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2012年11月23日 (金)

本当に真宗教義に無知な高森会長

念仏1つで助かる、18願だけで助かる、というのは間違いだ

と断言しているのが高森会長と親鸞会です。真宗教義のイロハも知らない戯言ですが、これは『正信偈』

極重悪人唯称仏

で顕わされた下品下生の往生について無知だからです。

『観無量寿経』下品下生

下品下生といふは、あるいは衆生ありて不善業たる五逆・十悪を作り、もろもろの不善を具せん。かくのごときの愚人、悪業をもつてのゆゑに悪道に堕し、多劫を経歴して苦を受くること窮まりなかるべし。かくのごときの愚人、命終らんとするときに臨みて、善知識の種々に安慰して、ために妙法を説き、教へて念仏せしむるに遇はん。この人、苦に逼められて念仏するに遑あらず。善友、告げていはく、〈なんぢもし念ずるあたはずは、まさに無量寿仏〔の名〕を称すべし〉と。かくのごとく心を至して、声をして絶えざらしめて、十念を具足して南無阿弥陀仏と称せしむ。仏名を称するがゆゑに、念々のなかにおいて八十億劫の生死の罪を除く。命終るとき金蓮華を見るに、なほ日輪のごとくしてその人の前に住せん。一念のあひだのごとくにすなはち極楽世界に往生することを得。

(現代語訳)

次に下品下生について説こう。もっとも重い五逆や十悪の罪を犯し、その他さまざまな悪い行いをしているものがいる。このような愚かな人は、その悪い行いの報いとして悪い世界に落ち、はかり知れないほどの長い間、限りなく苦しみを受けなければならない。
 この愚かな人がその命を終えようとするとき、善知識にめぐりあい、その人のためにいろいろといたわり慰め、尊い教えを説いて、仏を念じることを教えるのを聞く。しかしその人は臨終の苦しみに責めさいなまれて、教えられた通りに仏を念じることができない。
 そこで善知識はさらに、<もし心に仏を念じることができないのなら、ただ口に無量寿仏のみ名を称えなさい> と勧める。こうしてその人が、心から声を続けて南無阿弥陀仏と十回口に称えると、仏の名を称えたことによって、一声一声称えるたびに八十億劫という長い間の迷いのもとである罪が除かれる。
 そしていよいよその命を終えるとき、金色の蓮の花がまるで太陽のように輝いて、その人の前に現れるのを見、たちまち極楽世界に生れることができるのである。

善知識から諸善は全く勧められていません。勧められていることは念仏だけです。当たり前です。雑毒の善さえもできないのが下品下生で、しかも、五逆の罪を犯している最下の者です。そんな者が最悪の状態である臨終になって、初めて仏法を聞くのです。それまで仏法を聞いてこなかったのですが、善知識は念仏だけを勧められて、10回の念仏を称えて往生を遂げています。
最下の者の最悪の状態で善知識が勧められることは念仏だけです。

これを『往生要集』

『観経』に、「極重の悪人は、他の方便なし。ただ仏を称念して、極楽に生ずることを得」と。

(現代語訳)

『観無量寿経』の中に、<きわめて重い罪をかかえた悪人に、この他の手だてはない。ただ弥陀の名号を称えて、極楽世界に往生させていただくばかりである>と説かれている。

と教えられています。
親鸞聖人は『正信偈』

極重悪人唯称仏

と仰り、蓮如上人は『正信偈大意』

「極重悪人唯称仏」といふは、極重の悪人は他の方便なし、ただ弥陀を称して極楽に生ずることを得よといへる文のこころなり。

と解説なされています。「極重の悪人」である下品下生には、諸善という方便がないのです。もちろん
念仏まで導く権仮方便もありません。
九品を見れば一目瞭然ですが、諸善という方便があるのは、中品下生までの善凡夫に対してです。
下品下生について善導大師は『玄義分』

下が下とは、「これらの衆生不善業たる五逆・十悪を作り、もろもろの不善を具す。この人悪業をもつてのゆゑに、さだめて地獄に堕して多劫窮まりなからん。命終らんと欲する時、善知識の、教へて阿弥陀仏を称せしめ、勧めて往生せしむるに遇ふ。この人教によりて仏を称し、念に乗じてすなはち生ず」と。この人もし善に遇はずは、必定して下沈すべし。終りに善に遇ふによりて七宝来迎す。

(現代語訳)

下品下生とは、
これらの衆生は、善くない業おこないである五逆・十悪を造り、いろいろの悪を犯している。この人は悪業によるから必ず地獄に堕ちて多劫のあいだ窮まりない苦しみを受ける人であるが、命終わろうとするとき、善知識が南無阿弥陀仏と称えることを教え、往生を勧めてくださるのに遇う。この人はその教にしたがって念仏し、念仏によって往生する。
とある。この人がもし善知識に遇わなければ必ず地獄に堕ちるところであったが、臨終に善知識に遇うたことによって、七宝の蓮台に迎えられたのである。

と仰っています。

法然上人は下品上生・下品中生・下品下生について『選択本願念仏集』

この三品は、尋常の時ただ悪業を造りて往生を求めずといへども、臨終の時はじめて善知識に遇ひてすなはち往生を得。

(現代語訳)

この下三品は、平常の時ただ悪業ばかり造って浄土往生を求めないけれども、臨終のときになってはじめて善知識に遇うて、すなわち往生を得る。

と、下品上生・下品中生・下品下生のものは、平生に仏法も聞かず、善も行わないもののことですが、そんなものが臨終に善知識に遇って念仏を勧められただけで往生すると釈尊が説かれたことは、親鸞会の善の勧め、宿善論、三願転入論の完全な否定です。

以上は往生のためには念仏1つであることの根拠であり、悪凡夫には諸善という権仮方便のないことを、どの聖教にも書かれてあることです。しかし、高森会長は聖教を読んだことがないから、何も知らないで妄想教義を呟いているだけです。

妄想を呟くだけならまだしも、阿弥陀仏のお力を

そんな上手い話がある訳がない

と疑って謗り続けているのですから、酷いものです。

会員は、念仏誹謗を続ける高森会長についていくとどうなるか、少しでも理性が残っているなら判る筈です。

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コメント

三願転入トピックの法論の全文の記録どこかにありませんかね

投稿: 退会者 | 2012年11月27日 (火) 20時22分

退会者 様

著作権侵害を言ってくるかもしれませんので、どこかに掲載することはできません。
もし御希望であれば、メールで送ります。

投稿: 飛雲 | 2012年11月27日 (火) 21時36分

お手数ですが、メールで送って頂けますでしょうか?

投稿: 退会者 | 2012年11月28日 (水) 18時53分

退会者 様

送りましたので、ご確認ください。

投稿: 飛雲 | 2012年11月28日 (水) 21時25分

受信確認しました。ありがとうございました。

投稿: 退会者 | 2012年11月28日 (水) 22時38分

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