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2013年11月 6日 (水)

親鸞聖人の教えに無関心な高森会長と会員

親鸞会は東日本大震災の被災地を改造バスで巡り、被災者からも薄く広く金集めに益々励んでいます。一方で会員はと言えば、出した金額に応じて優越感を味わっている人も結構いるようで、現在の親鸞会は、高森顕徹会長から講師部員、会員に至るまで、親鸞聖人の教えに興味のない集団となっています。

さて、察しの悪い会員のために、一応前回までの内容をまとめておきますと、

・法然上人は、法然上人の話を聞きに来た人に対して18願念仏だけを勧められた。

・親鸞聖人も法然上人から勧められたことは、18願念仏だけであり、法然上人の仰せ通りに、18願に入られた。

・聖道門の人にとっては、諸善は不要で18願念仏だけでいいと仰った法然上人のことを許すことができず、19願を持ち出して激しく非難攻撃をした。

・そこで親鸞聖人は、法然上人の御心を聖道門の人の立場を踏まえて『教行信証』で説明をされた。

・親鸞聖人は、聖道門の人が尊重した19願の意義として、聖道門を断念した人を浄土門に導くための方便とされた。

・親鸞聖人はこの理論を、御自身の体験を通して表現されたのが三願転入の文。

・したがって、親鸞聖人の教えを聞いている人には、諸善や19願を勧められた箇所は全くなく、法然上人同様18願だけを勧められた。

単純な話です。

ところがこれを、法然上人は18願しか勧められていないのに親鸞聖人が法然上人の教えられたことを修正して諸善や19願を勧められてた、と嘯いているのが、高森会長なのです。

高森会長が教えに無知なのは言うまでもありませんが、諸善や19願を勧める目的も明白です。
高森会長の実体に気が付いた人は、高森会長の許から離れていきます。それは高森会長の親戚の態度を見れば判るでしょう。

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三願転入」カテゴリの記事

コメント

震災の報道を見て常人が思いつくのは「義援金」でしょう。
被災地へお金をせびりに行くという発想はスゴイです。
カルト教祖としての才能があるとは言えそうですね。

投稿: | 2013年11月 9日 (土) 01時13分

今回は長文(しかも記事と無関係)で失礼します。
実はかねてより疑問に思っていたことがあります。他でもない「因果の道理」のことです。
以前「一口問答」でも取り上げられていましたが、そもそも高森会長が説くところの「因果の道理」は
額面どうりに受け取れるものなのでしょうか?現役の会員さん達はもちろん、私のような脱会者さえも
「善因善果 悪因悪果 自因自果」というのは、少なくとも間違ってはいないように見えます。
しかし、会長の教えがどこも矛盾と誤謬だらけであることが分かった今となっては「単にもっともらしい
言葉をならべていただけなのではないか」という気さえします。
批判する人の中にも、この「因果の道理」を引き合いに出す場合が少なくないのですが(会長や講師部員達が
自分達で説いている「因果の道理」を全く信じていないような言動ばかりしているので仕方がないとは思えますが…
私自身も「さよなら」のコメント欄でそのような記述をしたことがあります。)、私にはこの「因果の道理」(あくまでも
高森流「因果の道理」の話です)には何か重大な、決定的な間違いがあるような気がするのです。
しかも一切経上の出典も明確でないという話もありますし(「21世紀の浄土真宗を考える会」ブログより)、このような「まかぬ種は生えぬ」(「一日
一訓カレンダー」にもあった言葉です)的発想は、(「本願力回向」を説明できない、という意味で)真宗ではないし、それどころか仏教ですらない…という指摘も目にしたことがあります。
私はまだ教義を勉強し始めて日が浅く、どこがおかしい、とはっきり言えないことに歯がゆさを感じています。
御手数かつ不躾ですが、もしよろしければ飛雲さんに御教示を賜りたく願います。

P.S. 先程「一日一訓カレンダー」の話が出て思ったのですが、あの中に「言葉と行動は一致させよう」というのはなかったのでしょうか?今思い出せなくていけないのですが…。
私が脱会した大きな理由の一つがあの会の言行不一致でした。「六度万行」(これも会のは何か違うようですが…)の一つとして「持戒-言行一致」とか教えられたように覚えているのですが。

投稿: あずきあらい | 2013年11月 9日 (土) 15時30分

あずきあらい 様

因果の道理についての御質問ですが、親鸞会の因果の道理はよく言えば世間の因果の道理に毛の生えたようなもので、バラモン教の因果の道理に近いと言えます。
仏教の因果の道理は、そんな単純なものではありません。もっともっと複雑です。それと善因善果と善因楽果は違います。悪因悪果と悪因苦果も違います。判りやすく言えば、同じ因で同じ果でも、人によって楽と苦との違いがあるということです。もちろん聖道門の観点ですから、本願力回向とは全く違います。

