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2013年3月21日 (木)

「本願力の回向の大信心海」が全く理解できない異安心の高森顕徹会長

高森会長は、『教行信証』さえ読んだことがないのですから、『観無量寿経疏』など見たこともないでしょう。従いまして、『教行信証』と『観無量寿経疏』との関係など、全く知らないことです。
概要だけ言えば、親鸞聖人は信心を『観無量寿経疏』により、回向を『浄土論註』によって、教義を体系化されました。
『観無量寿経疏』に説かれた信心とは、『観無量寿経』にある至誠心・深心・回向発願心の三心のことです。
『浄土論註』に説かれている回向とは、他力回向、本願力回向のことです。『観無量寿経疏』と『浄土論註』とは、説明の仕方、観点が大きく違います。一見すると別の系統の教義と思えるほどです。親鸞聖人は、この2つを『教行信証』で融合されて説明されているのです。

以前にも言いましたが、善導大師は他力・自力という言葉を使われておりません。善導大師が『観無量寿経疏』で教えられた信心についても、他力の信心・自力の信心という区別がありません。それで、親鸞聖人は『浄土論註』の回向の概念を『観無量寿経疏』の信心に当て嵌められて、他力の信心と自力の信心とに分類されました。

ここで、二河白道の譬えは、どこに説かれているのかと言えば、三心の回向発願心を解釈なされたところです。

勘の良い方なら気が付かれたと思いますが、『浄土論註』の回向とこの回向発願心とは、非常に深い関係があります。阿弥陀仏の救いを他力回向、本願力回向でまとめられた親鸞聖人が、回向発願心に着目されたのは当然なことでしょう。

長文になりますが、「二河白道の譬え」を略した『観無量寿経疏』の回向発願心釈全文は以下です。

「三には回向発願心」と。
「回向発願心」といふは、過去および今生の身口意業所修の世・出世の善根と、および他の一切凡聖の身口意業所修の世・出世の善根を随喜せると、この自他の所修の善根をもつて、ことごとくみな真実の深信の心中に回向して、かの国に生ぜんと願ず。ゆゑに回向発願心と名づく。
また回向発願して生ぜんと願ずるものは、かならずすべからく決定真実心のうちに回向し願じて、得生の想をなすべし。 この心深信せること金剛のごとくなるによりて、一切の異見・異学・別解・別行の人等のために動乱破壊せられず。 ただこれ決定して一心に捉りて、正直に進み、かの人の語を聞きて、すなはち進退あり、心に怯弱を生ずることを得ざれ。 回顧すれば道より落ちて、すなはち往生の大益を失するなり。

 問ひていはく、もし解行不同の邪雑人等ありて、来りてあひ惑乱し、あるいは種々の疑難を説きて、「往生を得ず」といひ、あるいはいはく、「なんぢら衆生、曠劫よりこのかたおよび今生の身口意業に、一切凡聖の身の上においてつぶさに十悪・五逆・四重・謗法・闡提・破戒・破見等の罪を造りて、いまだ除尽することあたはず。しかるにこれらの罪は三界の悪道に繋属す。
いかんぞ一生の修福の念仏をもつてすなはちかの無漏無生の国に入りて、永く不退の位を証悟することを得んや」と。
答へていはく、諸仏の教行、数塵沙に越えたり。 稟識の機縁、情に随ひて一にあらず。 たとへば世間の人の眼に見るべく信ずべきがごときは、明よく闇を破し、空よく有を含み、地よく載養し、水よく生潤し、火よく成壊するがごときなり。 かくのごとき等の事をことごとく待対の法と名づく。 すなはち目に見るべし、千差万別なり。 いかにいはんや仏法不思議の力、あに種々の益なからんや。 随ひて一門を出づれば、すなはち一煩悩の門を出づ。 随ひて一門に入れば、すなはち一解脱智慧の門に入る。 これがために縁に随ひて行を起して、おのおの解脱を求めよ。 なんぢ、なにをもつてかすなはち有縁の要行にあらざるをもつてわれを障惑するや。
しかるにわが所愛は、すなはちこれわが有縁の行なり。 すなはちなんぢが所求にあらず。 なんぢが所愛は、すなはちこれなんぢが有縁の行なり。 またわが所求にあらず。 このゆゑにおのおの所楽に随ひてその行を修すれば、かならず疾く解脱を得。 行者まさに知るべし。 もし解を学せんと欲せば、凡より聖に至り、すなはち仏果に至るまで、一切礙なくみな学することを得ん。 もし行を学せんと欲せば、かならず有縁の法によれ。 少しき功労を用ゐるに多く益を得ればなり。

