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2015年6月30日 (火)

『なぜ生きる2』のトンデモ邪義2

親鸞会の会合では、兎に角、金集め、人集めの話ばかりで、多くの会員がうんざりしています。それでも会員を続けるのは、19願を通らなければ、蟻一匹助からないという”迷信”が親鸞会会員の中に蔓延っているからです。

『なぜ生きる2』の5章にこんなことが書いてあります。

 この十九願に「至心発願欲生」と阿弥陀仏が仰せられているから、十九願を「至心発願欲生と十方衆生を方便し」と、聖人は『和讃』に言われている。
 そして、弥陀が十八願・真実へ十方衆生(すべての人)を導き入れる方便だと明かされている。

以下は、その文証である。

至心発願欲生と
十方衆生を方便し
衆善の仮門ひらきてぞ
現其人前と願じける
 (十九願)

よくもまあ、ここまで嘘が言えるものだと呆れますが、もしこれで納得してしまうようなら、マインドコントロールがかなり効いていると言えます。

まず、この御和讃は19願文を言い換えられたものだということです。これは前後の十八願・二十願の同様です。
そしてこの「方便」は、前回述べましたように、高森顕徹会長創作の意味ではありません。「十八願・真実へ十方衆生(すべての人)を導き入れる方便」という意味はありません。ここは、「19願に導き入れる方便」です。「18願に」ではありません。

18願との関係はどこにも書かれていません。というよりも、親鸞聖人の御著書の中で、19願を18願に導き入れる方便、という言い方をされている部分は、極僅かです。

ほとんどが、

・聖道門を断念した人を浄土門に導き入れるための方便
・化土に往く方便の願


という説明になっています。
『教行信証』化土巻や『三経往生文類』などです。たとえば、『末灯鈔』には

仏恩のふかきことは、懈慢・辺地に往生し、疑城・胎宮に往生するだにも、弥陀の御ちかひのなかに、第十九・第二十の願の御あはれみにてこそ、不可思議のたのしみにあふことにて候へ。

とありまして、18願との関係には全く言及がありません。
ただし、20願は果遂の願ですから、18願へ導き入れるという意味があると親鸞聖人は仰っています。

ところで、「十方衆生を方便し」とあるから、19願はすべての人が必ず入らなければならない願だ、と親鸞会では言うでしょうが、先に申しましたように、この和讃は、19願文を言い換えられたものですから、19願文の「十方衆生」がそのまま使われています。親鸞会のような曲解をする人のために、親鸞聖人はこの次の和讃で19願の解説をされています。

臨終現前の願により
 釈迦は諸善をことごとく
 『観経』一部にあらわして
 定散諸機をすすめけり

19願は、「定散諸機」に勧められたものだということです。勧められたのは善人にです。
この和讃については、後でも出てきますので、今回はこの程度にしておきます。

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コメント

「世界が破滅する」などと予言する団体は、予言が外れると猛烈に布教しだす、というパターンがあるそうです。
人間には、まわりの人が正しいと思っているものを正しいと思う心理があります。(社会的証明)
つまり、物理的に間違いが証明されてしまったため、「正しい」と思い込むために無意識的に社会的証明を求めて布教しだす、という解釈です。

高森会長も、教義的な誤りに気付いて自分の信念が不安定になり、社会的証明を求めて「なぜ生きる2」を世に出したのかも知れません。
「世の中の多くの人が自分の説を支持してくれれば、正しさに自信が持てる」という潜在的な心理です。
「三願転入は世の中にも出版されている理論なのだ」と、社会的証明によって会員に信じ込ませる意図もあるでしょう。

※あくまで推測です。

投稿: | 2015年7月 1日 (水) 10時50分

法然門下ではかつて一念か多念かが問題にされ、親鸞聖人もそれに言及されている。
信と行の問題である。
それはそもそも念仏の一行を選びとって余行を捨てたのちに問題となるのであって、
念仏一つをすすめる浄土真宗の教えを受けながら、19願に立ち戻って余行を修する意味はまったくない。
いやむしろ獲信にとっては大いに礙となるのは自明である。
真宗教団の衰退は、伝統にあぐらをかく教団の体質の問題であって、教義の曲解によって打開を図るのは坊主の自己保身か、悪足掻きにしか見えない。
今生ですでに18願の真宗の教えにあえた者は、三願転入のご文を読んで過去世の弥陀の照育を喜ぶべきなのであって、
三願転入のご文に従って、さあ19願から始めようなどとすすめる者は、さらさら親鸞聖人の意図を解することのできない、悪知識に間違いない。
速やかに過ちを認め衆前に懺悔すべし、さもなくば速やかに滅びよ。

投稿: | 2015年7月 4日 (土) 04時28分

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