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2013年10月18日 (金)

やはり体験至上主義の親鸞会

親鸞会の金集めは激しくなるばかりですが、そんな状態でも会員を続けている人は、”後生の一大事の解決”とは違う目的を持っているようです。
ほとんどの人は、親鸞会以外には自分の居場所がないから、というもので、親鸞聖人の教えに興味はないのです。ただ、他の新興宗教と一緒にされたくないので、浄土真宗、親鸞聖人という看板を勝手に掲げて偽装しているだけのことです。

親鸞聖人の教えを最大限に利用している高森顕徹会長は、三願転入を万人共通の体験として親鸞聖人が教えられたものだ、としています。この嘘は、難しい聖教を読まなくても簡単に見破ることができます。

まず、七高僧方も覚如上人も蓮如上人も、三願転入に関する記述が全くありません。尤も、親鸞会では関係ない御文を引っ張り出してきて、

これが三願転入について仰ったお言葉だ

と妄言を吐いていることはありますが、少なくとも、三願転入についての直接的な御文は全くありません。
では、親鸞聖人は三願転入について何箇所かで仰っているのかと言えば、親鸞会でも認めている通り『教行信証』化土巻の1箇所のみです。ちなみに、『一念多念証文』

おほよそ八万四千の法門は、みなこれ浄土の方便の善なり。これを要門といふ。これを仮門となづけたり。
この要門・仮門といふは、すなはち『無量寿仏観経』一部に説きたまへる定善・散善これなり。定善は十三観なり、散善は三福九品の諸善なり。これみな浄土方便の要門なり、これを仮門ともいふ。この要門・仮門より、もろもろの衆生をすすめこしらへて、本願一乗円融無碍真実功徳大宝海にをしへすすめ入れたまふがゆゑに、よろづの自力の善業をば、方便の門と申すなり。

は、先入観を捨ててそのまま読めば、聖道門や19願の善の勧めは方便の教えというだけのことで、それ以上のことは何も仰っていません。それに、

三願転入せずしてはアリ一匹助からない

と高森会長が断言する20願についての言及がありませんから、三願転入についての体験を仰ったものとは言えません。

『教行信証』をまとめられた『浄土文類聚鈔』には、三願転入はありませんし、化土巻に顕わされた方便の教え自体が省略されています。

省略されていると言うことは、省略しても問題がないからです。『正信偈』にも三願転入はありません。

親鸞聖人が同行に読むように勧められた『唯信鈔』『一念多念分別事』『後世物語聞書』にも、三願転入はありません。

従って、三願転入は万人共通の体験だと親鸞聖人が教えられたなど、妄想以外の何物でもありません。

ちなみに、体験と言えば、曇鸞大師は仙人の教えから浄土の教えに帰依されたことが有名ですが、これを万人共通の体験という人はいないでしょう。天親菩薩にしても、小乗仏教から大乗仏教に入られた体験をなされていますが、同じ道を歩めという人はありません。他の善知識方にしても、それぞれの体験をされていますが、だからと言って、同じ体験をすべきと考える人はないでしょう。

ならば、親鸞聖人の三願転入の体験だけが万人共通と考える思考がそもそもおかしいです。

もし親鸞聖人が、三願転入は万人共通の体験だ、と教えられているとするなら、少なくとも最初の19願を勧められた御言葉が多数ある筈ですが、いくら探しても1つもないのです。親鸞会も、親鸞聖人が19願を勧められた御言葉のないことを認めています。三願転入の法論で大惨敗したのがその証拠です。

要するに、親鸞聖人がある意図でぽろっと仰った体験を、至上主義としているのです。ところで、高森会長の三願転入をしていない奇特な体験は、万人共通の例外中の例外ですか?

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コメント

何か別の目的、居場所がない。現役学徒に痛いところを突かれますね。ただマイコンだから会から離れないのでなく、入会から現在までマイコンも関係なく会から離れない。現役学徒として親鸞会批判サイトも訪問して会と会長の問題点も認識していて脱会の予定もない。離れない理由は各自それぞれですか、私の会員時代に全国法話の時代に男女の複数のグループが恋愛感情なしで会場で待ち合わせで泊まり聴聞をしていました。
それと家族会員の息子が聴聞会場で女性に声を掛けて、家族会員(現在記憶も曖昧、純会員でしたか)泊まりをした女性100人いました。現在の現役学徒さんには失礼でしょうが真実です。会から離れない理由の一つと思います。
まぁ人間は寂しいのです。
当時一部の会員の事です。
私が脱会を説得に一番困り苦しむのは、脱会しても親鸞会にとって変わる物がありません。つまりその人を癒す言葉は悪いのですがオモチャがありませんから、間違いだから脱会になりません。現在全国法話もありませんが、それなりに楽しむ男女もいるでしょう。飛雲さん下劣な話で失礼しました。

投稿: 過去に会員 | 2013年10月21日 (月) 01時52分

追伸。にわかにこんな話をしても信憑性に問題ですから、具体的に家族会員の息子と女性との会話をコメントします。
「いつから仏法聞いているの」女性に最近ヵ月と言わせて、○○さんは何年と問わせて「お母さんのお腹の中から聞いている」それで信用を得て、二三回の接触で女性は陥落でした。
これも親鸞会から離れない理由の一つです。
会員で毎回聴聞をして何か役職を得て、真面目に親鸞会に通う会員も頭に後生の問題などカケラもありません。表面上は後生の解決とかを熱心に語りますが、語りながら聞く女性の何かを求めています。それと熱心な役職会員は幼児期少年期の不遇を後生の解決ならぬ不遇の解決を求めての会員もいました。
後生の解決を純粋に求める会員は批判ネットを目にしたら真偽は明白です。「私の白道」のブログの著者も脱会(除名)まで会員歴40年講師歴20年の人が脱会までの経緯と高森会長の盗作の真実を知り、知った人が現在も会員なら、紛れもなく後生の解決など存在しないで別の目的と別の解決を求めているのでしょうね。
飛雲の訪問で高森会長と親鸞聖人の教義の相違点も後生の解決を求めていないなら無関係です。

投稿: 過去に会員 | 2013年10月21日 (月) 07時55分

過去に会員 様

コメント有難うございました。
元々おかしな考え方の人もいますし、まともだった人もおかしくなるのが親鸞会だと思います。

投稿: 飛雲 | 2013年10月23日 (水) 20時32分

親鸞会の問題を感じながら、他の居場所が無いから退会しないのは理解出来ます。私は一昨年退会しましたが、入会したきっかけは、大学の医学部や歯学部は、その中だけで生活していて、他の
学部の人と関わりたかったからです。

投稿: ブラウンタビー | 2013年10月25日 (金) 05時08分

ブラウンタビー 様

お気持ちはよく判ります。仲間が欲しい、今の仲間と離れたくない、との思いが親鸞会に入り留まる理由の1つであることは、間違いないと思います。

投稿: 飛雲 | 2013年10月26日 (土) 09時39分

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