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2015年8月13日 (木)

『なぜ生きる2』のトンデモ邪義14

聖教を全くと言っていいほど読んだことがない高森顕徹会長ですが、大沼法竜師や伊藤康善師、香樹院師らの著書は、しっかり読んで盗作しています。これらの著書に引用されている御文は、前後を削って本来の意味を変える、いわゆる断章取義を行っています。そこは無知ではなく、故意に意味を変えているのですから、極めて悪質です。

その典型が『なぜ生きる2』11章にあります。

聖人が敬慕される聖覚法印の『唯信鈔』には、こう記されている。

 過去世に善を努めてきたものは、今生も悪を恐れて善に精進する。
 過去世、善に背を向けてきたものは、今生も悪を好み善には向かわない。

 以下は、その文証である。

宿善の厚きものは、今生も、善根を修し、悪業をおそる。宿善少なきものは、今生に、悪業をこのみ、善根をつくらず  (唯信鈔)

覚如上人も口を揃えられる。

 過去世に厚く善を積んできた人は、今生も善根を求め、悪を避けようと努める。
 過去世に悪を重ねてきた者は、今生も平気で悪を行い、少しも善に向かおうとはしない。

 以下は、その文証である。

宿善厚き人は、今生に善をこのみ悪をおそる。宿悪重き者は、今生に悪をこのみ、善にうとし  (『口伝鈔』上・四)

『唯信鈔』『口伝鈔』共に、酷い断章取義です。

まず『唯信鈔』から前後はこうなっています。

つぎにまた人のいはく、「五逆の罪人、十念によりて往生すといふは、宿善によるなり。われら宿善をそなへたらんことかたし。いかでか往生することを得んや」と。

これまた痴闇にまどへるゆゑに、いたづらにこの疑をなす。そのゆゑは、宿善のあつきものは今生にも善根を修し悪業をおそる、宿善すくなきものは今生に悪業をこのみ善根をつくらず。宿業の善悪は今生のありさまにてあきらかにしりぬべし。しかるに善心なし、はかりしりぬ、宿善すくなしといふことを。われら罪業おもしといふとも五逆をばつくらず、宿善すくなしといへどもふかく本願を信ぜり。逆者の十念すら宿善によるなり、いはんや尽形の称念むしろ宿善によらざらんや。なにのゆゑにか逆者の十念をば宿善とおもひ、われらが一生の称念をば宿善あさしとおもふべきや。小智は菩提のさまたげといへる、まことにこのたぐひか。

問答形式になっていて、その問いは、「五逆の罪人が十回の念仏で往生するのは宿善によることだということだが、我々は宿善を備えていることは難しいので、どうしたら往生できるのか」です。

これに対する答えの一部が、高森会長の断章取義した箇所です。高森会長の言葉を再度書くと

過去世に善を努めてきたものは、今生も悪を恐れて善に精進する。
過去世、善に背を向けてきたものは、今生も悪を好み善には向かわない。

ですが、問いと合わせて考えると聖覚法印の意図が高森会長の言っていることとは逆であることが判られると思います。

今生で五逆の罪人は、過去世、善に背を向けてきたものであることになり、理屈の上では「宿善をそなへたらんことかたし」の筈ですが、十回の念仏で往生できるだけの宿善があったといわれるのなら、五逆を造っていない我らは五逆の罪人よりも宿善があることになるではないか、というものです。

『口伝鈔』も同じです。前後は、

されば宿善あつきひとは、今生に善をこのみ悪をおそる。宿悪おもきものは、今生に悪をこのみ善にうとし。ただ善悪のふたつをば過去の因にまかせ、往生の大益をば如来の他力にまかせて、かつて機のよきあしきに目をかけて往生の得否を定むべからずとなり。

です。
善悪のふたつをば過去の因にまかせ」とは、高森会長が紹介した「宿善あつきひとは、今生に善をこのみ悪をおそる。宿悪おもきものは、今生に悪をこのみ善にうとし。」を指しています。簡単に言えば、宿善が厚いとか宿悪が重いかは、過去のこととしておいておき、ということです。
そして結論が「往生の大益をば如来の他力にまかせて、かつて機のよきあしきに目をかけて往生の得否を定むべからずとなり。」で、往生できるのは阿弥陀仏のお力によるので、宿善厚い宿悪重いという過去のことは往生の得にも損にもならない、無関係だと仰っているのです。

実に悪質な断章取義です。完全に悪意をもっての解釈ですから、高森会長が何の目的で、親鸞会を作り、布教をしているかは、明々白々です。

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コメント

> 完全に悪意をもっての解釈です

いや、どうでしょうか?
大学学部卒業の基礎学力さえない高森顕徹ですから、
この程度の「ダラな」ことは、彼にふさわしいという気もしますが。

投稿: | 2015年8月13日 (木) 23時57分

能力的には、十分に有りうるでしょうが、『口伝鈔』は私がブログに書いてから使うようになりましたので、確信犯だと思います。

投稿: 飛雲 | 2015年8月14日 (金) 06時44分

能力より悪意がまさったのでしょう。

小智は菩提のさまたげといへる、まことにこのたぐひか。
の文章が強烈ですね。

投稿: YGM | 2015年8月17日 (月) 16時32分

YGM 様

強烈な皮肉でしょうね。

投稿: 飛雲 | 2015年8月31日 (月) 21時18分

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