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2013年4月

2013年4月28日 (日)

教義が間違っていると、判っちゃいるけどやめられない

親鸞会は、いつまで経っても、金集め人集めの教義に執着しています。教団存続のためには、間違っていると判っていても教義を修正することはありえないでしょう。
4月15日号の顕正新聞の論説には、以下のようにあります。

「『聞』と言うは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて、疑心有ること無し。これを『聞』と曰うなり」
(教行信証)
”「聞」とは、阿弥陀仏の本願の生起・本末を聞いてツユチリほどの疑心もなくなったことをいう”
「聴聞」とは、弥陀の本願を聞くことだと道破されている。弥陀の本願といっても四十八あるが、その中で十方衆生(すべての人)を相手に誓われたのは、十八、十九、二十の三願のみ。弥陀は、この三願で「十方衆生を絶対の幸福に救い摂る」と誓われているのだ。四十八願の中でも、私たちと直に関係のある三願を聞くことが、「聴聞」なのである。

何が何でも三願なのです。丁度3年前、mixiでの三願転入の法論で大惨敗し、何一つ言い返すことができなかったのに、私が提示した10項目の教義批判に1年以上も沈黙しているのに、同じことを言い続け、会員を搾取することしか考えていないのです。

毎度毎度同じですが、一応解説しておきます。

まず、

「聞」と言うは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて、疑心有ること無し。これを「聞」と曰うなり

ですが、これと同じことを『一念多念証文』でも親鸞聖人は教えられています。

「聞其名号」といふは、本願の名号をきくとのたまへるなり。きくといふは、本願をききて疑ふこころなきを「聞」といふなり。またきくといふは、信心をあらはす御のりなり。

仏願」とは「本願」のことです。

以前に高森会長も言っていたことがありますが、親鸞聖人が「本願」と仰った時には、18願だけを指します。
最も判りやすいのが『教行信証』です。

行巻に17願のことを「大悲の願
信巻に18願のことを「至心信楽の本願
証巻に11願のことを「必至滅度の願」、22願のことを「必至補処の願
真仏土巻に12・13願のことを「光明・寿命の願
化土巻に19願のことを「修諸功徳の願」、20願のことを「植諸徳本の願」

と仰っています。「本願」とあるのは、18願だけです。
つまり、「仏願の生起本末」は18願の生起本末であり、18願を聞くことを「聴聞」というのです。

当然なことであり、親鸞会も当然知っているのですが、会員を騙すのに必死です。

ちなみに「私たちと直に関係のある三願」と言っていますが、「私たちと直に関係のある」願は18願だけです。19願は聖道門を断念した人のための願である、と仰ったのが親鸞聖人であり、それがmixiでの法論の結論であったのです。

ついでにもう少し踏み込んで解説するなら、この「」が信心を顕すことは親鸞会も教えていることですが、この信心は「疑心有ること無し」「本願をききて疑ふこころなき」であり、これを深信というのです。

深信といえば、親鸞会では二種深信しか知りませんが、善導大師は七深信を教えられ、親鸞聖人も善導大師の解釈を踏襲されています。七深信の中で19願、定散二善についての深信があります。それが第三深信です。

第三深信は『散善義』を引かれた『教行信証』信巻にもあります。

また決定して深く、釈迦仏この『観経』に三福九品・定散二善を説きて、かの仏の依正二報を証讃して、人をして欣慕せしむと信ず。

これは、『観無量寿経』で定散二善を釈尊が説かれたのは、「人をして(浄土を)欣慕せしむ」ためであった、と深信するということです。浄土を欣っていない人、つまり聖道門の人に、浄土を欣わしめるために説かれた、と深信するのですから、浄土を欣慕している人には関係ないことになります。

もし三願を聞くことを「聴聞」というのであれば、19願については聖道門の人を浄土門に導き入れるために建てられた願であるから、すでに浄土門に入っている人には関係が無い願、と聞くことが、「聴聞」になります。

したがって、18願に入るにはまず19願を通らなければならない、という高森会長の話を聞くことは、「聴聞」にはならないということです。

これもmixiでの法論の際に出た内容です。

高森会長も、弘宣局も、講師部員も判っているのです。教団維持と保身のためには、判っちゃいるけどやめられないのです。

それに付き合わされる会員は、本当に哀れです。

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2013年4月25日 (木)

衆生の仏性は非内非外にして、なほ虚空のごとし

高森会長は、会員の前に立ちはだかって、阿弥陀仏と会員が直接接することができないようにしています。会員も、そして退会者の中でも、善知識とはそのような存在と思っている人がありますが、大きな思い違いです。

