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2012年9月24日 (月)

一口問答(19願・定散二善5)

問い

しかし釈尊は韋提希に対して、「なんぢおよび衆生、まさに心をもつぱらにし念を一処に繁けて、西方を想ふべし。」(観無量寿経)と韋提希に定善を勧めておられるではないですか。

答え

定善の方法を釈尊が説かれれば、「~すべし」と通常表現するのではないですか。しかし、韋提希は定善を実践しようともしていませんし、実践しようともしない韋提希に対して釈尊が実践を促されてもいません。親鸞聖人も、釈尊が韋提希に定善を勧められた、とも仰っていません。
語はすでに義を得たり、義は語にあらざるなり。人指をもつて月を指ふ、もつてわれを示教す、指を看視して月を視ざるがごとし。」(教行信証化土巻)と教えられていますように、「べし」という言葉だけにとらわれた「指を看視して」、釈尊の御心を無視するという「月を視ざるがごとし」の断章取義です。

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一口問答」カテゴリの記事

コメント

観無量寿経はとても、なんといったら良いのか、いいなあと。

イダイケさんに善をすすめたかどうかは微妙にわかりませんでしたが、他に面白いことがわかりました。

仏力に以て、定善散善を説かれる前に、極楽を見せてもらっている。そして阿弥陀仏の極楽に生まれたいと楽い、思惟、正受を教えて、と言って、それから釈尊は定善を説かれた。

仏力に因って、無量寿仏及び二菩薩を見せてもらった。それから、仏を観ぜんと欲はん者は、と続く。

イダイケやれ、ではなく、問われて答えられる、心地好い問答と胸が暖かくなった。

イダイケさんも後の衆生はどうしたら、ときかれている。

イダイケさんはやるまえに見せてもらっている。
ねがうまえに釈尊を見られた。

凡夫に問うてはいない。さらに三福のうちに師長に奉事、衆戒、というのがありますが、浄業のようです。浄業をしないものを見たわけではない。

イダイケさんや目連さんや阿難さんが定善散善やったかどうかまでは書かれていないのか、どこにあるのかは斜め読みの私には読めなかった。

イダイケさんには問われたから告げ、阿難さんには受持して広く多衆の為に仏語を宣説すべし、と言われているように思いました。

投稿: 間違ってたら御免なさい | 2012年9月24日 (月) 10時55分

アニメオウシャジョウ、ですが色々と観無量寿経と違いますね。

ビンバシャラさん、まだ死んでない。

釈尊立たれていない。

目連さん阿難さん、片膝かどうかは書かれていない。
定善散善の合間合間に煩悶する女性は書かれていない。

目連さんと阿難さんの、イダイケさんに対する愚痴は書かれていない。

法蔵館のだとp168かな、イダイケさんと五百の侍女は仏説を聞き、間よくわかりませんが、極楽を見、仏身二菩薩を見て心に歡喜を生じ、間わかりませんが、大悟し、無生忍を得てアノクタラサンミャクサンボダイシンを発し、彼の国に生まれんと願じた。
世尊悉く記したまはく、皆まさに往生すべし。彼の国に生じ已りて諸仏現前三昧を得んと。
無量の諸天、無上道心を発せり。

ここらへんを見せていただくと、アニメより経典の方がいいなあ、と思いました。

お金もなくやる気もないので、あまり言えませんが、少し細かい点でした。

投稿: 間違ってたら御免なさい | 2012年9月24日 (月) 11時14分

屁理屈ですね。

あなたは聖典の言葉を我田引水しています。

我見に囚われるあなたの態度は仏法者として失格です。

投稿: おせっかい | 2012年9月24日 (月) 17時13分

毎度毎度、反論できず、負け犬の遠吠え。

みっともないんですよ。

根拠でも挙げたらどう。

指しか見ない人には、仏教を語る資格なし。

投稿: 口挟み | 2012年9月24日 (月) 17時30分

韋提希:後の衆生が浄土を見る方法を教えてください。
釈尊:では教えよう。まず西方を思い浮かべなさい。

これが勧めたことになるのか、ということ。
この程度のことは親鸞会講師部員でも理解できたので、このような反論を、誰一人してこなかった。

つまり、これが理解できなかったということは、講師部員よりも思考が劣るということ。

投稿: 口挟み | 2012年9月24日 (月) 17時59分

口挟みさんの言われる通りでしょう。

かつて、M野講師、M浦講師、O倉講師と法論した際にも、「釈尊が韋提希に定善を勧めた根拠」が問題になり、教学課で探しまくっても結局何も出せなかった経緯があります。
親鸞会は、おせっかいさんが出された御文を、「釈尊が韋提希に定善を勧めた根拠」と見做さなかったのです。
親鸞会でさえ、見做さなかった根拠を、おせっかいさんが見做した、とはどう考えるべきでしょうか?
親鸞会よりも優秀であったか、あるいは口挟みさんの言われるように劣っていたか。

いずれにしても、親鸞聖人が「釈尊が韋提希に定善を勧めた」とは見做されていないので、親鸞学徒を名乗るのなら、親鸞聖人に倣うべきだと思いますよ。

投稿: | 2012年9月24日 (月) 19時17分

「イダイケは定善を実践した」或いは「イダイケは定善を実践しなかった」と直接書かれた御文があるのですか?