【二河白道譬喩】

 また一切の行者、行住坐臥に三業の所修、昼夜時節を問ふことなく、つねにこの解をなしつねにこの想をなすがゆゑに、回向発願心と名づく。
また「回向」といふは、かの国に生じをはりて、還りて大悲を起して、生死に回入して衆生を教化するをまた回向と名づく。

この中で、高森会長の拘る自力回向の部分として親鸞聖人が見做されたのが、一番最初の

「三には回向発願心」と。
「回向発願心」といふは、過去および今生の身口意業所修の世・出世の善根と、および他の一切凡聖の身口意業所修の世・出世の善根を随喜せると、この自他の所修の善根をもつて、ことごとくみな真実の深信の心中に回向して、かの国に生ぜんと願ず。ゆゑに回向発願心と名づく。

だけです。
回向発願心釈全体の1割にも満たない部分のみ、自力の信心、自力回向とされ、「二河白道の譬え」を含めて、9割以上の部分を他力の信心、他力回向と親鸞聖人が見做されているのです。
ここが親鸞聖人の教えの肝心要と言っても良いところです。
『観無量寿経疏』の信心と『浄土論註』の回向との接点ともいえる最重要ポイントが、回向発願心であり、「二河白道の譬え」になるのです。
親鸞聖人は、真実信心は阿弥陀仏から回向されるものであることを「二河白道の譬え」を使って明らかにされたのですから、「白道」を自力と言うこと自体、親鸞聖人の教えに無知であることを暴露するものです。

実際に『教行信証』信巻には

「能生清浄願心」といふは、金剛の真心を獲得するなり。本願力の回向の大信心海なるがゆゑに、破壊すべからず。

と仰り、

「白道」
=「能生清浄願心」
=「金剛の真心」
=「本願力の回向の大信心海」

と定義されているのです。

つまり、「白道」を自力回向と見做す発想自体が親鸞聖人にはなかったと思います。その逆で、「白道」こそが、他力回向、本願力回向の信心を最も端的に顕わされたものだ、と思われたため、この「二河白道の譬え」は、多くの御著書に言及があります。もちろん、他力回向、本願力回向の信心として。

今回の話は、真宗教学に無知な高森会長とその弟子には、チンプンカンプンだと思います。異安心の高森会長では、理解できないのも仕方がないでしょう。

無知も自覚できないなら、親鸞聖人の教えに興味のない高森学徒は、「白道」を自力回向、自力の信心とか宣伝して、本願寺から鼻で笑われ続けてくださいな。

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コメント

この内容は確かにアドバンストな内容には違いありませんが、教学とか宗学とか言うならこのくらい知っておいてもらわないとちょっとなあ、というくらい基本的な話ではありますよね。清浄な国土に生まれるには回向発願も清浄でなければならない、清浄というからにはそれは真実の智慧無為法身から出てきたものでなければならない…という感じで、解釈としてもすっきりとしています。いらん屁理屈をこねる必要は全くない(笑

だから論理的に第二段以降は他力でしかありえないわけですね。そして、二河白道譬はその論述を敷衍するために立てられているもので、形式的にも他力の部分に完全に埋め込まれている。だから、白道は自力か他力かとか問題にする以前に、文脈的にそもそも他力とする以外にありえないわけです。そして、そうでない読み方/説き方(つまり、自力と読む)をしようと思うなら最初から曇鸞大師を捨てるしかない(!)わけですが、そんなもの真宗じゃないですからねえどう見ても。

恐らく高森会長は、譬だけをどこかで聞きかじってあとは恣意的にストーリーを作り上げたのでしょう。異解異説というより落第答案といった風情ですね。そもそもテキストに対応してないんだから、赤点以外付けようがないでしょう。

投稿: dandelion | 2013年3月22日 (金) 20時53分

dandelion 様

全く仰る通りです。
私利私欲を満たすこと目的として、適当に創作したところもあるでしょう。それなら、元の譬えを研究しておくのが普通ですが、それさえもしていない。
出来の悪い学生のレポートよりもお粗末です。

投稿: 飛雲 | 2013年3月22日 (金) 21時13分

素人ですが、醜いですね。

仏様の教えを広めようとしている者同士がいがみ合い非難しているのを見ると情けなくなってしまいました。
葬式仏教に成り下がるのも納得です。

投稿: 寂 | 2013年4月27日 (土) 11時51分

寂さんの考え方も酷いですね。
いがみ合い非難しなくても、葬式仏教に成り下がってますが。
仏様の教えを広めようとすれば、間違っていることを平気で教える団体を許しておけなくなるはずですがね。
仏様の教えは何でもいいという考え方から、葬式仏教に成り下がっているのが実情です。

投稿: 空 | 2013年4月28日 (日) 12時18分

寂 様

酷いですね。

投稿: 飛雲 | 2013年4月28日 (日) 21時13分

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