親鸞聖人は『教行信証』真仏土巻に『涅槃経』を引かれて釈尊の御言葉を紹介されています。

善男子、衆生の仏性は現在に無なりといへども、無といふべからず。虚空のごとし。性は無なりといへども、現在に無といふことを得ず。一切衆生また無常なりといへども、しかもこれ仏性は常住にして変なし。このゆゑにわれこの『経』のなかにおいて、「衆生の仏性は非内非外にして、なほ虚空のごとし」と説く。非内非外にして、それ虚空のごとくして有なり。内外は虚空なれども、名づけて一とし、常とせず。また一切処有といふことを得ず。虚空はまた非内非外なりといへども、しかれどももろもろの衆生ことごとくみなこれあり。衆生の仏性もまたまたかくのごとし。

(現代語訳)

善良なものよ、衆生の仏性は、現在には見ることはできないけれども、ないということはできない。虚空のようである。その本性はとらえることができないけれども、現在にないとはいえない。すべての衆生は、また無常であるけれども、仏性は常住であって変らない。だから、わたしはこの経に、「衆生の仏性は、内にあるのでも外にあるのでもなく、それは虚空のようである」と説くのである。内にあるのでも外にあるのでもなく、虚空のように存在するのである。内とか外とかいうのなら、虚空のようだといっても、一であるとも常住であるともいうことができず、すべてのところに存在するということもできない。虚空は、また内にあるのでも外にあるのでもないけれども、すべての衆生にことごとくある。衆生の仏性もまた同じである。

空で仏性を説明されていますので、判り辛いかもしれません。「仏性」とは、仏になれる性質が衆生の中にあるということではありません。善知識という仲介者によって外から衆生にもたらされるものでもありません。
それが「衆生の仏性は非内非外にして、なほ虚空のごとし」です。

至る所に仏性は行き届いているのです。いわば空気のようなものです。私たちは仏性の中に包み込まれていると言えます。

この仏性を獲ることを信心を獲るというのです。『教行信証』信巻・信楽釈に『涅槃経』を引かれて

一切衆生は、つひにさだめてまさに大信心を得べきをもつてのゆゑに。このゆゑに説きて一切衆生悉有仏性といふなり。大信心はすなはちこれ仏性なり。仏性はすなはちこれ如来なり。

(現代語訳)

すべての衆生は、ついには必ず大信心を得るから、すべての衆生にことごとく仏性があると説いたのである。大信心は仏性であり、仏性はそのまま如来である

とありますように、一切衆生が他力の信心を阿弥陀仏から賜わるから、「一切衆生悉有仏性」なのですが、「衆生の仏性は非内非外にして、なほ虚空のごとし」で、人や物を介して獲るのではありません。

更には『唯信鈔文意』

仏性すなはち如来なり。この如来、微塵世界にみちみちたまへり、すなはち一切群生海の心なり。この心に誓願を信楽するがゆゑに、この信心すなはち仏性なり

と仰っているのです。仏性も如来も「微塵世界にみちみちたまへり」なのです。仏性、他力の信心の中に我々が包み込まれている、それが判ったことを他力の信心を獲たというのです。ですからいつでもどこでも、他力の信心を獲られるのです。

ところがこれと無帰命安心との違いが、有の見に凝り固まった親鸞会には判らないのです。

親鸞聖人は、「一切衆生悉有仏性」を強調されて教えられています。それに対して真逆の「一切衆生必堕無間」を強調しているのが高森会長です。

会員も、そして退会者も、高森邪義の呪縛から解放されない限り、、「衆生の仏性は非内非外にして、なほ虚空のごとし」が判らないでしょう。

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2013年4月20日 (土)

本願寺を非難すればするほど、馬鹿にされる親鸞会

本願寺は信心正因称名報恩を踏みにじって「念仏さえ称えていれば助かる」と教えている、と親鸞会は必死になって非難しています。信心と念仏との関係が判っているのは親鸞会だけだから、本願寺に行くな、との思惑があるのでしょうが、信心正因称名報恩は、親鸞会の専売特許ではありません。当たり前のことですが、本願寺でも信心正因称名報恩についてよく話されます。

