『歎異抄をひらく』の反論まとめ
5年以上も誰も反論できないと宣伝されている『歎異抄をひらく』ですが、皆さん御存知のように本格的な反論が、”本願寺でもかなりの学者に違いない”方によってなされています。
当ブログでも、断片的に『歎異抄をひらく』の間違いを指摘してきましたが、上記のブログでは体系的にまとめられていますので、もし読まれていない方は一度読んでおかれれば、高森会長が如何に文法に疎く、教学に昏いか判ることでしょう。
ただし、学術論文ですから、高森会長をはじめ、講師部員、幹部会員が読んでも理解できないところも多いと思います。
それで特に重要なところだけ、簡潔にまとめておきました。
第1章
1.「ただ信心を要とす」の「信心」とは
親鸞聖人 「ただ念仏で往生できる」と信じた心
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高森会長 「助かった」とハッキリした心2.「本願を信ぜんには他の善も要にあらず」とは
親鸞聖人 本願に救われるには善は不要
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高森会長 救われたなら善は不要だが、救われる前には善が勧められている3.「悪をもおそるべからず」とは
親鸞聖人 本願に救われるのに、悪が妨げになることはない
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高森会長 悪を恐れ不安になるのは、地獄一定の悪人と知らされていないからだ第2章
4.「ただ念仏して」の「ただ」とは
親鸞聖人 念仏一行
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高森会長 びっくり仰天5.「総じてもつて存知せざるなり」とは
親鸞聖人 念仏が浄土に生れる因なのか地獄に行く因なのかを知る智慧を持っていない
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高森会長 知り過ぎた知らん6.「弥陀の本願まことにおわしまさば」は仮定か断定か
親鸞聖人 仮定
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高森会長 断定第3章
7.「善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや」とは
親鸞聖人 善人ではなく悪人のために18願を建てられた
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高森会長 「悪人」とは、全人類のことであり、「人間」の代名詞にほかならない
これなら、高森会長でも親鸞聖人の仰っていることとの違いが判るでしょう。
私がいつも示している10項目には答えられないのですから、この7項目について先に反論してもらっても構いません。反論とは、親鸞会お得意の体験至上主義ではなく、聖教上の根拠をもってのことです。
聖教を読んだことがないし、読めない高森会長には無理でしょうけど。
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コメント
なぜかリンク先にいけません
投稿: | 2013年5月 7日 (火) 11時44分
名無し 様
問題なくいけると思いますが、サーバーの一時的なトラブルではないでしょうか。
投稿: 飛雲 | 2013年5月 7日 (火) 12時59分