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2015年6月27日 (土)

『なぜ生きる2』のトンデモ邪義1

mixiでの三願転入の法論で大惨敗し、会員が続々と退会していくのを喰い止めるために、やっとやっと書いたのが『なぜ生きる2』です。この本が出ることを待ち望む気持ちは、会員よりも私の方が強かったかもしれません。

その理由は、高森顕徹会長の最近の著書は、邪義満載とは言いながらも、一般の人には、”ちょっと変わった解釈の本”で済ませてしまうような表現になっており、高森会長のトンデモ教義が判りにくいので、誰でも明確にトンデモ本と判る本を出してほしかったのです。

期待通り、『なぜ生きる2』は、”ちょっと変わった解釈の本”をはるかに飛び越えた、”親鸞聖人の教えからはありえない解釈の本”として真宗界共通の認識となりました。

高森会長の性格は実に判りやすいです。煽ると、悔しさのあまり必ず反応します。mixiでの大惨敗を当ブログで宣伝し続けましたので、高森会長は必ず三願転入の本を出すと思っておりましたが、その通りとなり、完全に墓穴を掘りました。下段ぶち抜きの新聞広告では、一行か二行のおまけでしか載せることができないことからも、高森会長の後悔は手に取るように判ります。

ということで、この後は、『なぜ生きる2』についての邪義を取り上げていきます。

ただし、ほとんどすべてが邪義ですので、一つ一つ書きだしたらきりがないので、5章以降の、三願転入に関するトンデモ邪義についてのみ、取り上げます。取り上げないところが正しい訳ではありませんので、その点はご了承ください。

5章にはこうあります。

 聖人の方便とは、市中で使われる「ウソも方便」などとは全く異なり、真実まで導くに必要不可欠の教えをいう。

親鸞会と関係のない人がこれを読んだら、面食らうと思います。ところが親鸞会の会員は、これで納得します。ここにマインドコントロールがあります。

親鸞会でもよく聞く「八万四千の法門」とは、八万四千の方便と言い換えることができますが、それがすべて「真実まで導くに必要不可欠の教えをいう」のなら、大変なことになります。すべてを知らなければなりませんし、実践しなければなりません。ところが親鸞聖人は『浄土和讃』でこう仰っています。

聖道権仮の方便に
 衆生ひさしくとどまりて
 諸有に流転の身とぞなる
 悲願の一乗帰命せよ

聖道門は権仮という方便の教えだから捨てなさい、つまり聖道門は末法の衆生には関係のない不必要な教えですよ、ということです。聖道門が「真実まで導くに必要不可欠の教え」とは、流石に親鸞会でも言いません。その時点で、

 聖人の方便とは、市中で使われる「ウソも方便」などとは全く異なり、真実まで導くに必要不可欠の教えをいう。

が嘘だと判明します。
悔し紛れに

それは阿弥陀仏の願の話だ

と言うかもしれません。
しかし、親鸞聖人は『教行信証』化土巻に

これによりて方便の願(第十九願)を案ずるに、仮あり真あり、また行あり信あり。願とはすなはちこれ臨終現前の願なり。行とはすなはちこれ修諸功徳の善なり。信とはすなはちこれ至心・発願・欲生の心なり。この願の行信によりて、浄土の要門、方便権仮を顕開す。

と仰っています。最後の「この願の行信によりて、浄土の要門、方便権仮を顕開す」によって、19願が聖道門と同類の権仮方便と判ります。

聖道門が不必要なら、19願も不必要になります。
実に簡単な話です。

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コメント

会長の教えは 南無阿弥陀仏の「願行具足」の否定です。

全ての人は善のできない自分と知らされるまで善(修行)をしなければならない、と会長は教えています。この考え方は、私達にかわって、なされた阿弥陀仏(法蔵菩薩)の五劫の思惟、兆載永劫の修行だけではもの足りない、と言っているのと同じです。阿弥陀仏(法蔵菩薩)が兆載永劫なされた修行のやり残こしを全ての人が実践しなければならないのが会長の教えです。修行のやり残こしがあるのに南無阿弥陀仏の完成を告げて、仏になってしまわれた無慈悲な阿弥陀仏であると教えているのと同じです。。
会長がご本尊をツギハギにしてまでこだわるのは見た目の有り難さだけで肝心の南無阿弥陀仏のお力を甘く見ているのでしょう。

もし仮に法然聖人、親鸞聖人の時代に 会長がいたら、当時の聖道門の人と一緒になって、「願行具足」の南無阿弥陀仏を説かれる法然聖人、親鸞聖人を攻撃していたでしょう。
会長には百歩譲って金儲けに邪魔な元会員を攻撃(もしくは逃亡)することはあっても阿弥陀仏のお力、法然聖人、親鸞聖人の教えを否定するのは即刻止めて頂きたいです。

投稿: 愚愚流 | 2015年6月27日 (土) 14時12分

愚愚流 様

もし仮に法然聖人、親鸞聖人の時代に 会長がいたとしたら、会長は裏でこそこそしているだけではないかと思います。法然聖人、親鸞聖人に面と向かって攻撃できる度胸も教学もありませんので、土蔵秘事化するでしょう。尤も今でも半分土蔵秘事化してます。

投稿: 飛雲 | 2015年6月27日 (土) 20時37分

教学聖典には何の根拠もなしに方便の間違った意味を書いています(同様のもの多数)が、つくづく面の皮の厚い狸です。こんなのがよく宗教団体の会長なんてやってられるものだ

投稿: | 2015年6月28日 (日) 10時50分

面の皮の厚い狸だからこそ、宗教団体の会長なんかできるんでしょう。

投稿: | 2015年6月28日 (日) 12時18分

御尤もです。

投稿: 飛雲 | 2015年6月28日 (日) 18時15分

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