ところで、高森会長は思考力が乏しいので、本願寺非難のために自力念仏を否定することが、諸善を勧める親鸞会を否定することになっていると気が付いていないようです。

4月号の顕真に『歎異抄をひらく』をもとにした

弥陀の救いは「信心」一つ

の特集が組まれています。
その中で、念仏に3種あるとして、万行随一の念仏、万行超過の念仏、自然法爾の念仏が挙げられています。『教学聖典』にもありますから、皆さん御存知だと思います。

万行随一の念仏は19願の念仏で、諸善との関係で言えば
念仏>諸善

万行超過の念仏は20願の念仏で、諸善との関係で言えば、
念仏>>>………>>>諸善

ということです。

また顕正新聞に連載されている『こんなことが知りたい』シリーズにも①に

37 称名正因の異安心とはどんなことなのか
 問 称名正因の異安心というのは、どんなことをいうのでしょうか。

があります。
この答えとして以下のようにあります。

 素人は、これらの言葉をちょっと聞くと、大変けっこうなありがたい、念仏さえ称えれば助かる教えのように思いましょうが、多少でも浄土真宗の学問をした者にはとんでもない邪義であり、異安心だということが分かります。
 またこのようなことを認めますと、浄土真宗の安心は根本から転覆するのです。なぜなら、真宗の教義の骨格は、「信心正因、称名報恩」であり、信心一つで助かるのであって、称名念仏は、すべて信後報謝に限るからです。
(中略)
 わが親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人を貫く浄土真宗の教えは、十九願や二十願の教えではなく、十八願真実の教え、いわゆる、信心正因、称名報恩でありますから、信前信後を問わず、一貫してこの教えを説かねばなりません。
 もちろん、人によって未熟の者もあって、信心正因を勧めても、なかなか、信心決定ということが分かってもらえない場合もありますが、だからといって「念仏称えていたら助かるのだ」といって邪義を教えてはならないのです。

信前は

念仏>諸善
あるいは
念仏>>>………>>>諸善

ですから、信前に念仏を勧めることが邪義なら、諸善を勧めることは当然邪義になります。
親鸞会が善を勧める理屈では「宿善を求めて宿善が厚くなって助かる」「19願を通って18願に入る」ですが、これは善よりも格上の念仏に対して
「念仏を称えて宿善が厚くなって助かる」「19願(20願)の念仏を称える道を通って18願に入る」になる筈です。
したがって、自力念仏を否定するなら、それよりも格下の諸善はなお否定されるべきものです。

苦し紛れに、

善をしなければ信仰は進みません

と言うかもしれませんが、

念仏>諸善
念仏>>>………>>>諸善

ですから、当然

念仏を称えなければ信仰は進みません

でしょう。
念の為言っておきますが、法然上人は信前の人に自力念仏を勧められています。親鸞聖人も自力念仏を勧められた御文は僅かにあります。しかし、諸善を勧められた御文は一箇所もありません。

自力念仏を否定する前に、諸善を否定しなければ、真宗にはならないということです。体制維持のためになりふり構わない親鸞会ですが、真宗の範疇に入らない親鸞会が本願寺を非難する立場にはないのです。

親鸞会は本願寺を非難することで

親鸞会>本願寺

と会員に印象付けたいのでしょうが、浄土真宗の学問をした者からは

本願寺>>>………>>>親鸞会

とますます馬鹿にされています。

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2013年4月16日 (火)

白道についても、結局は逃亡の高森会長

4月号の顕真に、講師部講義の内容は載っていませんでした。白道に自力の意味があるなどと強弁することは最初から無理な話です。言うまでもなく「ひと口問答」は長らくありませんので、完全に敗北を認めたのでしょう。

当ブログでは以前から書いていましたが、弘宣局長に直接10項目について書留で郵送してから早、1年1ヶ月です。

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
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高森会長 必堕無間

2.五逆罪・謗法罪について

親鸞聖人 造っている人と造っていない人がいる
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高森会長 造っていない人はいない、全ての人は生まれながらに造っている

3.善人と悪人について

親鸞聖人 善人と悪人とがいる
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高森会長 善人はいない、すべての人は悪人である

4.獲信のために善は必要か

親鸞聖人 念仏1つ、獲信に善は不要
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高森会長 善をしなければ絶対に獲信できない

5.白道とは

親鸞聖人 自力の心にあらず
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高森会長 自力

6.定散二善について

親鸞聖人 定散二善を捨てよ
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高森会長 定散二善をせよ

7.19願について

親鸞聖人 19願を捨てよ
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高森会長 19願を実践せよ

8.宿善について

親鸞聖人 過去世の善根の厚薄と、往生・獲信とは関係ない
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高森会長 過去世の善根の薄い者が、そのままで往生・獲信することはありえない

