« 小学生でも判る矛盾を、改める気の全くない高森顕徹会長 | トップページ | 「本願力の回向の大信心海」が全く理解できない異安心の高森顕徹会長 »

2013年3月20日 (水)

18願を19願にすり替え、矛盾噴出の高森流「二河白道の譬え」

西岸上の人の喚び声は、ただ一度、一声のみです。

「なんぢ一心正念にしてただちに来れ。 われよくなんぢを護らん。 すべて水火の難に堕することを畏れざれ」

ここで問題です。これは何を顕しているのでしょうか?

1.18願
2.19願
3.18・19・20願の三願

高森会長は何と答えるでしょうか?
高森会長は『教学聖典』なるものまで作って、会員に自慢気に教えています。

汝―――十方衆生
一心――至心・信楽・欲生
正念――乃至十念
直来――若不生者
護汝――不取正覚
不畏――唯除

もう一度聞きます。
なんぢ一心正念にしてただちに来れ。 われよくなんぢを護らん。 すべて水火の難に堕することを畏れざれ」は何を顕わされていますか?

もちろん18願です。19願の意味はどこにも含まれていないと高森会長自身が詳説しているではないですか。

つまり、「二河白道の譬え」で、18願だけを喚び声として善導大師が顕わされており、それを高森会長も知っているのです。
そしてこの18願だけの喚び声を聞いて、旅人は「白道」に乗ります。

では、「白道」は18願の道ですか、あるいは最初だけでも19願の道ですか?

小学生でも答えられるでしょう。

善導大師の譬え話が理解できたところで、次に善導大師の譬えが何を顕わされているのかを善導大師がこの後解説なされていますが、そこで高森会長が今回取り上げたのが、

「人道の上を行きてただちに西に向かふ」といふは、すなはちもろもろの行業を回してただちに西方に向かふに喩ふ。

です。顕真にはその高森流解釈が載っています。

諸の行業……十九願の「諸功徳」
廻して……自力廻向

もうトリックが判りましたね。
18願を進めとの喚び声を聞いて旅人が乗った「白道」が、いきなり19願にすり替わっています。「回して(廻して)」を自力回向と強引に解釈していますが、18願だけの喚び声を聞いて、その通りに進む旅人が、西岸上の人から全く聞いたこともない19願を実践するのでしょうか?
ちなみに19願の実践を勧めているのは、「群賊」です。この件につきましては以前に

法論を怖れる「群賊」

で述べました。

なお、「回(廻)」については、「二河白道の譬え」の中に、4度出てきます。

まさしく到り回らんと欲すれば
われいま回らばまた死せん
なんぢ、回り来れ
この人(群賊)喚ばふ声を聞くといへどもまた回顧せず。

これら4つは、共に、

戻る、翻す

の意味です。自力回向の意味はありません。

では18願だけの喚び声を聞いた旅人の「もろもろの行業を回して」とはどんな意味でしょうか?

当然、群賊等の勧めである19願の行を翻して、捨てて、という意味になります。

高森会長の断章取義など、前後の文を読めば簡単に論破できると何度も言ってきましたが、今回も同様です。

また顕真には、親鸞聖人が自力の「白道」として仰ったお言葉としてこう載せています。

○自力の「白道」……前段

白道とは、白の言は黒に対す、道の言は路に対す。白とは、即ちこれ六度・万行・定散なり。これ即ち自力小善の路なり。
                      (愚禿鈔)

やはり、親鸞聖人の御言葉としてはこれしか出せないでしょう。予想通りです。これにつきましても、以前に詳しく述べていますので、そちらをご覧ください。

文法からも、学問的観点からも、どこから見ても曲がった解釈

一言で言えば、

白道」≠「六度・万行・定散なり。これ即ち自力小善の路なり。

です。その証拠に『愚禿鈔』には

「念道」の言は、他力白道を念ぜよとなり。

とありますからね。「自力白道」なんてことは、どこにもないです。参考までに「念道」とは譬えの中の

一心にただちに進みて道を念じて行けば、須臾にすなはち西の岸に到りて、永くもろもろの難を離る。

のことです。「白道」を念じて進むのは、「他力」だと親鸞聖人が解釈なされているのです。

今回の総まとめをすると、

群賊の勧めている19願を、西岸上の人の喚び声である18願とすり替えた悪質な改竄を高森会長がしている

ということです。

今回も難しい話はしていないつもりですが、高森会長には難しかったですかね。

|

« 小学生でも判る矛盾を、改める気の全くない高森顕徹会長 | トップページ | 「本願力の回向の大信心海」が全く理解できない異安心の高森顕徹会長 »

コメント

高森会長には本当にうんざりです。
いつも自分でご高説を垂れている通り、早く無間地獄に落ちて欲しいです。
飛雲さんは本当に慈悲がありますね。
会長たちは感謝して然るべきだと思います。

投稿: | 2013年3月21日 (木) 21時29分

名無し 様

会長が現在最も恨んでいるのが私だと思います。
会長が私に感謝することなど、有ること無しでしょう。

投稿: 飛雲 | 2013年3月21日 (木) 22時06分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 小学生でも判る矛盾を、改める気の全くない高森顕徹会長 | トップページ | 「本願力の回向の大信心海」が全く理解できない異安心の高森顕徹会長 »