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2014年11月 7日 (金)

どんな詭弁も通用しないことにようやく気が付いた高森顕徹会長と愉快な仲間達

『観無量寿経』下品下生の往生について、何が何でも否定したい親鸞会のいつもの難癖が、「親鸞聖人の教えは平生業成なのに、臨終でなければ救われないのはおかしい」です。

実に間の抜けた反論ですが、このことについては存覚上人の『浄土真要鈔』に問答形式で教えられています。

 問うていはく、『観経』の下輩の機をいふに、みな臨終の一念・十念によりて往生を得とみえたり。まつたく平生往生の義を説かず、いかん。
 答へていはく、『観経』の下輩は、みなこれ一生造悪の機なるがゆゑに、生れてよりこのかた仏法の名字をきかず、ただ悪業を造ることをのみしれり。 しかるに臨終のときはじめて善知識にあひて一念・十念の往生をとぐといへり。これすなはち罪ふかく悪おもき機、行業いたりてすくなけれども、願力の不思議によりて刹那に往生をとぐ。これあながちに臨終を賞せんとにはあらず、法の不思議をあらはすなり。もしそれ平生に仏法にあはば、平生の念仏、そのちからむなしからずして往生をとぐべきなり。

下輩(下品上生・下品中生・下品下生)は、「一生造悪の機」であり、「生れてよりこのかた仏法の名字をきかず、ただ悪業を造ることをのみしれり」の者のことです。生れてから今まで一度も仏法を聞いたこともない、悪しか造ってこなかった者が、「臨終のときはじめて善知識にあひて一念・十念の往生をとぐ」と『観無量寿経』に説かれています。これを否定したら、浄土門ではないので、親鸞会は浄土門外であることを公言しているようなものです。
そこで上記の難癖をつけてくるのですが、それについてまず「これすなはち罪ふかく悪おもき機、行業いたりてすくなけれども、願力の不思議によりて刹那に往生をとぐ。」と、阿弥陀仏の願力には、それまで仏法を聞いてきたかどうかも関係なく、もちろん善の有無も無関係であることを存覚上人は教えられています。
その上で、「これあながちに臨終を賞せんとにはあらず、法の不思議をあらはすなり。もしそれ平生に仏法にあはば、平生の念仏、そのちからむなしからずして往生をとぐべきなり。」と、親鸞会の難癖を一蹴されています。臨終の念仏で往生できるのですから、平生の念仏でも往生できるのは言うまでもないことです。あくまで最悪の状況下でも往生させる阿弥陀仏の不思議なお力を顕わされただけのことです。

高森顕徹会長や親鸞会の講師部員全員が寝ずに詭弁を考えてきたところで、そんな程度の詭弁は、すでに聖教の中で論破されていることばかりです。聖教を読んだことが無いから知らないだけで、詭弁を弄すれば弄するほど、単なる無知を晒し続けてきているのが、ここ数年の法論惨敗記録です。

法論しても勝ち目のないことをようやく理解し、今は残っている会員から、どれだけ絞り切れるかが、親鸞会上層部の会議の議題のようです。
しかし、それも長くは続かないでしょう。

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法論」カテゴリの記事

コメント

飛雲様、はじめまして。

私、親鸞会会員歴24年の正会員、学階講師、当然ながら高森会長を、信心と教学を兼ね備えた無二の善知識、蓮如上人の生まれ変わりと信じ仰いできました。

親鸞会批判のサイトは、「どうせ根も葉もない誹謗中傷を書いているだけだろう」と開こうともしませんでした。

しかし、なぜか1か月ほど前このブログにたどり着き、読み進めて行き大ショック。

高森会長からよく聞かされていた「信ずるものに裏切られるとたちまち苦悩に襲われる。深く信じていればいるほどその苦しみは大きい」その苦悩に。

「私にとって人生最大の苦悩の対象、それが高森会長、あんたとは・・・・・」

さらにブログを読み進め、飛雲様の桁違いの教学の高さに感動。すでに親鸞会との決別に心は定まっていました。

「往生の行は、念仏一行」と合点し、諸善に心を振らず「なまんだぶ」と称えたときすでに20願の行者。

それからのお勤めは念仏を恭敬の心をもって称えるように努めました。

「阿弥陀様、煩悩具足の身でありますから今生への執着は離れませんが、後生はおまかせいたします。」のこころで「なまんだぶ なまんだぶ・・・・・」と。

11月1日、夜のお勤めを終え、夕食を食べた後テレビを見ていましたが、どうにもまた仏壇の前へ行き念仏称えなければ気が済まないこころになり「なまんだぶ」

そのとき、阿弥陀様から「智慧がない者、まったく智慧が無い者」を信知させられ、「阿弥陀様に後生を打ちまかし切るこころ」にしていただきました。

涙がとめどなく流れ「なまんだぶ なまんだぶ・・・・・」称えさせていただきました。

うまく書けませんが、親鸞会で禁じられている体験談をあえて書きました。

今は救いを求め、宿善を厚くするためにお勤めをするなどというこころは微塵もありません。

親鸞聖人のお言葉をそのまま受け止め、味わいさせていただいています。

飛雲様、本当にありがとうございました。

今後もご教導よろしくお願いいたします。


投稿: どら焼き | 2014年11月 8日 (土) 14時44分

どら焼き様、本当に良かったですね。
高森会長の口からはどれだけ聞いても「往生の行は念仏一行」とは出てきませんから、
飛雲さんのブログにたどり着いたのは、何よりの幸いでした。
どうか有縁の方々にもお伝えされて、高森会長の誤った教えから解き放たれますように。