9.機の深信について

親鸞聖人 自力では出離できない
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高森会長 逆謗の屍と必ず知らされる

10.善知識に無条件服従しなければならないか

親鸞聖人 法に従うのであって、人に従うのではない
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高森会長 善知識に無条件服従せよ

親鸞会内部で、反論ごっこをしていたのでしょうが、それもできなくなり、今は何一つ反論できません。
高森流宿善論と、高森流三願転入論を、顕真と顕正新聞に書いて、会員を騙すのに必死になっている本当に愚かな高森会長です。

財施と法施という名のもとに、金集め人集めを講師部員・幹部会員にさせて、体制維持を図ることしか考えていないのです。独裁者は古今東西考えることは同じです。

親鸞聖人の教えは、体制維持のための道具に過ぎません。

会員はもちろんですが、退会者も高森会長を全否定するところから始めてもらうのがいいと思います。高森会長を全否定した上で、いいところもあった、という発見をしていく、それで丁度よいでしょう。

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2013年4月14日 (日)

阿弥陀仏、ここを去ること遠からず

親鸞会の教義は完全に崩壊していますので、今残っている会員は理屈抜きで高森会長を信じるしかなくなっています。阿弥陀仏も親鸞聖人も、会員の頭の中から消されている状態です。

親鸞会の会員はもちろんですが、退会者の中にも、阿弥陀仏は善知識を通してしか接することのできない方、という思いがあるようです。
そう思わせる一因が、二河白道の譬えで、西岸が東岸から見えない、という高森会長の創作話にあるからかもしれません。

しかし、本当の二河白道の譬えでは、明確に

二の岸あひ去ること近し

とあります。阿弥陀仏も浄土も文字通り近いのです。遠い、という表現はどこにもありません。
これは『観無量寿経』

阿弥陀仏、ここを去ること遠からず。

に依っています。

しかし、阿弥陀仏を遠くに思わせる最大の要因は、阿弥陀仏と会員との間に、高森会長が君臨していることでしょう。高森会長を通してしか、阿弥陀仏のことを知る術はない。しかも、親鸞聖人、蓮如上人の御著書さえ、高森会長のフィルターを通さないと、正しく理解することは不可能、と刷り込まれてきましたので、結果的に、高森会長が阿弥陀仏を見えなくしてしまっているのです。更には、会員から高森会長は遠いので、ましていわんや阿弥陀仏は遥か彼方としか思えないのも仕方のないことです。

退会後も、そのイメージが付きまとって、阿弥陀仏を遠い遠い存在にし、阿弥陀仏との間を仲介してくれる善知識を頼るのです。

このような考えは、間違いであることを、二河白道の譬えでも教えられています。

白道を進むように勧める方は、東岸におられます。旅人の前に立ちはだかってはいません。

二河白道の譬えを正しく理解することは、高森邪義を払拭するのに最適かもしれません。
以下、『教行信証』信巻に引かれた全文を現代語訳と共に載せておきますので、何度も読んでください。