結局、親鸞会が因果の道理を強調すればするほど、聖道門からも浄土門からも笑われる内容と言うことでです。

一日一訓については、忘れてしまいましたが、そのようなものが有ったと思います。

投稿: 飛雲 | 2013年11月 9日 (土) 21時51分

あの団体は仏教的な「良さそうなこと」「正しそうなこと」を言って人をだまくらかして釣るのに利用しているだけですね。
最近ニュースで頻繁に出てくる食材偽装表示みたいなものです。
仏教の本来の目的のためでなく、詐欺商売としてやっているんです。

投稿: | 2013年11月 9日 (土) 21時58分

飛雲様

ありがとうございます。
高森会長の言うところの「因果の道理」は確かに単純すぎる、と言えるかもしれません。
宗教団体が「良いことをしましょう」というのは当たり前で、「廃悪修善」を勧めていれば
批判されることもあるまい…、というような安直な発想からでしょうか。
ともあれ、私は前述のように高森流「因果の道理」には何か大きな欠陥がある…というか、何かが、
どこかが違うのではないか?という疑問を持っていました。何しろそうやって「因果の道理」を説かれ、
その上で「宿善」とか「光に向かう」とかいう名のもとに会への献金や新規勧誘を奨励され、結局のところ
やらされていたのは「会の勢力拡大に貢献すること」であり、教えられていたのは「自力への執心」だった
わけですから、「つまるところ会長は『因果の道理』を自分に都合のいいように解釈していただけでは?」
なんて思えてしまったわけです。
「さよなら」の記事によれば、「『親鸞会が間違っているという人の中に因果の道理が真理ではないと公言して
いる人がいる』と突如言い出し」た人もいたそうなので、「私はあくまで、高森会長の言う『因果の道理』が
おかしいのではないか、と思っているだけだからな…うっかりしたことを書き込んでいわゆる『ネット対策員』
に揚げ足を取られるのも嫌だし…」などと思って質問も二の足を踏んでしまっていたのですが、お答え頂けて
良かったです。

そうですか、「一日一訓カレンダー」にありましたか…。会長達は見てないんでしょうか、あのカレンダー?

投稿: あずきあらい | 2013年11月10日 (日) 00時36分

「もっとあの世に聞いた、この世の仕組み」雲黒斎 著 サンマーク出版
面白いのでオススメします。

真宗教義オタクの皆さんは
どのような感想を持たれるのかわかりませんが。

投稿: | 2013年11月10日 (日) 03時24分

上の名無しさん

あなたがお勧めの本をきっちり読んで意見すべきでしょうが、
著者のブログを読む限り、仏教とは目的が同じではないようですので、
このブログで意見をもらうのではなく、
種々の書評サイトで意見をもらった方が良いのではないでしょうか。

仏教という土俵の上で議論するのであれば、
色々、申し上げることもあるでしょうが、
全く、異なる教えですので、述べられていることが正しいか
どうかわかりません。

個人的には全く興味がありません。

投稿: 元会員の名無し | 2013年11月11日 (月) 09時00分

仏教と目的が違う?
ほぉ~。

投稿: | 2013年11月17日 (日) 19時25分

これが仏教と目的が同じ?

「もっと あの世に聞いた、この世の仕組み」より


   神 界
・・・・・・・・・・・・・
   霊 界   (守護霊のいる所)
・・・・・・・・・・・・・
   幽 界   (通称サマーランド)
・・・・・・・・・・・・・
   幽現界   ↑(ここからあの世)
・・・・・・・・・・・・・
   現 世   ←(この世)

投稿: | 2013年11月17日 (日) 20時49分

それ何ページに書いてありました?
どこかからか切り取りました?得意のやつ?

投稿: | 2013年11月17日 (日) 22時48分

あ、すみません。
本ではなくブログの方にありますね。2006年ごろの。

そこだけ切り取られると誰も読む気しませんね。。

確かに一見ふざけていますが。。。

いわゆる精神世界用語のつじつま合わせみたいなことを
やっているような印象を受けます。

もし本屋で見かけたら暇つぶしに
第5章 超訳「般若心経」だけでも
立ち読みして破邪のほどお願いします。
三部経じゃないので、皆さんにとっては
そもそも読むに値しないでしょうけど。

貴重な場所を穢してしまいました。
皆さんが皆さんのままで幸せになられますように。

投稿: | 2013年11月17日 (日) 23時39分

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