投稿: | 2012年9月24日 (月) 19時29分

失礼。「定善を実践しようとした」「定善を実践しようとしなかった」ですかね。

投稿: | 2012年9月24日 (月) 20時00分

無いですね。
無いということは、実践していないと普通は考えるでしょう。

投稿: | 2012年9月24日 (月) 20時07分

なるほど

投稿: | 2012年9月24日 (月) 20時09分

領解文の「一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生御助け候」を飛雲さんは、どうお考えになりますか。

投稿: 蝉丸 | 2012年9月24日 (月) 22時27分

口挟みさんは、誤解してますね。

釈尊は、韋提希の「教我思惟、教我正受」(私に定善を教えて下さい)という言葉に応じて、定善を説かれたんですよ。

投稿: 先日の、海 | 2012年9月24日 (月) 23時36分

飛雲さん、「親鸞聖人は……仰っていません」では根拠になりません。
「親鸞聖人は、こう仰っています」という形で、飛雲さんの大好きな「根拠」を挙げて下さい。
否定形でよいのなら、経典やお聖教に書かれていないことは、何でもあり、になってしまいますよ。

投稿: 先日の、海 | 2012年9月25日 (火) 00時04分

先日の、海さんは、何が言いたいのでしょうか?
「定善を教えてください。」「じゃあ教えよう。西方を思いなさい。」
だから何?
この前のコメントもそうですが、どうんも日本語が不自由なようですね。

投稿: 口挟み | 2012年9月25日 (火) 01時48分

飛雲さんのコメントも理解できないみたいですし。
大丈夫ですか?

以下引用


>韋提希が定善を実践しようとしていないことは認められた訳ですね。
>つまり、高森会長の言っていることは間違いであると。

これについては異論無しということで、決着です。

次に、

>だから、韋提希には定善はできないと知り抜かれた上で、釈尊は韋提希に定善を説かれたということでしょ。
>散善も同じですよ。

説かれたのと、勧められたのとは違います。
『浄土和讃』に

臨終現前の願により
 釈迦は諸善をことごとく
 『観経』一部にあらはして
 定散諸機をすすめけり

とあります。「定散諸機」に対して定散二善を勧められた、ということですね。
「定散諸機」とは「逆悪の機」に対するものです。
『正信偈』の

矜哀定散与逆悪

『正信偈大意』の

されば定散の機をも五逆の機をも、もらさずあはれみたまひけりといふこころなり。

とあるように、「定散の機」と「逆悪の機」「五逆の機」は別です。


投稿: 飛雲 | 2012年9月22日 (土) 22時03分

投稿: 口挟み | 2012年9月25日 (火) 01時52分

釈尊がイダイケに定善を説かれたのはイダイケが救われた後で、イダイケが救われるために定善を説かれたわけじゃない。
イダイケは自分が救われたから今度は後の人の後生が気がかりになり、釈尊にその人ための救いの道を説かれるように請うた。
普通に読めばこういう流れでしょ。
なんでイダイケのために観相など定善を説かれたなどという前後関係が支離滅裂な解釈になるのよ。

投稿: | 2012年9月25日 (火) 03時35分

口挟みさん

あまり興奮しないで、今は飛雲さんの「根拠」を待ちましょう。

あなたの相手の相手をするのは、その後にさせて下さい。

投稿: 海 | 2012年9月25日 (火) 04時09分

失礼。

あなたの相手をするのは、その後にさせて下さい。

投稿: 海 | 2012年9月25日 (火) 04時12分

>釈尊がイダイケに定善を説かれたのはイダイケが救われた後

これはやってしまいましたなあ…
これは教育やろなあ

投稿: | 2012年9月25日 (火) 05時37分

海 様

心想羸劣の韋提希を定善の機と考えていると永久に判らないでしょうから、そこから説明しておきましたよ。
今回のエントリー以外でも説明はできます。

過去には

『顕真』「宿善と聴聞と善のすすめ」の誤り17
http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-610f.html

でも説明しています。
少し前に書いた隠顕釈でも説明できます。

説かれたことが勧められたことになるのなら、聖道経典は「十方衆生」と前置きされて、釈尊が説かれていますので、法華経、華厳経、般若経、涅槃経等も皆、「十方衆生」が対機になりますね。