また一切往生人等にまうさく、いまさらに行者のために一つの譬喩(喩の字、さとす)を説きて、信心を守護して、もつて外邪異見の難を防がん。なにものかこれや。たとへば人ありて、西に向かひて行かんとするに、百千の里ならん。忽然として中路に見れば二つの河あり。一つにはこれ火の河、南にあり。二つにはこれ水の河、北にあり。二河おのおの闊さ百歩、おのおの深くして底なし、南北辺なし。まさしく水火の中間に一つの白道あり、闊さ四五寸ばかりなるべし。この道、東の岸より西の岸に至るに、また長さ百歩、その水の波浪交はり過ぎて道を湿す。その火焔(焔、けむりあるなり、炎、けむりなきほのほなり)また来りて道を焼く。水火あひ交はりて、つねにして休息することなけん。
この人すでに空曠のはるかなる処に至るに、さらに人物なし。多く群賊・悪獣ありて、この人の単独なるを見て、競ひ来りてこの人を殺さんとす。死を怖れてただちに走りて西に向かふに、忽然としてこの大河を見て、すなはちみづから念言すらく、〈この河、南北に辺畔を見ず、中間に一つの白道を見る、きはめてこれ狭少なり。二つの岸あひ去ること近しといへども、なにによりてか行くべき。今日さだめて死せんこと疑はず。まさしく到り回らんと欲へば、群賊・悪獣、漸々に来り逼む。まさしく南北に避り走らんとすれば、悪獣・毒虫、競ひ来りてわれに向かふ。まさしく西に向かひて道を尋ねて去かんとすれば、またおそらくはこの水火の二河に堕せんことを〉と。時にあたりて惶怖することまたいふべからず。すなはちみづから思念すらく、〈われいま回らばまた死せん、住まらばまた死せん、去かばまた死せん。一種として死を勉れざれば、われ寧くこの道を尋ねて前に向かひて去かん。すでにこの道あり、かならず可度すべし〉と。
この念をなすとき、東の岸にたちまちに人の勧むる声を聞く、〈きみただ決定してこの道を尋ねて行け。かならず死の難なけん。もし住まらばすなはち死せん〉と。また西の岸の上に、人ありて喚ばひていはく、〈なんぢ一心に正念にしてただちに来れ、われよくなんぢを護らん。すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ〉と。
この人、すでにここに遣はし、かしこに喚ばふを聞きて、すなはちみづからまさしく身心に当りて、決定して道を尋ねてただちに進んで、疑怯退心を生ぜずして、あるいは行くこと一分二分するに、東の岸の群賊等喚ばひていはく、〈きみ回り来れ。この道嶮悪なり。過ぐることを得じ。かならず死せんこと疑はず。われらすべて悪心あつてあひ向かふことなし〉と。この人、喚ばふ声を聞くといへども、またかへりみず、一心にただちに進んで道を念じて行けば、須臾にすなはち西の岸に到りて、永くもろもろの難を離る。善友あひ見て慶楽すること已むことなからんがごとし。これはこれ喩(喩の字、をしへなり)へなり。

次に喩へを合せば、〈東の岸〉といふは、すなはちこの娑婆の火宅に喩ふ。 〈西の岸〉といふは、すなはち極楽宝国に喩ふ。〈群賊・悪獣詐り親しむ〉といふは、すなはち衆生の六根・六識・六塵・五陰・四大に喩ふ。〈無人空迥の沢〉といふは、すなはちつねに悪友に随ひて真の善知識に値はざるに喩ふ。
〈水火の二河〉といふは、すなはち衆生の貪愛は水のごとし、瞋憎は火のごとしと喩ふ。〈中間の白道四五寸〉といふは、すなはち衆生の貪瞋煩悩のなかに、よく清浄願往生の心を生ぜしむるに喩ふ。いまし貪瞋強きによるがゆゑに、すなはち水火のごとしと喩ふ。善心、微なるがゆゑに、白道のごとしと喩ふ。
また〈水波つねに道を湿す〉とは、すなはち愛心つねに起りてよく善心を染汚するに喩ふ。また〈火焔つねに道を焼く〉とは、すなはち瞋嫌の心よく功徳の法財を焼くに喩ふ。〈人、道の上を行いて、ただちに西に向かふ〉といふは、すなはちもろもろの行業を回してただちに西方に向かふに喩ふ。〈東の岸に人の声の勧め遣はすを聞きて、道を尋ねてただちに西に進む〉といふは、すなはち釈迦すでに滅したまひて、後の人見たてまつらず、なほ教法ありて尋ぬべきに喩ふ、すなはちこれを声のごとしと喩ふるなり。〈あるいは行くこと一分二分するに群賊等喚び回す〉といふは、すなはち別解・別行・悪見の人等、みだりに見解をもつてたがひにあひ惑乱し、およびみづから罪を造りて退失すと説くに喩ふるなり。
〈西の岸の上に人ありて喚ばふ〉といふは、すなはち弥陀の願意に喩ふ。〈須臾に西の岸に到りて善友あひ見て喜ぶ〉といふは、すなはち衆生久しく生死に沈みて、曠劫より輪廻し、迷倒してみづから纏ひて、解脱するに由なし。
仰いで釈迦発遣して、指へて西方に向かへたまふことを蒙り、また弥陀の悲心招喚したまふによつて、いま二尊の意に信順して、水火の二河を顧みず、念々に遺るることなく、かの願力の道に乗じて、捨命以後かの国に生ずることを得て、仏とあひ見て慶喜すること、なんぞ極まらんと喩ふるなり。

(現代語訳)