投稿: | 2014年11月 8日 (土) 17時09分

どら焼き 様

コメント有難うございます。大変に喜ばしいことであり、私も嬉しく思います。
親鸞聖人の御言葉には、裏はありません。書かれてあることをそのまま読むことに何の躊躇も要りません。裏を必死に創作する高森会長の言うことに、真実はありません。
何かあれば、いつでもコメントをください。メールでも結構です。hiunto1@gmail.com

投稿: 飛雲 | 2014年11月 8日 (土) 18時23分

どら焼き様
大変素晴らしい、喜ばしいです。私も飛雲様のブログをご縁に会の誤りに気づかされた者です。求法太子の如く、菩提心のある人にしか進めない道を進まれたこと尊敬致します。会の教えを信じている間はおとぎ話にしか聴こえないことも真実信心によって、真実としてハッキリと聞こえてきます。会員にとっては会の教えを捨てることが一番の近道であることもお分かりになるはずです。現役の会員さんにも伝えて行きましょう。それが使命です。

投稿: 愚愚流 | 2014年11月 8日 (土) 19時30分

如来の加威力

投稿: | 2014年11月 8日 (土) 22時14分

飛雲様、そしてコメントを下さった方々、ありがとうございます。

この身にしてくださったご恩、億分の1でもお返しできるように、今までともに苦しんできた法の友に伝えてゆきたいと思います。

すでに3名の友にブログをプリントアウトして渡してあるのですが、よく読まれて親鸞会の誤りに気づいてくれることを念じるばかりです。

投稿: どら焼き | 2014年11月 9日 (日) 09時47分

どら焼き様

ようこそ ようこそ 真実にお遭いになられましたね、ともに涙しました。
この喜びを一人でも多くの有縁の御同朋に伝えて行きましょう。

投稿: とくま | 2014年11月 9日 (日) 13時31分

どら焼き様良かったですね。
会員歴24年でしたら小杉の会館建設前ですね。私も小杉の落慶式に参加しましたからどら焼き様と小杉で一緒でした。親鸞会から情報操作されて大変でしたね。現在気付かれて私も嬉しく感じています。

投稿: 過去に会員 | 2014年11月 9日 (日) 19時36分

飛雲様 阿弥陀仏の本願力そのままを伝えるの素晴らしいブログだと思います。深謝致します。これから皆さまの思いが一つの同じ方向に向かうのは間違いありません。是非ともご指導よろしくお願い申し上げます。

投稿: 愚愚流 | 2014年11月 9日 (日) 20時21分

愚愚流 様

コメント有難うございます。
また熱心な会員から揚げ足をとられるかもしれませんが、私は布教使ではありませんので、空いた時間を使ってブログを書いているに過ぎません。
綱渡り状態とはいえ、未だに親鸞会が存続しているのですから、私の与える影響力もその程度ということです。
期待に応えられるかは判りませんが、できるだけ努力はしていきたいと思っております。

投稿: 飛雲 | 2014年11月 9日 (日) 21時11分

クソ!
こんな仏法ねじ曲げてきた奴が救われるのにどうしてオレは無視されるんだ!
高森なんかより阿弥陀仏が許せん!
トイレットペーパーに名号書いてケツ拭いてやる!

投稿: ポルターガイスト | 2014年11月10日 (月) 00時54分

どうにも我慢ならん。
阿弥陀仏がサイコパスだろ。
大慈大悲、そのままじゃだと、どの口が言わすんだ。

投稿: ポルターガイスト | 2014年11月10日 (月) 01時10分

人に苦労だけさせて何も与えないのは阿弥陀仏が元祖。
高森なんてカワイイものです。

投稿: ポルターガイスト | 2014年11月10日 (月) 01時33分

どう冷静に考えても阿弥陀仏はいないか、阿弥陀仏が底意地の悪い人格障害かしか考えられませんわ。
お前が聞き間違っているからとか、お前に落ち度があるから助けないとか、もう聞き飽きましたわ。
聖道門より条件がキツい。
本当に大慈大悲でそのままなら聞き誤ろうが助けるはずでしょうに。

投稿: ポルターガイスト | 2014年11月10日 (月) 02時13分

ポルターガイスト 様

言われることは判りました。少し前のエントリーでも書きましたが、この教えは難信です。
難信とは、18願を信じ求めている人が信心決定するのが難しいのではなく、18願自体を信じ求める気持ちになることが難しいということです。
当ブログは、18願を信じ求めている人、あるいは信心決定した人向けに書いています。以前にも言いましたが、18願自体を信じる気持ちの無い人に対しては、私は反論することはしません。
大変申し訳ありませんが、以上の前提ですので、今後同様のコメントをされた場合には、削除し、スパム登録をしますので、御了承ください。

投稿: 飛雲 | 2014年11月10日 (月) 06時41分

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