思考が偏っていますので、もう少し冷静になられた方がよろしいかと思います。

投稿: 飛雲 | 2012年9月25日 (火) 06時09分

蝉丸 様

何を求められているのか判りませんが、過去のエントリーでも書いておきましたので、一度読んで頂けますか。

会員との問答(後生の一大事について)
http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-a61a.html

質問があれば、また仰ってください。

投稿: 飛雲 | 2012年9月25日 (火) 06時11分

次は海さんの番ですね。

親鸞聖人が、「釈尊が韋提希に定善を勧められた」と仰った根拠を待っています。
なければ、やっぱり妄想だったということですね。

投稿: 口挟み | 2012年9月25日 (火) 07時54分

祖師は化身土巻において、「教我思惟というは、すなわち方便なり」「教我正受というは、すなわち金剛の真心なり」と解釈されています。これは観経に隠顕ありとする根拠として観経の十三文を引用されつつ述べられたものです。この祖師の理解を前提として議論すべきでしょうね。

投稿: たかぼー | 2012年9月25日 (火) 11時33分

こまけーこたぁーいいんだよ
定善なんか俺たちには関係ないし

投稿: | 2012年9月25日 (火) 12時46分

韋提希の獲信と定善の大まかな流れ

韋提希:私に定善を教えてください。
釈尊:お前には無理だ。仏の特別な力がなければ、悪人のお前には無理だ。
韋提希:私は世尊のお陰で浄土を見ることができました。では世尊亡き後の衆生のために、浄土を見る方法を教えてください。
釈尊:では教えよう。まずは定善の基本である日想観からだ。心を凝らして西方を思い浮かべなさい。
   (略)
釈尊:お前の為に除苦悩法を説く。
(韋提希 獲信)
釈尊:次に華座観とは…
   (略)
   定善の本番は真身観だ。


という感じですね。
釈尊は韋提希には定善は無理だと宣言されてから定善を説き始められた。だから、韋提希は定善をしようとも思っていない。
定善は自分には関係ないが、後の衆生のために方法だけ尋ねた。
また定善は自分と関係ないことだから、定善の本番である真身観の前に、定善とは無関係に獲信している。

何が言いたいかといえば、韋提希獲信の後に定善を説かれた、というのもあながち間違っているわけではないということ。

投稿: 環境 | 2012年9月25日 (火) 13時27分

いやしかし中学生のとき日想観、水想観、地想観などやっていた自分は定善の機なんだろうか。
一々の光の中に無数の光があってその光の中にまた無数の光があるなどとやっていた。
初めてお経を拝見したとき自分がやっていたことと同じなのであーあれはこのことだったのかと気づいて喜んだ。
あるとき機が熟して助けを求めだしたが、星の数ほどの仏さまがやってきて救おうとしたが自分の醜悪さに匙を投げられみな離れていかれた。
しかし、一仏のみ意地でも自分を救わずにおれるかと最後まで残っておられる方がおられた。
あのお方こそ阿弥陀様だったに違いない。
脇に支持するようにもう一方おられたのは釈尊だったんだろうか。

投稿: | 2012年9月25日 (火) 14時07分

なるほどね。


仏、韋提希に告げたまはく、「なんぢはこれ凡夫なり。心想羸劣にして、いまだ天眼を得ざれば、遠く観ることあたはず。諸仏如来に異の方便ましまして、なんぢをして見ることを得しむ」と。


海さんとおせっかいさんには、これが読めなかった(読まなかった?)わけだ。
釈尊が韋提希に定善はできないと釘を打たれたから、韋提希は定善をしようともしなかったわけだし、わざわざ仏滅後の衆生のためとことわったわけだし、釈尊が韋提希に定善をするように勧められていないと言えるわけだ。
それで親鸞聖人も韋提希には定善を勧められていないと教えられているわけだ。

海さんとおせっかいさんは、完全にやられたね。

もともと2人には、根拠を出して説明するという習慣が足りないから、当然の結果だよね。

でも2人のおかげで勉強になったわ。

投稿: 不勉強 | 2012年9月25日 (火) 14時32分

定善の人は浄土宗か天台宗に行って欲しい
嫌みではなく、いろいろな修行してほしい
色々な本を読んでください

投稿: | 2012年9月25日 (火) 14時41分

× 釘を打つ

○ 釘を刺す

ですね。
日本語が分からない人にはどちらでもいいことかもしれませんが。

投稿: 不勉強 | 2012年9月25日 (火) 14時46分

飛雲様 お忙しいところご回答頂き有難うございました。

投稿: 蝉丸 | 2012年9月25日 (火) 20時43分

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