 また、往生を願うすべての人々に告げる。念仏を行じる人のために、今重ねて一つの譬えを説き、信心を護り、考えの異なる人々の非難を防ごう。その譬えは次のようである。
 ここに一人の人がいて、百千里の遠い道のりを西に向かって行こうとしている。その途中に、突然二つの河が現れる。一つは火の河で南にあり、もう一つは水の河で北にある。その二つの河はそれぞれ幅が百歩で、どちらも深くて底がなく、果てしなく南北に続いている。その水の河と火の河の間に一すじの白い道がある。その幅はわずか四、五寸ほどである。水の河は道に激しく波を打ち寄せ、火の河は炎をあげて道を焼く。水と火とがかわるがわる道に襲いかかり、少しも止むことがない。この人が果てしない広野にさしかかった時、他にはまったく人影はなかった。そこに盗賊や恐ろしい獣がたくさん現れ、この人がただ一人でいるのを見て、われ先にと襲ってきて殺そうとした。そこで、この人は死をおそれて、すぐに走って西に向かったのであるが、突然現れたこの大河を見て次のように思った。<この河は南北に果てしなく、まん中に一すじの白い道が見えるが、それはきわめて狭い。東西両岸の間は近いけれども、どうして渡ることができよう。わたしは今日死んでしまうに違いない。東に引き返そうとすれば、盗賊や恐ろしい獣が次第にせまってくる。南や北へ逃げ去ろうとすれば、恐ろしい獣や毒虫が先を争ってわたしに向かってくる。西に向かって道をたどって行こうとすれば、また恐らくこの水と火の河に落ちるであろう>と。こう思って、とても言葉にいい表すことができないほど、恐れおののいた。そこで、次のように考えた。<わたしは今、引き返しても死ぬ、とどまっても死ぬ、進んでも死ぬ。どうしても死を免れないのなら、むしろこの道をたどって前に進もう。すでにこの道があるのだから、必ず渡れるに違いない>と。
 こう考えた時、にわかに東の岸に、<そなたは、ためらうことなく、ただこの道をたどって行け。決して死ぬことはないであろう。もし、そのままそこにいるなら必ず死ぬであろう>と人の勧める声が聞えた。また、西の岸に人がいて、<そなたは一心にためらうことなくまっすぐに来るがよい。わたしがそなたを護ろう。水の河や火の河に落ちるのではないかと恐れるな>と喚ぶ声がする。この人は、もはや、こちらの岸から<行け>と勧められ、向こうの岸から<来るがよい>と喚ばれるのを聞いた以上、その通りに受けとめ、少しも疑ったり恐れたり、またしりごみしたりもしないで、ためらうことなく、道をたどってまっすぐ西へ進んだ。そして少し行った時、東の岸から、盗賊などが、<おい、戻ってこい。その道は危険だ。とても向こうの岸までは行けない。間違いなく死んでしまうだろう。俺たちは何もお前を殺そうとしているわけではない>と呼ぶ。しかしこの人は、その呼び声を聞いてもふり返らず、わき目もふらずにその道を信じて進み、間もなく西の岸にたどり着いて、永久にさまざまなわざわいを離れ、善き友と会って、喜びも楽しみも尽きることがなかった。以上は譬えである。

 次にこの譬えの意味を法義に合せて示そう。<東の岸>というのは、迷いの娑婆世界をたとえたのである。<西の岸>というのは、極楽世界をたとえたのである。<盗賊や恐ろしい獣が親しげに近づく>というのは、衆生の六根・六識・六塵・五陰・四大をたとえたのである。<人影一つない広野>というのは、いつも悪い友にしたがうばかりで、まことの善知識に遇わないことをたとえたのである。<水と火の二河>というのは、衆生の貪りや執着の心を水にたとえ、怒りや憎しみの心を火にたとえたのである。<間にある四、五寸ほどの白い道>というのは、衆生の貪りや怒りの心の中に、清らかな信心がおこることをたとえたのである。貪りや怒りの心は盛んであるから水や火にたとえ、信心のありさまはかすかであるから四、五寸ほどの白い道にたとえたのである。また、<波が常に道に打ち寄せる>というのは、貪りの心が常におこって、信心を汚そうとすることをたとえ、また、<炎が常に道を焼く>とは、怒りの心が信心という功徳の宝を焼こうとすることをたとえたのである。<道の上をまっすぐに西へ向かう>というのは、自力の行をすべてふり捨てて、ただちに浄土へ向かうことをたとえたのである。<東の岸に人の勧める声が聞え、道をたどってまっすぐ西へ進む>というのは、釈尊はすでに入滅されて、後の世の人は釈尊のお姿を見たてまつることができないけれども、残された教えを聞くことができるのをたとえたのである。すなわち、これを声にたとえたのである。<少し行くと盗賊などが呼ぶ>というのは、本願他力の教えと異なる道を歩む人や、間違った考えの人々が、<念仏の行者は勝手な考えでお互いに惑わしあい、また自分自身で罪をつくって、さとりの道からはずれ、その利益を失うであろう>とみだりに説くことをたとえたのである。<西の岸に人がいて喚ぶ>というのは、阿弥陀仏の本願の心をたとえたのである。<間もなく西の岸にたどり着き、善き友と会って喜ぶ>というのは、衆生は長い間迷いの世界に沈んで、はかり知れない遠い昔から生れ変り死に変りして迷い続け、自分の業に縛られてこれを脱れる道がない。そこで、釈尊が西方浄土へ往生せよとお勧めになるのを受け、また阿弥陀仏が大いなる慈悲の心をもって浄土へ来れと招き喚ばれるのによって、今釈尊と阿弥陀仏のお心に信順し、貪りや怒りの水と火の河を気にもかけず、ただひとすじに念仏して阿弥陀仏の本願のはたらきに身をまかせ、この世の命を終えて浄土に往生し、仏とお会いしてよろこびがきわまりない。このことをたとえたのである。

