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2012年12月31日 (月)

mixiにおける三願転入の法論の最終結末

前回、mixi上での三願転入の法論の概要について書きました。実質的にはあれで終了だったのですが、法論での負けは親鸞会にとってはあってはならないことですから、こうへい氏(高森会長)が起死回生を狙った詭弁を考え出します。

> 浄土門に入って、親鸞聖人の教えを信じている人は、
> 覚如上人のお言葉で言えば「浄土教を信受する機」であり、
> 蓮如上人のお言葉で言えば「宿善の機」ということです。
> ですから、「浄土教を信受する機」「宿善の機」は、
> 【18願1つを聞けばよいというのが善知識方の教えです】。

未信の人が、18願だけで導かれるということですか?
19願力も、20願力も不要と言われるのでしょうか?
もしそうでしたら、19願力や20願力以外の、
18願力に方便(信前)もある、ということになりますが、
そのようなことを、親鸞聖人はどこにおっしゃっているのでしょう?

今では簡単に論破できる詭弁ですが、当時としては親鸞会は会心の反撃をして得意満面であったと思われます。
しかし、結果は親鸞会が嵌められただけでした。予想された展開だったからです。
この詭弁を破る根拠は「他の方便なし」です。

『教行信証』行巻に引かれた『往生要集』に

『観経』には〈極重の悪人他の方便なし。ただ弥陀を称して極楽に生ずることを得〉

とありますし、また『高僧和讃』源信讃にも

極悪深重の衆生は
 他の方便さらになし
 ひとへに弥陀を称してぞ
 浄土にうまるとのべたまふ

と親鸞聖人は仰っています。

もちろん『正信偈』には、

極重悪人唯称仏

と書いておられます。

以上を承けられて蓮如上人は『正信偈大意』

「極重悪人唯称仏」といふは、極重の悪人は他の方便なし、ただ弥陀を称して極楽に生ずることを得よといへる文のこころなり。

と仰っています。

源信僧都、親鸞聖人、蓮如上人は「極重の悪人」に対しては、「他の方便なし」と19願・20願の方便は不要と、直接的な表現で仰っています。
この意味を説明するまでもなく、これで完全に終わりました。

ところが、親鸞会はあの三願転入の法論惨敗から、何も学んでいないことが判ります。
完全に論破された主張を今でもそのまま言い続けているのですから。

一応簡単に「他の方便なし」の意味を説明しておきますと、

『観無量寿経』の下品下生には、善という方便は最初から最後まで説かれることなく、十回の念仏を称えて往生を遂げる

と説かれているということです。

こうへい氏(高森会長)の言葉を借りれば、

未信の人が、18願だけで導かれるということです

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