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2015年6月 4日 (木)

高森顕徹会長が大惨敗し逃亡した三願転入の法論2

18願の「十方衆生」と19願の「十方衆生」は、当然同じ意味だ、というのが親鸞会の理屈です。一見、まともなことを言っているように思えますが、よく調べてみると実は意味が違うのです。

mixiの法論で出たのが、『尊号真像銘文』

「唯除五逆誹謗正法」といふは、「唯除」といふはただ除くといふことばなり、五逆のつみびとをきらひ、誹謗のおもきとがをしらせんとなり。このふたつの罪のおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず往生すべしとしらせんとなり。

です。

これは、「唯除五逆誹謗正法」という抑止のお言葉によって、抑止すべき五逆罪、謗法罪を造っている極悪人も含めた一切の衆生が18願の救いの対象になっていると親鸞聖人は教えられています。念の為申しますと、一切の衆生が五逆罪、謗法罪の者という意味ではありませんので、間違われないようにしてください。

一方で、19・20願にはこの抑止のお言葉がありませんので、抑止する必要のない善人のみを対象とされているということです。

つまり、三願には共通の「十方衆生」と誓いの対象が同じお言葉で表現されていても、その内容が異なっているのです。18願の「十方衆生」は「唯除五逆誹謗正法」とセットになってすべての人が対象で、漏れている人はありません。しかし、19・20願の「十方衆生」は「唯除五逆誹謗正法」と無関係の善人が対象ということになるのです。

このことは『大無量寿経』の異訳経を確認すると、更によく判ります。『大無量寿経』での18願と19願の対機は、共に「十方衆生」と表現されていますが、『平等覚経』『大阿弥陀経』では、救いの対象、対機が明らかに異なっています。

『大無量寿経』18願の「十方衆生
=『平等覚経』17願の「諸天人民蠕動之類者
=『大阿弥陀経』4願の「諸天人民飛蠕動之類
諸々の神々や人々や虫の類

『大無量寿経』19願の「十方衆生
=『平等覚経』18願の「諸佛國人民有作菩薩道者
=『大阿弥陀経』7願の「八方上下無央數佛國諸天人民若善男子善女人有作菩薩道
諸々の仏国土の菩薩の行を行う者

つまり、『大無量寿経』18願は、すべての生物です。漏れているものはいません。一方、『大無量寿経』19願は、菩薩の行を行える人と限定されています。虫も入っていませんし、人間でも菩薩の行を行えない悪人は入りません。ですから同じ「十方衆生」でも『大無量寿経』の18願と19願とでは対機が大きく異なるのです。

親鸞会は、全く反論できませんでした。これで完全終了なのですが、今まで無敗を装ってきた高森顕徹会長にとって、このまま終わる訳にはいかず、詭弁の反撃が試みられますが、すべて返り討ちにされ、醜態を曝すことになりました。

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コメント

聖教を出して説法はするが、その聖教について肝心の親鸞聖人の解釈は出さず、デタラメを教え込む。なかなか巧妙だと思います。
三願転入にしても、都合のいい部分を切り貼りしてそれらしく仕立てあげていますね。違訳本を見れば明らかに間違いなのに。
聖教の解釈は高森会長まかせ、自分で解釈するのは恐ろしいこととK玉氏もよく叫んでいましたが、、、カルトの恐ろしさを痛感します。

投稿: | 2015年6月 5日 (金) 00時33分

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