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2013年1月11日 (金)

一口問答(宿善3)

最近の親鸞会の引き籠り状態は酷いものです。聖教上のお言葉を出すと、殻の外には決して出ようとしません。高森会長も講師部員も、そして会員までもです。親鸞会が、聖教上のお言葉を武器にして、外でやりたい放題暴れまわっていたのは、遠い昔のこととなりました。

問い

蓮如上人は、「陽気・陰気とてあり。されば陽気をうる花ははやく開くなり、陰気とて日陰の花は遅く咲くなり。かやうに宿善も遅速あり。されば已今当の往生あり。」(御一代記聞書)と仰っているように、宿善の厚薄によって、早く救われるか遅く救われるか決まるのではないですか。

答え

これは蓮如上人の愛読書であった『安心決定鈔』の一節を言い換えられたものです。「仏の方よりは往生を成ぜしかども、衆生がこのことわりをしること不同なれば、すでに往生するひともあり、いま往生するひともあり、当に往生すべきひともあり。」とあるように、『御一代記聞書』の「宿善も遅速あり」とは、『安心決定鈔』の「衆生がこのことわりをしること不同」の言い換えですから、ここでの「宿善」とは「信心決定」のことです。
実際、『御一代記聞書』には「当流には信をとることを宿善といふ。」ともあります。
過去世の善根の厚薄によって、信心決定の遅速が決まるということではありません。信心決定に遅速があるから往生にも遅速がある、という意味です。

(参照)
弥陀のかはりて成就せし正覚の一念のほかは、機よりいささかも添ふることはなきなり

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