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2014年1月31日 (金)

高森邪義は、「真宗の廃立にそむき、祖師の御遺訓に違せり」

親鸞会が勧めているのは、間違いなく雑行です。どんな屁理屈をつけても、六度万行は雑行です。
雑行は行ですから、自らその行を選択して捨てるだけです。

このことについて、蓮如上人が「金をほりいだすやうなる聖教なり」とまで仰った『安心決定鈔』にこうあります。

かるがゆゑに念仏三昧になりかへりて、もつぱらにしてまたもつぱらなれといふなり。専の字、二重なり。まづ雑行をすてて正行をとる、これ一重の専なり。そのうへに助業をさしおきて正定業になりかへる、また一重の専なり。またはじめの専は一行なり、のちの専は一心なり、一行一心なるを「専復専」といふなり。

これは善導大師の『法事讃』にある「専復専」についての解釈です。
ここに二重の「」がありますが、それを2通りの解釈をしています。

1つは、まず雑行を捨てて正行に帰し、その次に助業を捨てて念仏一行になる、という二段階の「」です。法然上人の三選の文と同じです。
もう1つは、行において念仏一行となる「」と、心において他力の一心になる「」ということです。これは親鸞聖人が『唯信鈔文意』

「専復専」といふは、はじめの「専」は一行を修すべしとなり。「復」はまたといふ、かさぬといふ。しかれば、また「専」といふは一心なれとなり、一行一心をもつぱらなれとなり。「専」は一つといふことばなり、もつぱらといふはふたごころなかれとなり、ともかくもうつるこころなきを「専」といふなり。

と仰ったのと同じです。

どちらの解釈においてでも、雑行は行です。もちろん、捨てるべきものとしてです。

では正行は、勧められている行なのかと言えば、それも間違いです。
『改邪鈔』には

しかるをいま風聞の説のごとくんば、「(中略)〈まづ雑行をさしおきて正行を修すべし〉とすすむ」と[云々]。これをもつて一流の至要とするにや。この条、総じては真宗の廃立にそむき、別しては祖師の御遺訓に違せり。正行五種のうちに、第四の称名をもつて正定業とすぐりとり、余の四種をば助業といへり。正定業たる称名念仏をもつて往生浄土の正因とはからひつのるすら、なほもつて凡夫自力の企てなれば、報土往生かなふべからずと[云々]。

とあります。雑行を捨てて正行を修するように勧められたのが、親鸞聖人の教えだ、と言うのは、「総じては真宗の廃立にそむき、別しては祖師の御遺訓に違せり」と完全に否定されています。その理由は、正定業である念仏でさえ、自力の行であるなら報土往生できないと親鸞聖人は教えられているのに、ましてや助業を勧められたことはない、ということです。当然ながら、雑行を勧めるなどもっての外の邪義です。

親鸞会は、なにかと屁理屈を付けて、善の勧めを正当化しようとしますが、そんな屁理屈など、聖教を一度読めば、完全に粉砕されてしまします。

高森顕徹会長も、講師部員も、会員も、屁理屈ばかりを並べて退会者に反撃を試みてきますが、何も恐れることはありません。粛々と聖教の御文を示せば、それで終わりです。
ただし、聖教に書かれたことを信じる気の無い親鸞会の面々には、何を言っても無駄でしょうが。

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コメント

飛雲様

初めて書き込ませて頂きます、元会員のアサギと申します。
浄土真宗の教えについて、とても丁寧に、詳細に書いて下さって、本当に有難うございます。
親鸞会とかかわってしまったことは、思い起こすと、未だに悔しさと、悲しさと、腹立たしい思いが湧いてきます…
なるべく前向きに考えて生きていくようにはしているのですが。

おこがましくて恐縮なのですが、
親鸞会で説かれた範囲よりも、広く深く掘り下げられていると感じました。

高森会長が、親鸞会の活動により多大な苦しみを負っている人が
少なくないことを、知らないわけは無いだろうと思うのですが。

脱会者は少なくないのだから、その原因はこちら(親鸞会側)の指導と活動方針に落ち度があった、申し訳ないと
自省し、問題点を改めることがあってもおかしくないと思います。

親鸞会によって起こった様々な被害は、組織の最高責任者である、高森会長の責任が大きいと思います。
沢山の被害や、会での活動により苦しむ人が少なくないのを
会長や幹部が知らないはずはないのに、
改善策を講じなかったり、被害の増加を食い止めるための対策について、
親鸞会の中で話し合いがなされなかったのは、
どう見ても不適切だと思わずにいられません。

