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2015年3月15日 (日)

退会者の影に怯え続ける高森顕徹会長

今から3年前、あることがきっかけで私は親鸞会に直接法論を申し込みました。しかし、何の返答もなく、完全に逃げ回っています。ただ、そのことを指摘されて誤魔化すために、顕真で「ひと口問答」なるものを中途半端に連載したり、講師部講義で「高森オリジナル二河白道」の秘事法門を高森顕徹会長が力説したりと、かなりの狼狽振りでした。なぜなら、チューリップ法論までは勝利を偽装してきましたが、それ以降の法論では、全戦全敗だからです。
高森会長が指導した法論、講師部員が上司の許可なく臨んだ法論、元気な会員が正義感から単独で挑んだ法論など、ここ数年で何十回と法論が行われましたが、ただの一度も親鸞会側が勝ったと偽装すらできない程、大惨敗を続けています。
高森会長自身が退会者の影に怯え続けているのですから、当然の結果です。
参考までに3年前に親鸞会に送ったメールと書面の内容は以下です。

W 様

御無沙汰しております、○○です。
昨日の件は、聞いております。法論の申し込みを書面でせよ、とのことですので、本日申し込みの書面を書留で送りました。
内容は以下の通りです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
              法論の申し込み
                            平成24年3月18日
弘宣局長 W 様

御無沙汰しております、○○です。

昨年、K講師を通して、法論を申し込みましたが無視されました。
しかしその件で、「弘宣局に直接法論を申し込むように」と貴方が言われたそうですので、ここに書面をもって法論を正式に申し込みます。

法論の条件は、

1.法論の土俵はお聖教であり、お聖教にない文底秘沈のような主張はしない
2.文章でやりとりをする
3.法論の場は、以下とする
  mixi内の信仰と対話コミュニティ*「三願転入」議論継続トピック*
  
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=53217382&comm_id=2135313
4.相手の質問に対して質問で返さず、相手の質問に答えてから新たな質問をする

以上の4点です。

かつて親鸞会は公約していた筈です。

「親鸞会は公約しています。親鸞会の主張に対して異議、反論のある方は遠慮なく申し出てください。相手が集団であれ、個人であれ、公開であれ、非公開であれ、討論であれ、文書討論であれ、相手の希望される方法で、時と場所を問わず、本当の親鸞聖人のみ教えを開顕するために、喜んで対決に応じます。」

これが口先だけであったとは、言わせません。

私の主張は、「親鸞会教義の誤り」「飛雲」「親鸞会の邪義を正す」等のブログで書かれている通りです。一読された上で、法論に臨んで頂きたいと思います。
親鸞聖人の仰せと高森顕徹会長の主張との相違点を以下に列記しておきます。

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - -
高森会長 必堕無間

2.五逆罪・謗法罪について

親鸞聖人 造っている人と造っていない人がいる
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 造っていない人はいない、全ての人は生まれながらに造っている

3.善人と悪人について

親鸞聖人 善人と悪人とがいる
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高森会長 善人はいない、すべての人は悪人である

4.獲信のために善は必要か

親鸞聖人 念仏1つ、獲信に善は不要
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善をしなければ絶対に獲信できない

5.白道とは

親鸞聖人 自力の心にあらず
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 自力

6.定散二善について

親鸞聖人 定散二善を捨てよ
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 定散二善をせよ

7.19願について

親鸞聖人 19願を捨てよ
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 19願を実践せよ

8.宿善について

親鸞聖人 過去世の善根の厚薄と、往生・獲信とは関係ない
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 過去世の善根の薄い者が、そのままで往生・獲信することはありえない

9.機の深信について

親鸞聖人 自力では出離できない
- - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 逆謗の屍と必ず知らされる

10.善知識に無条件服従しなければならないか

親鸞聖人 法に従うのであって、人に従うのではない
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善知識に無条件服従せよ

なお、法論に応じられても応じられなくても、返事を頂いても頂かなくても、すべて公開しますので、御了承ください。

                                           ○○○○
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

mixiでの三願転入の法論は、親鸞会の逃亡とトピック削除で幕を閉じましたが、とりあえずその続きをしたいと考えております。

なお、上に挙げたブログをすべて読まれるのは大変でしょうから、最低限、添付ファイルのところだけでも読んでおいて頂けませんでしょうか。

目的は親鸞聖人のみ教えを開顕するためですので、よいお返事をお待ちしております。

○○○○

もし、悔しいと思う講師部員や会員があるのなら、いつでも法論に応じますので、遠慮なく仰ってください。なお、高森会長が法論に応じることは、絶対にないでしょうから、敢えて高森会長には呼びかけません。無二の善知識の実態を講師部員も会員も直視した方がよいと思いますよ。

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コメント

「破邪顕正せずば仏弟子に非ず」と親鸞会時代に教えられたので、
現役の親鸞会員を破邪顕正していたら、隣で念仏宗(新興宗教)のおじさんに声を掛けられ二人して「ありゃだめだ」と顔を見合わせました。
なんかとってもうれしかったんだけど、ちょっと困惑している自分かいます。
昔一緒に求めていた人はやはりどこか縁が深いんだろうな。