よくよく心得るべきことは、阿弥陀仏はとても近いということです。私との間に誰も介在しないのです。

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2013年4月10日 (水)

新しいブログ開設のお知らせ その3

「白道」を自力の心というのは間違いだ、と非難してくるのは、本願寺でもかなりの学者と見られる

と私のことを親鸞会は”本願寺でもかなりの学者と見られる”と敢えて言ってきました。

さて、この度、『歎異抄をひらく』について真っ向から反論するブログが開設されました。非僧非俗さんによる反論文です。まだ途中ですが順次公開されると思います。

「高森親鸞会の誤りと浄土真宗の正義」

親鸞会は私の正体を知っているのに”本願寺でもかなりの学者と見られる”とするなら、非僧非俗さんは”本願寺でもかなりの学者に違いない”です。

少なくとも反論がなく沈黙している、は通用しないと言うことです。ブログは本ではないから沈黙している、と言い続けるでしょうけど。

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2013年4月 3日 (水)

親鸞聖人が教えられた自力と他力の水際

自力と他力の水際を最も端的に顕わされているのが、「二河白道の譬え」です。何度も述べましたが、親鸞聖人は「二河白道の譬え」が他力の信心を顕わされている、と教えられています。

自力は東岸、他力は白道です。ハッキリと水際が立っています。旅人のいる場所が全く違います。
一方、高森会長の説では、白道の途中で自力から他力になるとしています。水際は全く立ちません。なぜなら、元の譬えでは、白道も水の河も火の河も、途中で全く変化していませんから。譬えの上では何一つ変わっていないのです。

また、旅人が東岸から白道に乗るのは、西岸上の人の喚び声を聞いてです。もちろんこれが前回言った信心を顕す「」です。西岸上の人の喚び声を聞いて疑いがないから、その喚び声の通りに従うのです。旅人の心情で言えば、東岸にいる時は疑いがあるのですが、白道に乗った時には疑いがないのです。水際が立っています。
一方で高森会長の説では、白道の途中で西岸上の人の喚び声を聞くことになっていますが、元の譬えではそれがありません。したがって、水際が立ちません。

更に言えば、高森会長が拘った

「人道の上を行きてただちに西に向かふ」といふは、すなはちもろもろの行業を回してただちに西方に向かふに喩ふ。

は、白道に乗ってからずっと「もろもろの行業を回してただちに西方に向かふ」のまま、途中で変わっていません。つまり水際が全く立っていません。
これはもちろん、東岸にいるときに「もろもろの行業」を修してきた、あるいは修しようとしてきたのを、白道に乗った時には翻した、ということですから、水際が立っているのです。

以上のように、「二河白道の譬え」によって、自力と他力の水際がハッキリ立っている、と親鸞聖人は教えられているのですが、もともと「二河白道の譬え」を知らない高森会長は、妄想の中で自力と他力の水際が立っていることにしただけのことです。

なお、親鸞聖人は「二河白道の譬え」以外でも自力と他力の水際を至る所で説かれています。たとえば、『唯信鈔文意』には

自力のこころをすつといふは、やうやうさまざまの大小の聖人・善悪の凡夫の、みづからが身をよしとおもふこころをすて、身をたのまず、あしきこころをかへりみず、ひとすぢに具縛の凡愚・屠沽の下類、無碍光仏の不可思議の本願、広大智慧の名号を信楽すれば、煩悩を具足しながら無上大涅槃にいたるなり。

