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2012年10月15日 (月)

嘘がばれて、その嘘を隠すために別の嘘をつき、更に追い詰められる高森顕徹会長

会員には度重なる財施が勧められ、年々、会員は経済的に苦しくなってきています。会員が年々苦しくなってきているのは、親鸞会の経営もそれだけ年々苦しくなってきている証拠でもあります。
そんなこともあり、煩悩と戦う求道の象徴である「白道」に関しては、間違いを絶対に認めるわけにはいかないのです。1ヶ月遅れで詭弁を弄したつもりでしょうが、実にお粗末でした。あれでは余計に会員の印象が悪くなると思うのですが、そんなことも言っておれない程、追い詰められているのでしょう。

ただ、以前に某弘宣局長は、『愚禿鈔』を出して「白道」が自力の求道心、聞法心である根拠だと自信満々に言っていましたが、その間違いは認めざるを得なかったようです。

ところで今、話題になっているiPS細胞移植手術をしたと主張する某氏の会見を見ていると、高森会長や某弘宣局長と重なって見えます。また12年前にあった、上高森遺跡等での旧石器捏造事件も思い出されます。
嘘は早めに謝罪しないと、自分でも収拾がつかなくなります。嘘のための嘘をつき続けているうちに訳が判らなくなり、嘘付きのレッテルはより広く深く拡散されます。

まあ、今更謝罪したところで、真宗史上最悪の悪知識と名を残すことは確実です。
なぜなら、親鸞聖人が仰っていないことを仰った根拠として捏造し、親鸞聖人が実際に仰った根拠を否定しているのですから、隠すことも誤魔化すこともできない完璧な邪義ですから。

さて、今回の「ひと口問答」で

善導大師の「二河譬」の前段に説かれる白道とは、明らかに自力の聞法心、願往生心を喩えられたものです。前段なしの後段はあり得ず、あとは自他力廃立あるのみです。

とある「前段」「後段」が、何を意味しているかはっきり書かないことで誤魔化していますが、「前段」は信前つまり三定死前、「後段」は信後つまり三定死後、と会員に思わせるようにしているのは、間違いないことです。

以前に

一口問答(白道は自力か他力か1)

問い

白道」の中間で三定死になり、三定死の後は「白道」が無碍の大道に変わると教えられていますから、「白道」は求道心あるいは聞法心に決まっているではないですか。

答え

善導大師の『観無量寿経疏』、あるいは『教行信証』信巻にある二河白道の譬えを読んだことがないのですか。
三定死は、「白道」に乗る前ですよ。三定死の後も、「白道」は幅四、五寸のままです。
勝手に話を創作しないで下さい。
自身の思いが正しいことを大前提にお聖教のご文を解釈する人は、善知識方よりも優れた人でしたよね。

と書きましたが、この「前段」「後段」に併せて、少し修正しておきます。

問い

二河譬」の前段は三定死までの「白道」、後段は三定死後の「白道」であり、後段では「白道」が無碍の大道になると教えられていますから、前段の「白道」は求道心あるいは聞法心に決まっているではないですか。

答え

善導大師の『観無量寿経疏』、あるいは『教行信証』信巻にある二河白道の譬えを読んだことがないのですか。
三定死は、「白道」に乗る前ですよ。三定死の後も、「白道」は幅四、五寸のままです。
勝手に話を創作しないで下さい。
自身の思いが正しいことを大前提にお聖教のご文を解釈する人は、善知識方よりも優れた人でしたよね。

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コメント

最近、嘘も百回言えば本当になると思える事件が多いと思います。
誰も非難しなければ、それが真実になると思っているのでしょう。
しかし、どう考えても世間様は騙せません。
それでも仲間内だけなら騙せ通せると信じているのでしょうか。
200人近くいる講師達もそれで良いのだと思っているとしたら
日本にいながら北朝鮮の国に拉致されているようなものです。
自ら真実に背を向け自分の生活を第一に考えるのは、後生の一大事の解決に
火の玉になって向かって講師部を目指した人たちとは思えません。
会長も言っているじゃないですか。
光に向かって進む者は栄え、闇に向かって進む者は滅びる。
親鸞会は真実から背を向け、自分たちの殻に閉じこもっているだけです。
真実に背を向けて幸せはありません。
真実に真正面から向き合ってこそ、救いに出会えるのです。
逃げているばかりでは何も解決しませんよ。
高森会長も布教局長も広宣局長も皆、我が身のことしか考えていません。
皆さんの後生なんてどうでもいいのです。
我が身の後生の一大事の解決のためにもう一度火の玉になって立ち上がって欲しい。
我が身の後生の一大事、親鸞会以外の教えで必ず解決できるのです。
立派な肩書きを持った講師達、団結して立ち上がれ。