そこでその会員がこだわっていたのが御名号でした。
その会員には蓮如上人の御文章以外に根拠は無いのですが、読み間違いをしているのでは無いかと思いました。
蓮如上人が言われた「絵像より名号」は阿弥陀様のお心を一番表しているのが南無阿弥陀仏ですよと言われたと受け取るのが一番自然です。
ところが形にこだわって絵像や木像は必要ないと思い込んでいるのです。
私もそうだったのですが、そのこだわりがどうもマインドコントロールなのかなと思います。
木像は嶋田さんの最近の投稿にもありましたが、阿弥陀仏のお心を現している姿なのですから、
別に御名号以外は間違いとはどこにも言われていません。親鸞聖人でさえそうです。
当時の時代背景を考えれば、お弟子に御名号を配布されたのは一番経済的だからと考えるのがまっとうだと思います。だって、木像を作るには大変なお金が必要だったはずです。
法性法身が本当の阿弥陀様なのですが、それを文字や形に表したのが方便法身なのですから親鸞会の解釈は間違えているなと思いました。
ところが会員さんは、どうしても御名号以外は間違いだと思い込んでいるのです。
そこが大きな間違いなのですが、どうしても形にこだわっているのです。
やはり親鸞会、特に高森さんは、とにかく形にこだわることが好きなんですね。それと本願寺をやり込めることが高森さんの人生の目的なんですね。
そう思わされる一日でした。
どうでもいい話ですが、ちょっと感じましたので。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

投稿: とくよしみね | 2015年3月15日 (日) 22時25分

訂正
隣で→私たちが話している隣から

失礼しました。

投稿: とくよしみね | 2015年3月15日 (日) 22時44分

とくよしみね 様

私は敢えて言及してきませんでしたが、『御一代記聞書』の

他流には、名号よりは絵像、絵像よりは木像といふなり。当流には、木像よりは絵像、絵像よりは名号といふなり。

が、蓮如上人のお言葉であるとの根拠がないのです。
蓮如上人のお言葉ならば、その次の条に
「蓮如上人仰せられ候ふ」とあるように、「蓮如上人」「前前住上人」という主語か、「仰せられ候」というような尊敬語のどちらかがあるはずです。しかし、共にありません。これを文献学的に言うならば、蓮如上人のお言葉ではなく、『御一代記聞書』の編者の言葉とみるべきです。

そうなると、前提が根本から崩れます。
ただし、本願寺でもこれは蓮如上人のお言葉として扱っていますので、私はこのことに触れてはきませんでしたが、私の意見としては、これは蓮如上人のお言葉というのに、疑問を持っています。

投稿: 飛雲 | 2015年3月15日 (日) 22時44分

飛雲さんの言われるように、「・・・仰せられ候」は言われるとおりですね。

ところで「御一代記聞書」でしたね。またまた、訂正でした。

投稿: とくよしみね | 2015年3月15日 (日) 23時06分

飛雲さん、あまり私見は述べないほうがいいと思いますよ。あと尊敬語や主語がないから蓮如上人のお言葉ではないというのは少し行きすぎな気が...もし聞書の他の箇所にも同様なもの、つまり尊敬語や主語が使われずに編者の意見が書かれているなどといったことがあればその説にかなり説得力が出てくるんですがねー。どうなんでしょうか?

投稿: A | 2015年3月17日 (火) 19時01分

ここは飛雲さんのブログです。私見を述べるかどうかは飛雲さんのご判断です。ただAさんのご発言のように内容次第でご意見するのはよいことだと思います。ちなみに私は100%の確証のないことについて、私見を申し上げる勇気のない人間です。それを乗り越えようとされる飛雲さんは尊敬される方だと感じております。

投稿: 愚愚流 | 2015年3月17日 (火) 20時04分

A 様

ここを一度読んでいただきたいと思います。
「親鸞会教義の誤り」
http://shinrankaiuso.blog76.fc2.com/blog-entry-15.html

先にも書きましたが、私はエントリーでは敢えて言及してきませんでした。それは私見であることを十分にわきまえているからです。ただし、コメント欄で私見を述べることも許されないというのは、如何なものかと思います。根拠のないことを断定したのならともかく、そうではないのですから、もしおかしいと思われたなら、それに反論して頂いて結構です。とはいいながらも、私見の内容について、私は議論を続けるつもりはありません。


愚愚流 様

面と向かってなら、自分の考えを相手にぶつけて議論もしますが、ここでは趣旨がずれてしまうのもありますし、これ以上は私の方から私見を述べることは差し控えます。尊敬して頂けるほどの人物ではありません。

投稿: 飛雲 | 2015年3月17日 (火) 20時41分

愚愚流さん、飛雲さん。

まず初めに一言断っておきたいのは私の仏教についての知識は親鸞会会員に毛が生えたようなものです。もちろん誤っている所は修正済みだと思ってますが。つまりですね、先の私の発言は一般人が感じる疑問に感じる所だと思うんですよ。エントリ内だろうがコメント欄だろうが不確かそうなことを力説するブログ主を信頼できますか? 私自身が言うのもなんですがこういう意見をただ拒絶するのではなくフィードバックするのも重要だと思いますよ…

そしてリンク先を拝見しました。まだそれが真実とは断定することはできないですけど飛雲さんがそう解釈した理由を理解でき納得することもできました。ちなみに私も賛同します笑

もう長いことこのブログを見てるのでもっとよりよくなってほしいと思ってしまうんですよね。これからも頑張ってください

投稿: A | 2015年3月28日 (土) 04時12分

A 様

有難うございます。頑張ります。

投稿: 飛雲 | 2015年3月28日 (土) 17時29分

Mixiのトピック削除はなんでなのかわかりませんでしたが、納得しました。
高森会の都合の良いようにしたいのが高森会の教義でしょうな。
証拠隠滅する犯罪者とにているのはなんででしょうなー。

投稿: | 2015年5月 7日 (木) 23時00分

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