』に

娑婆の化主はその請によるがゆゑにすなはち広く浄土の要門を開き

(現代語訳)

娑婆の教化の主である釈迦仏は、 その韋提希の請いをもととして広く浄土の要門を開かれ

と仰っていますし、親鸞聖人も『教行信証』化土巻にも引かれています。

ちなみに、定善は誰もできないのではなく、極一部の衆生にはできることですので、その極一部の衆生のために、釈尊は定善を説かれ勧められたということです。

なお、散善は定善ができなくても他の善のできる善人に対して釈尊は説かれ勧められています。

『観無量寿経』を読めばすぐに判ることですが、高森会長は読んでいないから適当なことを言っているだけです。”深い御心”でいつまでも誤魔化すことはできませんから、古い幹部会員でも親鸞会を次々と去っていくのです。

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2015年11月 3日 (火)

『なぜ生きる2』のトンデモ邪義24

前々回と前回のエントリーを読まれて、頭の回転の速い方ならお判りかと思いますが、親鸞聖人が『教行信証』で韋提希ではなく阿闍世の獲信について長々と紹介されている理由とは何かです。

それは、下品下生の者が10回の念仏を臨終に称えて往生するという、聖道門の論理からは考えられない阿弥陀仏の救いについて、その実例が阿闍世だからです。
韋提希は下品下生ではありません。下品下生とは、五逆の者です。韋提希は親を殺してはいません。阿闍世は父親を殺しています。
韋提希の獲信について親鸞聖人が紹介説明されても、下品下生の者が往生することの証明はできませんので、下品下生の者である阿闍世を親鸞聖人は取り上げられているのです。

もう一度言いますと、下品下生の者でさえも往生できることを証明する実例は、阿闍世しかいないのです。

これだけ言えばお判りでしょうが、親鸞聖人は韋提希の獲信の経緯について、韋提希の求道の道程については、全く言及がありません。言及しても大した意味をなさないとのお考えであったと想像されます。

したがいまして、法話やアニメで韋提希のことを殊更強調して、阿闍世のことを全く言わない高森顕徹会長が親鸞聖人の教えに疎いことは、隠しようのない厳然たる事実です。

私の言うことに反感をもたれる会員の気持ちは判りますが、高森会長は『教行信証』を全く読んだことがないのです。これは断言できます。
『教行信証』全体の約1割、信巻の半分近くを阿闍世の話に費やされているのに、高森会長は阿闍世の獲信の話をしたことはありません。知らないからです。そして『教行信証』だけでなく他の御著書にも全くない韋提希の獲信の道程を、あたかも親鸞聖人の教えの真髄のように話をする高森会長を、どんな贔屓目に見ても、浄土真宗を伝える気があるとはいえないでしょう。

ついでですから、阿闍世が獲信後に言った言葉が、親鸞聖人の教えの真髄です。

信巻に『涅槃経』を引かれて

世尊、われ世間を見るに、伊蘭子より伊蘭樹を生ず。伊蘭より栴檀樹を生ずるをば見ず。われいまはじめて伊蘭子より栴檀樹を生ずるを見る。
伊蘭子はわが身これなり。栴檀樹はすなはちこれわが心、無根の信なり。
無根とは、われはじめて如来を恭敬せんことを知らず、法僧を信ぜず、これを無根と名づく。

(現代語訳)

世尊、世間では、伊蘭の種からは悪臭を放つ伊蘭の樹が生えます。伊蘭の種から芳香を放つ栴檀の樹が生えるのを見たことはありません。わたしは今はじめて伊蘭の種から栴檀の樹が生えるのを見ました。伊蘭の種とはわたしのことであり、栴檀の樹とはわたしの心におこった無根の信であります。無根とは、わたしは今まで如来をあつく敬うこともなく、法宝や僧宝を信じたこともなかったので、これを無根というのであります。

とあります。
無根の信」とは、仏法を信じることも求めることもなかったところに生じた信心、ということです。要するに、無善で信心を頂くのが、18願の真実信心、本願力回向の信心だということで、ここが親鸞聖人の教えの真髄になります。

信心は阿弥陀仏から頂くものなので善の有無は無関係

ここから、「全人類は三願転入の道程を必ず通る」という考えは完全に否定されるのです。

次のことがいえます。

『教行信証』に書かれてあることは何ですか?

親鸞聖人 三願転入の道程は不要
----------------
高森会長 三願転入の教え

こうなります。

最後に会員の皆さんに質問です。

高森会長は何宗の教えだと思いますか?
高森会長は『教行信証』を読んだことがあると思いますか?

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