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2014年5月24日 (土)

高森顕徹会長の知らない三願転入のイロハ

高森顕徹会長のインチキ解釈に騙されて、未だに三願転入がどうのこうのと言っているのが会員です。
少し考えれば判ると思うのですが、三願転入のことを仰ったのは、親鸞聖人だけです。しかも親鸞聖人は『教行信証』でしか仰っていません。『教行信証』は、一般の同行向けに書かれた書ではありません。親鸞聖人のお手紙には、読むように勧められた書が挙げられています。一番多く書かれているのが、善鸞義絶状です。

おほかたは、『唯信抄』・『自力他力の文』・『後世物語の聞書』・『一念多念の証文』・『唯信鈔の文意』・『一念多念の文意』、これらを御覧じながら、慈信が法文によりて、おほくの念仏者達の、弥陀の本願をすてまゐらせあうて候ふらんこと、申すばかりなく候へば、かやうの御文ども、これよりのちには仰せらるべからず候ふ。

これ以外のお手紙のほとんどは、『唯信鈔』・『後世物語』・『自力他力の文』だけです。どこにも『教行信証』を読むように勧められたお手紙はありませんし、第一、『教行信証』を読んで理解できる人が弟子でも何人あったかと考えると、極めて限られた人だけが、三願転入の文を読んだことがある、という程度でしょう。

蓮如上人も、多くのお手紙を出されていますが、一度として三願転入について書かれていませんし、19願についての言及さえもありません。それどころか、往生のために善を勧められた箇所も全くありません。念の為いっておきますと、聖道門では善が勧められている、と書かれたものを、「これこそ蓮如上人が善を勧められた御文」、とお目出度く大騒ぎしているところはありますが。

つまり、親鸞聖人を含めて、誰一人として、三願転入を同行に対して教えられていないということです。教えられていないのですから、知る必要はなく、ましてや実践する必要がある筈もありません。

ではなぜ、親鸞聖人は三願転入を『教行信証』でのみ仰ったのかと言えば、法然上人の教えを徹底的に非難攻撃した聖道門の学僧に対する反論書が『教行信証』だからです。

法然上人が聖道門を無視されたことに対して、聖道門の学僧が非難したのではありません。法然上人が19願を無視されたことに対して、聖道門の学僧は非難してきたのです。

判りやすく言えば、

法然上人-18願が本願
聖道門-19願も本願ではないか、それに18願は悪人を仏教に導き、最終的に聖道門に入れるための方便の願であろう

そこで親鸞聖人が仰ったのが親鸞会でも有名な、真仏土巻

真仮を知らざるによりて、如来広大の恩徳を迷失す。

です。19願は真ではなく仮であり、18願は仮ではなく真である、ということです。

聖道門の学僧の主張である「18願は悪人を19願そして聖道門に導き入れる方便」を親鸞聖人は反対にされて、「19願は善人(聖道門の人)を浄土門そして18願に導き入れる方便」と仰ったのです。

ここで対象が重要です。19願は誰の為の方便かですが、親鸞聖人の御著書のどこを読んでも、善人(聖道門の人)としか仰ってないのです。

今回は難しい御文を出していませんが、会員でもちょっと調べればこれくらいのことは理解できるでしょう。

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コメント

飛雲さんや安心問答さんが更新されたら、おかもんの更新がやたら増えますね。まるで見せたくないように、感じます。そんなに気になるなら反論すればいいのに、それもできないか。世間話でお茶を濁すのが、関の山か、親鸞会も。

投稿: | 2014年5月26日 (月) 20時10分

勝負はついたな。これで退会できます。

投稿: | 2014年5月27日 (火) 20時06分

名無し 様

会長と親鸞会が、いわゆる誹謗サイトを極度に恐れていることは確かです。
どうやって揚げ足をとろうかと無い知恵を絞っているのですが、いつも自分で仕掛けた罠に自分で掛かっているのですから、喜劇です。

投稿: 飛雲 | 2014年5月27日 (火) 20時54分

これは私見ですが、聖道門の学僧に対する反論書が「教行信証」なのであれば、著された時期が遅すぎると思います。承元の法難の後すぐなら分かるのですが…

また何度も加筆修正を加えられていることからも、後世の人に向けて書かれたものではないかと思うのですが、その点はどうお考えですか?

投稿: 819 | 2014年5月30日 (金) 08時22分

高弁の『摧邪輪』の後です。
後の人に向けて、聖道門・19願では助かりませんよ、と残されただけです。

投稿: 飛雲 | 2014年5月30日 (金) 08時24分

>>819さん

教行信証は難しいです。浄土真宗系の大学を出ていないような人が簡単に読めるものではありません。そもそも個人的には親鸞聖人より法念上人のお言葉のほうが分かりやすいと思います。まず法念上人の言われたことを理解されてはいかがでしょうか?親鸞会では親鸞聖人と法念上人は教え方が違うと言って結局法念上人を軽視どころか無視しようとしますがとんでもないことです。
あなたが拠り所にしている親鸞会で教えられた根拠は既にすべて論破されています。もしこの根拠があるから親鸞会が正しいと思っているものがあるならどうぞ出してください。ここには親切な方が沢山いるので丁寧に解説してくれますよ。

どうしても親鸞会を信じたいならそうしたらよろしいですが、その前に親鸞会を批判する者、退会した者の言い分を十分知ってからでも遅くはないと思いますがどうでしょう?リスクマネジメントですね。

投稿: A | 2014年5月30日 (金) 13時30分

もちろん、退会した人や批判している人が言っていることを聞きたいからこのブログにコメントしているのです。
しかも、根拠をあげて論じている点など、それなりに正しいと思っているからこそ、批判的立場にいるわけです。

論破されているということですが、
蓮如上人の五重の義はどうなりますか?

投稿: 819 | 2014年5月30日 (金) 22時51分

五重の義は、
宿善、善知識、光明、信心、名号
ですが、最初の宿善に引っ掛かっているのでしょうか。

この宿善はこれまでの説明で言うなら、

宿善の有る人-18願を信じる気のある人

宿善の無い人-1.外道での救いを求めている人
       2.聖道門での救いを求めている人
       3.19願での諸行往生の救いを求めている人
       4.20願での自力念仏往生の救いを求めている人
       5.そもそも救い自体を求めていない人

です。
つまり、18願を信じる気の有る人が善知識に遇って18願の話を聞けるのであり、そういう人が光明にあって信心を頂き、念仏を称える、ということですが、どこかに19願を通るという意味の言葉がありますか。

ちなみのこの五重の義の元となったのが存覚上人の『浄土見聞集』の

この法を信ぜずはこれ無宿善のひとなり。
(中略)
おぼろげの縁にては、たやすくききうべからず。もしききえてよろこぶこころあらば、これ宿善のひとなり。善知識にあひて本願相応のことはりをきくとき、一念もうたがふごころのなきはこれすなはち摂取の心光行者の心中を照護してすてたまはざるゆへなり。
光明は智慧なり。この光明智相より信心を開発したまふゆへに信心は仏智なり。仏智よりすすめられたてまりてくちに名号はとなへらるるなり。

です。
三願転入は無関係です。

投稿: 飛雲 | 2014年5月30日 (金) 23時33分

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