(現代語訳)

自力の心を捨てるということは、大乗・小乗の聖人、善人・悪人すべての凡夫、そのような色々な人々、さまざまなものたちが、自分自身を是とする思いあがった心を捨て、わが身をたよりとせず、こざかしく自分の悪い心を顧みたりしないことである。それは具縛の凡愚・屠沽の下類も、ただひとすじに、思いはかることのできない無礙光仏の本願と、その広く大いなる智慧の名号を信じれば、煩悩を身にそなえたまま、必ずこの上なくすぐれた仏のさとりに至るということである。

とあります。「二河白道の譬え」と重ねてみれば、理解しやすいと思います。東岸から白道に乗っても、水の河と火の河は全く変化していないことは、「煩悩を具足しながら無上大涅槃にいたるなり」になりますし、「もろもろの行業を回して」が「みづからが身をよしとおもふこころをすて、身をたのまず、あしきこころをかへりみず」に当たります。

高森会長には自力と他力の水際が説けない、と言った意味が御理解頂けたのではないでしょうか。

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2013年4月 1日 (月)

自力と他力の水際が説けない、信前と信後の水際が説けない高森顕徹会長

親鸞会会員も退会者も、「聞く」という行為に非常に拘わる傾向があります。それは、高森会長が聞法善だとか言って、自力の「聞く」という行を強く勧めているからです。このことからも、高森会長には自力と他力の水際が説けない、と言えるでしょう。

真宗では「聞く」ということを大事にするのは言うまでもないことです。それは18願成就文に「」とあるからです。
この「」について、親鸞聖人は判りやすく教えておられます。

『教行信証』信巻

しかるに『経』に「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。

と仰っています。
また『一念多念証文』

「聞其名号」といふは、本願の名号をきくとのたまへるなり。きくといふは、本願をききて疑ふこころなきを「聞」といふなり。またきくといふは、信心をあらはす御のりなり。

注意深く読まれれば判ると思いますが、「聞く」に2種類あります。
1つは

仏願の生起本末を聞きて
本願をききて

です。
もう1つは

疑心あることなし、これを聞といふなり
疑ふこころなきを「聞」といふなり
またきくといふは、信心をあらはす御のりなり

です。この2つは違います。
前者は

18願の教えを聞く

です。
後者は

無疑心、信心

です。
18願の教えを知らない人にとっては、その教えを知らなければ無疑心にはなりません。そのために、教えを知る、という「聞く」が必要になります。
しかし、18願の教えを十分に知っている人が、無疑心、信心を獲るために18願の教えを聞き重ねていくのではありません。自力の「聞く」ことの延長に信心があると思っている親鸞会出身者が多いのですが、それは間違いです。
親鸞聖人はその間違いを正されるために先ほどの『教行信証』信巻で

「信心」といふは、すなはち本願力回向の信心なり。

と仰っているのです。「二河白道の譬え」のところで何度も言ってきました「本願力回向の信心」です。本願力によって回向される信心ですから、自力が全く混じることもないし、自力の延長上に連続してある信心でもないということです。
本願力回向」ですから、自力とは完全に分離されたものなのです。

このことを踏まえれば、「白道」の前段が自力で後段が他力になる、とかお目出度い話はできない筈です。これが、自力と他力の水際ということであり、信前信後の水際を説くと言うことです。「白道」の途中で自力から他力に変わるのでもなく、信前から信後に変化するのでもありません。自力と他力、信前と信後とは相容れない完全に分断されたものなのです。同様に、「聞く」ということも自力の「聞く」と他力の「聞く」とは全く別で延長上にあるものではありません。
この他力の「聞く」ということを存覚上人は『浄土見聞集』で上手く表現されています。

聞よりおこる信心、思よりおこる信心といふは、ききてうたがはず、たもちてうしなはざるをいふ。思といふは信なり、きくも他力よりきき、おもひさだむるも願力によりてさだまるあひだ、ともに自力のはからひちりばかりもよりつかざるなり。

ここまで説明すれば、納得頂けたと思います。

高森会長には、自力と他力の水際が説けない、信前と信後の水際が説けないのです。
それで、「親鸞聖人のみ教えに善のすすめがある」とか「白道の前段後段」とか頓珍漢なことが平気で言えるわけです。言うまでもなく、高森会長は悪知識です。

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