DVやストーカー等の加害者を対象にした、再犯防止のためのカウンセリングや、
更生のための治療プログラムがあると聞きましたが、
それと同じように
(「上記の加害者たちと同列に語るな」と言うお叱りを受けることは覚悟しております)、
高森会長には、会員の皆さんと距離を置いて頂き、
自分の問題点や責任に向き合って頂くために、そして二度と会員を苦しめることがないように
臨床心理の専門家による何らかのカウンセリングか、プログラムを受けて頂くのがいいのではないか?と思います。

そして、その過程で分かったことは、他のカルト被害者の救出、そしてカルトで苦しむ
新たな被害者を生まないために、大いに役に立つのではないかと思います。

乱文失礼いたしました。
ここまで読んで下さって、有難うございました。

投稿: アサギ | 2014年1月31日 (金) 23時58分

アサギ 様

コメント有難うございます。
高森会長と取巻きは、すべて知っています。間違ったことを教えていること、被害者が沢山いることも。
しかし、気付いていないことが1つあります。
カウンセリング等は、自分に無関係であると本気で思っています。
異常に多くの会員が精神的な病気で苦しんでいるのさえ、会長の話を聞けば治るとまで思っている始末です。

いわば、誰にも手のつけられない人物だということです。

残念ですが、会長にまともになってもらおうと期待するのは無理だと断言できます。

ただ、会員をなんとか目覚めさせたいというのが、私の願いです。

投稿: 飛雲 | 2014年2月 1日 (土) 06時30分

この文に親鸞会に遭った当初出会ってればなあ。

あのときちんぷんかんぷんながらも通読した文庫本の教行信証の内容が、自力いっぱい善をするなどと教えていた会と全然違う。なんでだろう?と疑問だったんです。

仏教という宗教自体はじめてのものだったので教導のためにわざと違うことを言っているんだろうか、そういうものなんだろうかと考えて会を否定する理由がなかった。

~違せり。のご文だとそのように教えることは間違い。とはっきり言明しているから。疑問をさしはさむ猶予はないですね。

投稿: | 2014年2月 1日 (土) 14時56分

名無し 様

退会者は、皆、同じ気持ちだと思います。聖教通りではない会長の説を信じてしまったことを、後悔するしかありません。

投稿: 飛雲 | 2014年2月 1日 (土) 21時02分

高森会長の取り巻きの人たちが、確信犯的に会長の邪義を擁護・宣伝しているのはおそらく間違いないと思いますが、するとその人たちは会長の取り巻きであるが故の"旨み"を取って、信心決定は諦めたんでしょうか。光晴さんも弘宣局長も諦めてるってことでしょうか。かつては信心決定したくて会長に近づいた人ばかりのはずなのに。

投稿: | 2014年2月 2日 (日) 01時02分

飛雲様

お返事を頂き,誠に有難うございます。
親鸞会の中で誰も会長に意見できる状況にないために、ますます組織の機能不全に
歯止めがかからなくなってしまっているのですね。
今いる会員に脱会してもらうには、外部からの働きかけしかないのかもしれませんね。

精神疾患は、メンタルヘルスの専門家の介入・治療が不可欠なのに、
それを否定するのは、会員の健康を心配したり、自分が知らないことを学ぼうとする
謙虚な姿勢・思いやりに欠けていると思いました。

飛雲様のお話をお聞きしていると、会長に対しては、改悛とか、懺悔を期待するのは
諦めてしまったほうが、脱会後の立ち直りにとても有効なのではないかと思いました。

会長に期待するよりも、苦しんでいる末端の会員が、親鸞会の影響から逃れて
人生を取り戻すことの方がはるかに重要だと、改めて思いました。

投稿: アサギ | 2014年2月 2日 (日) 17時16分

後の名無し 様

取巻きにとっての信心決定とは、会員を釣る餌くらいにしか思っていないでしょう。

投稿: 飛雲 | 2014年2月 2日 (日) 20時20分

アサギ 様

会長に期待する人もいますが、それは無駄だと思います。
過去世からの業ですから、余程のことが無い限り、変わることはないでしょう。
しかし多くの会員はそうではありません。会員が変わることには大いに期待しています。

投稿: 飛雲 | 2014年2月 2日 (日) 20時24分

今週は、久しぶりののんびりした休みでしたのであちこちに書き込みをしています。
ここも久しぶりなので感想を。

アサギさまへ

とてもすばらしいことに気づかれましたね。
これから頑張ってください。
私も何とかしたい人がいるのですが、ハッキリ言って闇の中ですね。
私の言葉が一つも届きません。
でもね、私も同じだったんですよ。
阿弥陀様を困らせた張本人が私なのです。
あなたの阿弥陀様は喜んでおられます。
ご縁がありましたらお話ししたいですね。

では、では

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

投稿: とくよしみね | 2014年2月 2日 (日) 20時25分

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