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2013年5月30日 (木)

「○○の主張は日蓮と同じ」の「○○」は高森顕徹会長のことですが

高森顕徹会長の主張は日蓮のパクリ、というお粗末さです。
高森邪説の「一切衆生必堕無間」は、日蓮著の『撰時抄』にある

教主釈尊の金言まことならば多宝仏の証明たがずば十方の諸仏の舌相一定ならば今日本国の一切の衆生無間地獄に堕ちん事疑うべしや

をアレンジしたものです。

これと『歎異抄』の「地獄一定」を結び付けて、高森風の機の深信が形成されたのでしょう。

実に高森会長らしい発想です。

ところで、本願寺の主張は高森会長と同じと言ってみたり、本願寺勧学の主張は日蓮と同じで間違っていると言ってみたりのぶれまくりで、親鸞会は断末魔の様相を呈してきました。

無勉強の高森会長もその弟子も知らないでしょうが、今の真宗学における二種深信の説明は存覚上人の説に依っています。
存覚上人と言えば、親鸞会は非常に軽んじていますが、蓮如上人は釈迦の化身とか勢至菩薩の化身とまで大絶賛されている方です。

存覚上人の『六要鈔』に二種深信についての以下の記述があります。

次に深心を釈する中に、「二者」等とは、これ経文を牒す。「深」等というは、能信の相を明かす。「亦有」等とは、所信の事を顕かす。これ則ち機法二種の信心なり。「無有」等とは、正しく有善・無善を論ぜず、自の功を仮らず、出離は偏に他力に在ることを明かす。聖道の諸教は盛んに生仏一如の理を談ず。今の教は自力の功なきことを知るに依りて、偏に仏力に帰す。これに依りて、この信は殊に最要なり。「無疑」等とは、「若不生者不取正覚」、正覚既に成ず、故に無疑という。「即得往生住不退転」一念誤ることなし、故に無慮という。

機の深信についてのみ抽出すると

「無有」等とは、正しく有善・無善を論ぜず、自の功を仮らず、出離は偏に他力に在ることを明かす。聖道の諸教は盛んに生仏一如の理を談ず。今の教は自力の功なきことを知るに依りて、偏に仏力に帰す。

です。存覚上人は機の深信の説明として、「正しく有善・無善を論ぜず」としています。善が有るか無いかは論じない、ということです。もし「地獄一定」を言いたのであれば、当然ながら、有善・無善を論ずる必要があります。

つまり、存覚上人は機の深信を「地獄一定」と捉えていないことが判ります。その後の説明をみると、それはより明らかになります。

自の功を仮らず」「自力の功なきこと」とあるように、自力無功としか言われていません。

ここで例の本願寺出版社の『真宗の教義と安心』をみると、

・自らの力が浄土往生についてなんの役にも立たぬと信知すること
・自らのはからいを捨てさる(捨機)ということ
・自らの力がなんの役にも立たないと知って、はからいを捨てさるということ
・自らの力がなんの役にも立たないと自力のすたるところ

となっています。
存覚上人の説明そのままです。

私は、機の深信について、善知識方と存覚上人のお言葉を通してしか説明したことはありませんので、本願寺の説と私の説明が同じなのは、偶然ではなく必然です。

しかし、高森会長もその弟子達も、そんなことは知る由もなく、
存覚上人を軽視したり、「本願寺は間違いばかり教えている」と言いながら、「高森先生の主張は本願寺と同じだから正しい」と言ってみたり、本当に支離滅裂です。

一応言っておきますが、私は本願寺の誰誰が言っているから正しい、などと言ったことは一度もありません。600にも及ぶエントリーの中で、ほんの数回、参考程度に真宗の学者の説を紹介したに過ぎません。
私からすれば、真宗の学者の説が間違っていると言われても、「ああそうですか」としか思いません。もちろん、本当に間違っていたらの話ですが。

兎にも角にも、嵐のような教義批判に第三者という立場を偽装して必死になって誤魔化していますから、すべてが無茶苦茶です。

こんな団体を存続させる理由は見当たりません。団体名から「浄土真宗」「親鸞」の名を削除するか、潰れるか、そのどちらかしかないと思っています。

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コメント

高森会長と会員は教義の理解もひどいですが真宗史の理解も相当にひどいものがあります。存覚上人といえば実質的に中世以後の真宗の理論的な屋台骨になった方です。存覚上人の理論的貢献がなければ蓮如上人の活動はもちろんそれに先立つ高田派・仏光寺派の繁栄も考えられないくらいで、要するに本願寺教団を超越した重要性がある方なわけですが、そういう重要性からしてそもそも理解していないのではないでしょうか。ところで存覚上人の一番弟子といえば仏光寺の了源で、日蓮宗との接触ということで最初に出てくる名前ですが、彼らはアニメであんな描写をしているくらいなのだからその辺の前後関係も頭に入っていないのでしょうね。

重要なところでは隆寛律師なども軽視されていますが、とりわけ存覚上人の軽視は親鸞会がいかに学問をおろそかにする教団であるかを証しています。

投稿: dandelion | 2013年5月31日 (金) 02時02分

dandelion 様

要するに、真宗に関しては何も知らないし、知ろうともしないのが親鸞会と会長だということです。

投稿: 飛雲 | 2013年5月31日 (金) 22時54分

存覚上人といえば、あの会では例の「仏法のためには身命をもすて…」という、『持名鈔』の御文くらいしか出てこなかったのではないでしょうか。
しかもやっぱり断章取義でしたし。

投稿: あずきあらい | 2013年6月 3日 (月) 17時32分

あずきあらい 様

他にも存覚上人の引用はありますが、みな断章取義です。

投稿: 飛雲 | 2013年6月 3日 (月) 21時36分

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