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2013年9月18日 (水)

一口問答(因果の道理1)

長年会員を続けてきた人は、親鸞会でしてきた活動を全面否定することに抵抗があるようです。その気持ちは判らないことはありません。
また高森顕徹会長がいなければ、親鸞聖人の教えに遇うことができなかったので、高森会長に感謝している、という人もそれなりにいます。

こういう人は、親鸞聖人のことを思い出して頂きたいです。

親鸞聖人は比叡山に対してどう思われていたか。

仏法を学ぶことができたことに対しては、感謝されていたと思いますが、比叡山が法然門下を弾圧したことに対しては、激しく非難なされているのは御承知の通りです。

親鸞会にしても、高森会長にしても、親鸞聖人の比叡山に対する程度に感謝し、高森邪義に対して激しく反発する気持ちがあっても不思議ではないと思います。ただし個人差があるでしょうから、こうでなければならない、というものではでしょう。

さて、予告通り、因果の道理についての「一口問答」です。

問い

仏教の根幹は因果の道理です。
因果の道理を信じれば、廃悪修善の気持ちが出てきて当然です。

答え

親鸞聖人は「定散の専心とは、罪福を信ずる心をもつて本願力を願求す、これを自力の専心と名づくるなり。」(教行信証化土巻)と仰り、因果の道理を信じることは自力の心だと教えておられます。
また、「罪福信ずる行者は 仏智の不思議をうたがひて 疑城胎宮にとどまれば 三宝にはなれたてまつる」(正像末和讃)と、因果の道理を信じることは仏智不思議を疑う心だとまで仰っています。
つまり、因果の道理を信じるように勧めることは、自力・仏智不思議を疑う心を増長させることになります。

(参照)
雑行・自力の心・仏智不思議を疑う心を必死に勧める高森顕徹会長

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コメント

>親鸞聖人は比叡山に対してどう思われていたか。

>仏法を学ぶことができたことに対しては、感謝されていたと思いますが、比叡山が法然門下を弾圧したことに対しては、激しく非難なされているのは御承知の通りです。


これは実際どうなんでしょうねえ。これは言われるほど明らかなことじゃないと思いますよ。

たとえば比叡山開山の最澄に関しては、なにしろ正像末史観の論拠の一角ですから、あくまで仏法を学ぶきっかけをもらったとしてお義理の(!)尊敬だけだったと考えるにしては位置づけが重すぎますし、法友の聖覚法印は呼び名の通り安居院の法印大和尚位で比叡山関係者(それもかなり高位)、なにより聖人の実弟が出家者だったわけで、人間関係の上でも比叡山とはしがらみというか切れない関わりが続いているわけです。

また「弾圧」にしても、比叡山がやったと確かに言えるのは元久および嘉禄の法難で、これらにたいする親鸞聖人の態度は不明(前者は「七ヶ条制誡」の署名があるので認めていたとも取れる)、なにより親鸞聖人ご自身が受難した承元の法難については興福寺だけが騒いでほかの寺院や貴族はまったく騒いでいない(少なくとも史料の裏付けがない)という指摘があり、じじつ親鸞聖人の怒りの矛先もおもに朝廷の手続き無視に向いていると。(そういえば承元の法難の経緯に関しては日蓮も批判していたと聞いたことがあります。ちなみに承元の法難の経緯には謎が多く、住蓮安楽処刑については検非違使による恣意的な虐殺という説まであります。)

加えて、聖人没後でも、覚如上人と唯善とのあいだで紛争が起きた際覚信尼は青連院に調停を依頼していますし、歴代本願寺留守職は青連院で得度するのが慣わしで、そのため(少なくとも蓮如上人の時代に関係が悪化するまでは)本願寺は寺格上天台宗青連院の末寺だったわけです。こうしたことから推察すると、生前の聖人の態度は少なくとも親鸞会に関わった人の想像とはだいぶ違ったものであった可能性が高いわけです。

要するに、親鸞聖人の比叡山にたいする関係性は複数レイヤーにまたがる複雑なもので、単純に是とも非とも決定することができないところがあり、これでは到底元会員と高森会長/親鸞会の関係になぞらえるわけにはいかない気がするんですよ。仰りたい趣旨そのものは理解し賛同できるのですが、これらを一緒にすると皆が思う以上に親鸞会や高森会長を過大評価することにもなりかねませんからね。

やはり、史実は史実として別個に、慎重に認識すべきではないかと思います。

因みに、仏教思想的には、真仮を弁えない者達であるとして批判的であることは明らかなことで、これはこれとして別問題ですね。念のため。

投稿: dandelion | 2013年9月19日 (木) 22時21分

もう1つだけ。冒頭で挙げられたような人が思い出すべきは比叡山そのものというより、29歳までそこでご自身が行ってきたことについて親鸞聖人がどう思われどうされたか、ではないかと思いました。

いつもながら長々と失礼いたしました。

投稿: dandelion | 2013年9月20日 (金) 00時17分

dandelion 様

なるほど、仰りたい趣旨はよく判りました。確かに高森会長と親鸞会を変に過大評価することに繋がりかねないかもしれませんね。
私の言いたいことは御理解頂いていると思いますが、一応言っておきますと、親鸞会では親鸞聖人は比叡山及び最澄を非難しているという説明をしています。

 しかるに末代の道俗、近世の宗師、自性唯心に沈みて浄土の真証を貶す、定散の自心に迷ひて金剛の真信に昏し。

 しかるに諸寺の釈門、教に昏くして真仮の門戸を知らず、洛都の儒林、行に迷ひて邪正の道路を弁ふることなし。

の御文を挙げて。
その親鸞会の論理に則って、親鸞会を否定しきれない人に親鸞聖人の態度を見習ってはどうか、という話です。

聖覚法印のことも念頭にありましたし、反論もあろうかと思いまして最後に、

>ただし個人差があるでしょうから、こうでなければならない、というものではでしょう。

の一文を付け加えた訳です。

投稿: 飛雲 | 2013年9月20日 (金) 05時12分

飛雲2013年9月18日

お返事ありがとうございました。飛雲さんのことだからご存知ないはずはないとは思ったのですが、認識論的に重要なことなのであえてこだわって書きました。私も親鸞会在籍経験があるので彼等の物言いは知っておりますしそういう説に染まってきた人たちへの効果というのも理解できますが、それよりはやはり確かな認識を、と思ってしまうわけです。なにしろ私はおそらく親鸞会に未練のある物言いに対して飛雲さん以上に冷淡なので、そちらへの配慮ということがほぼまったく念頭にないというのもあるかもしれません。

ちなみに、ちょっと細かいことを言うと、例に挙げられた二文にしてもあまり一緒くたにしていいものではないとも思うんですよね。別序のはこれから真実信を開顕するに当たってまずもって当時主流のコスモロジーであった本覚思想を批判したものだし、後序の方は末法観から承元の法難に言及されたもので、いわば事件の背景にかかわる情況説明ですから、批判のトーンも文の性質もかなり異なります。こういう大事なニュアンスの違いというのにもちゃんと心を配したいというのもあります。(まあ、これだから私の書くものはいつもいちいち長いのでしょうけれども。)

投稿: dandelion | 2013年9月21日 (土) 02時29分

dandelion 様

御尤もです。

投稿: 飛雲 | 2013年9月22日 (日) 21時27分

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