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2013年2月21日 (木)

次は「本会を非難している者は、親鸞聖人の教えられ方で攻撃してきている」と言うかもしれません

高森会長の全く知らない善導大師の三心釈について述べてきましたが、これを曲解して、高森会長は金集め人集めに利用する可能性があります。

善導大師は三心を具すまで、自力で至誠心・深心・回向発願心を求めよと教えておられる。

などと。

こんな考え方をする人が親鸞聖人の時代にもおられたのでしょう。
親鸞聖人は『唯信鈔文意』でその間違いを指摘されています。

『観経』の三心は定散二機の心なり、定散二善を回して、『大経』の三信をえんとねがふ方便の深心と至誠心としるべし。真実の三信心をえざれば、「即不得生」といふなり。「即」はすなはちといふ、「不得生」といふは、生るることをえずといふなり。三信かけぬるゆゑにすなはち報土に生れずとなり。雑行雑修して定機・散機の人、他力の信心かけたるゆゑに、多生曠劫をへて他力の一心をえてのちに真実報土に生るべきゆゑに、すなはち生れずといふなり。もし胎生辺地に生れても五百歳をへ、あるいは億千万衆のなかに、ときにまれに一人、真の報土にはすすむとみえたり。三信をえんことをよくよくこころえねがふべきなり。

(現代語訳)

『観無量寿経』の三心は定善・散善を修める自力のものの心であって、そのような自力の心をあらためて、『無量寿経』の真実の信心を得させようと願う方便の深心と至誠心であるとしらなければならない。真実の信心を得ないから、「即不得生」というのである。「即」はそのままでということであり、「不得生」というのは生れることができないということである。信心が欠けているので、そのままでは真実の浄土に生れることはできないというのである。さまざまな行を修めて浄土に往生しようとする自力のものは、他力の信心が欠けている。そのため、生れ変り死に変りしてはかり知れない時を経て、他力の一心を得た後に真実の浄土に生れることができる。だから、そのままでは生れることはできないというのである。たとえ胎宮や辺地などといわれる方便の浄土に生れたとしても、五百年もの時を経なければならず、また億千万の人々の中で、真実の浄土に進むのはまれに一人いるかどうかであると示されている。真実の信心を得ることを十分に心得て、真実の浄土に生れることを願わなければならない。

結論は、『観無量寿経』の三心を獲ようとするのではなく、『大無量寿経』の三信(至心・信楽・欲生我国)を獲ることだけを考えなさい、と仰っているのです。
もっと簡単に言えば、19願・定散二善に心をかけずに、18願・他力念仏だけを求めなさい、と仰ったお言葉です。

高森邪義の完全否定です。

次の講師部講義ではこんな名言が聞かれるかもしれません。

19願、善を勧めるのは間違いだ、と非難してくるのは、本願寺でもかなりの学者と見られる

我々には18願だけでいい、19願は不要、と本会を非難している者は、親鸞聖人の教えられ方で攻撃してきている

高森会のトップは、救いようがないです。

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コメント

親鸞会アホばっかり、恥知らずばっかりで誇大夢想の輩というべきか

投稿: | 2013年2月21日 (木) 20時38分

タイトルを見て意味がわかりませんでしたが、
全部読んでようやく意味がわかりました。

親鸞会がこんな非難の仕方をしてきたら、
『さすが親鸞会』としか返せないですね

投稿: | 2013年2月22日 (金) 06時44分

至心・信楽・欲生我国や絶対他力というのは、昔会長も言ってました。サークル仲間で法話の休憩のときだったか先輩が話に持ち出したのを覚えてます。
それでちゃんと真宗が分かっているものとおもってたんですが大分経った後、内容がおかしいことに疑いだして
ネット時代に入り多数の醜聞を聞くにつれなぜ分かっているのにそんななんだと理解に苦しみました。
なんのことはない分かってなかったわけですか。
聞きかじった知識をその場その場必要に応じて利用して信者をたぶらかしていたということですね。疑問が解けました。

投稿: | 2013年2月22日 (金) 11時39分

コメント頂いた皆様

仰る通り、その程度の人物、その程度の教義だということです。
こんな者を信じてきたのかと思うと、情けないです。

投稿: 飛雲 | 2013年2月22日 (金) 20時40分

後生に驚くとよく言ってましたが、あの会長には違う意味で驚かされました。

投稿: | 2013年2月23日 (土) 06時18分

私も違う意味で驚かされっぱなしです。

投稿: 飛雲 | 2013年2月24日 (日) 20時02分

高森会長は人間の形はしていますが心は餓鬼道、畜生道に堕ちているようです。
心尽くしの言辞施と財施で精神的にも物質的にも支えてくれる会員をそっちのけにして、外部の評判ばかり気にする餓鬼です。
「恩を知らざる者は畜生よりも甚だし」と自分で言っていた通りの恩知らずの畜生です。
搾り取られるためだけに存在している会員は本当に哀れです。
しかし飛雲までたどり着いた人は脱会は近いかも知れませんね。

投稿: | 2013年2月24日 (日) 23時30分

愚かな教えを愚かな教えだっただと素直に認めることができれば、脱会するのでしょうが。
そこまでが難しいのでしょう。

投稿: 飛雲 | 2013年2月25日 (月) 22時01分

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