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2014年7月21日 (月)

一口問答(法の深信11)

問い

親鸞聖人は「念仏者は無碍の一道なり」(歎異抄)と仰っているように、阿弥陀仏に救われたなら一切が障りにならぬ絶対の幸福になるのですから、その自覚が必ずある筈です。

答え

『経』にのたまはく、<十方の無碍人、一道より生死を出づ>と。<一道>とは一無碍道なり。<無碍>とは、いはく、生死すなはちこれ涅槃と知るなり。」(浄土論註)
十方の無碍人」とは仏のことですから、十方諸仏は念仏と言うただ1つの道によって迷いの世界を出られて仏に成られた、ということです。
したがって、「念仏者は無碍の一道なり」は、阿弥陀仏に救われた念仏者は仏になるただ1つの道を歩んでいることを顕わされたものであって、絶対の幸福というような幻覚体験があることを仰ったのではありません。

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コメント

昨日書き込んだものです。
無碍の一道の意味がよく分かりました。
会で、絶対の幸福の根拠でもう一つ
摂取不捨の利益、を持ち出しますが
如何でしょうか?

…各地の会館の次はアニメバスの増産です。

投稿: | 2014年7月21日 (月) 21時02分

名無し 様

アニメバスは、会員から余り要望されていないようでしたが、金集めにはうってつけのものですから、それに力を入れているのでしょう。
会員がどこまで忍耐できるのか。

投稿: 飛雲 | 2014年7月22日 (火) 06時48分

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