・・・そう言っても無理でしょうが言わずにおれません。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

投稿: とくよしみね | 2012年10月15日 (月) 20時25分

なぜ生きる、という本を読んだ人のなかによく解らなかった人がいても講師達は深いミココロだとか仏教は難解だからとかで誤魔化していましたが、彼らも聞かれて苦しかったのでしょうね

観無量寿経を思い出すと阿弥陀仏や浄土をお釈迦様に仏力によりみせていただいてから、後の衆生がみれたり生まれられるように修行方法をお教えになられている

親鸞会の会員の時にはついに辞めるまで真面目に観無量寿経通りに修行しませんでしたが、なぜ生きるにも紹介がない気がします。

ありましたっけ?
部会では若干解説だけあったのが懐かしい。なんであのとき疑問に思わなかったんだろう。

なぜ生きるを読んだ人がよくわからないという感想は、著者が解説する気がないか、わかっていないのか、トンチンカンなのか、悪意があるか、でしょう。

はじめに、にたしか書ききれなかった、とあるので、経典が読めなかった、ということでしょう。

華光会でI先生やM先生にお世話になって信心獲得したらしいですが、定善散善をタカモリケンテツという人はしていませんものね。
紹介できないはずです。
そして他人には十九願二十願を強要している。救われるのに絶対必要なら観経宗といわれるくらいの浄土宗にならなくてはならないし善導大師も著書とともに大事のはず。しかしあまり紹介されなかった。

高森会の内容は経典のようではなく献金とタダ働きと目に見えない宿善を物差しとした、これまた変な凡夫の指導者を必要とする三位一体聴聞、キリスト教をまねた新興宗教かなにかか。

御輿に乗ると足元の花に気付かない

投稿: MC | 2012年10月16日 (火) 15時16分

とくよしみね 様

お気持ちはよく判ります。が、講師部員に期待するのは無駄でしょう。


MC 様

会長も講師部員も会員も、観無量寿経をはじめ聖教を読んでいませんから、何でも好き勝手に言っているだけです。
無知は怖い物知らずです。

投稿: 飛雲 | 2012年10月16日 (火) 21時28分

全身全霊をかけて長年やってきたことを自ら否定することは、それはそれは苦しいことではありますよね。
でも、火の中かき分けるとはそういう苦しさなどは軽く乗り越える精神をいうのでしょ?

自己保身の走狗と化した幹部連中が脱会者を口汚く面罵して、敗残者だ落伍者だと斬り捨てるさまを目の当たりにすれば、空恐ろしいでしょうし。会長の言う正しい求道者の側に身を置いておくのは、さぞかし居心地のよいぬるま湯でしょうから。今生の獲信をさえ諦めるなら、求道者のままで人生終わっとく方がいずれの生にか救われるだろうから安全、だし。

ざっと、そんな思いでしがみついているのが現会員、さもしい根性が傍目にも露わ。
いわゆる霊性の違いってやつですか。縁なき衆生とはどなたやら。論語読みの論語知らずとも。
説く会長が悪いのか、聞く会員が悪いのか?いやどっちもドッチです。

投稿: 大拙 | 2012年10月17日 (水) 03時31分

大拙 様

親鸞聖人は、全身全霊をかけて長年やってきたことを自ら否定されて、法然上人の元に行かれたのです。親鸞聖人を慕う親鸞学徒を名乗るのなら、親鸞聖人と同じように間違いをきっぱり捨てる覚悟が必要でしょうに。
退会者を徹底的に否定し、東西本願寺と華光会を扱き下ろすことで、自分たちは正しいのだ、と酔いたいだけです。
会長が悪いのは当然ですが、間違いを知りながらその会長から離れようとはしない講師部員・会員も悪いです。
ただし、教義の誤りについて何も知らない会員は、何とかしたいと思っています。

投稿: 飛雲 | 2012年10月17日 (水) 06時43分

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