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2012年9月14日 (金)

顕真9月号「ひと口問答」  ですが、白道を回避

顕真9月号の「ひと口問答」は以下ですが、「白道」を故意に回避して、10項目中2番目の「五逆謗法」に戻っています。

問い

浄土真宗では、すべての人を「煩悩具足の凡夫」とか「罪悪生死の凡夫」と言われますが、
この「煩悩具足」や「罪悪生死」の中に、五逆罪や法謗罪は入らないと言う人と、入るという人とがありますが、いかがでしょうか。

答え

五逆罪も法謗罪も弥陀の本願の正機ですから、もちろんすべての人は逆謗の機です。
それを、『正信偈』には「極重悪人」と教え、『歎異抄』には「罪悪深重・煩悩熾盛の衆生を助けんがための願」と言い、
他力信心を獲得すれば万人等しく二つのことが知らされる『二種深信』の機の深信には、「自身は、現にこれ罪悪生死の凡夫(逆謗)~乃至~と深信す」と、
弥陀の救いに値えば明らかに知らされることであると説かれています。

いつものこじつけ、論理の超飛躍です。
さて、答えの一行目は以前に書いた内容で十分ですが、一応書き直しておきます。

問い

五逆罪も法謗罪も弥陀の本願の正機ですから、もちろんすべての人は逆謗の機です。

答え

違います。弥陀の本願の正機を悪人正機と教えられますが、これについて法然上人、親鸞聖人の御相伝として「悪凡夫を本として、善凡夫をかたはらにかねたり。かるがゆゑに傍機たる善凡夫、なほ往生せば、もつぱら正機たる悪凡夫、いかでか往生せざらん。しかれば善人なほもつて往生す、いかにいはんや悪人をやといふべし」(口伝鈔)と覚如上人は教えられています。
悪人正機とは、言い換えれば善人傍機のことです。当然ながら善人がいるということであり、すべての人が逆謗の機という意味にはなりえません。

次の「極重悪人」についてもすでに述べていますので、このままでよいでしょう。

問い

極重悪人唯称仏」(正信偈)とありますから、親鸞聖人は全人類のことを「極重悪人」と仰っているではないですか。

答え

これは源信僧都が『観無量寿経』に説かれていることを「極重の悪人は、他の方便なし。ただ仏を称念して、極楽に往生することを得」(往生要集)と仰り、それを親鸞聖人が言い換えられたものです。「極重の悪人」とは下品下生の者のことで、五逆罪を造り、平生に善をしたこともない者が、臨終になって初めて仏教を聞いて、ただ念仏して往生を遂げる、ということをこのように表現されました。一方で、中品下生以上の者は定散二善をして往生を遂げる、と教えられています。
一生造悪」同様、18願は悪人正機だということを仰ったものです。

最後に「煩悩具足」「二種深信」については、一口問答の形式では「機の深信」のところで述べる予定でしたのでまだ書いていませんが、一度に書いても消化不良になりますから、後日の楽しみとしておいてください。
念のために、「答えられないから逃げたのだろう」と言う人もいるでしょうから、以前に書いたエントリーを紹介しておきます。

「罪悪生死の凡夫」=「煩悩を具足せる凡夫」

機の深信も、もちろん法の深信も理解できない高森会長と講師部員

パクリで大学者気取りも、聖教を読んだことのない無知を晒しただけの高森会長

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