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2012年8月10日 (金)

罪福信ずる行者は 仏智の不思議をうたがひて

今年の追悼法要は、昨年の追悼法要をビデオで流しただけです。その内容は高森会長の”因果の道理”についてでした。最近は、この”因果の道理”について、何かの一つ覚えでやたら強調されています。
しかし、この高森会長の”因果の道理”がどんなものか、高森会長も講師部員も知る由もないでしょう。

『観無量寿経』にはこのようにあります。

かの国に生ぜんと欲はんものは、まさに三福を修すべし。一つには父母に孝養し、師長に奉事し、慈心にして殺さず、十善業を修す。二つには三帰を受持し、衆戒を具足し、威儀を犯さず。三つには菩提心を発し、深く因果を信じ、大乗を読誦し、行者を勧進す。かくのごときの三事を名づけて浄業とす

つまり、「深く因果を信じ」ることを散善三福の中の行福と教えられています。
また

上品中生といふは、かならずしも方等経典を受持し読誦せざれども、よく義趣を解り、第一義において心驚動せず。深く因果を信じて大乗を謗らず。

上品下生といふは、また因果を信じ大乗を謗らず。

と「上品中生」「上品下生」のところでも説かれています。
上品下生」の「また因果を信じ」について『散善義』では

所信の因果不定なることを明かす。 あるいは信じ信ぜず。 ゆゑに名づけて「亦」となす。 あるいはまた前の〔上品中生の〕深信に同じかるべし。 また信ずといへども深からず。 善心しばしば退し、悪法しばしば起る。 これすなはち深く苦楽の因果を信ぜざるによりてなり。 もし深く生死の苦を信ずるものは、罪業畢竟じてかさねて犯さず。 もし深く浄土無為の楽を信ずるものは、善心一たび発りて永く退失することなし。

(現代語訳)

因果を信ずることが定まらないことを明かす。すなわち、あるいは信じたり、あるいは信じないから、「亦」というのである。あるいは、亦た、上品中生に出る「深く因果を信ず」に同じといってもよい。亦た、信ずるといっても深くなくて、善心がしばしば退いて、悪い行いがしばしば起こる。これは、深く苦楽の因果を信じないからである。もし深く迷いの苦を信ずるならば、罪業を、ついに重ねては犯さない。もし深く浄土のさとりの楽しみを信ずるならば、善心一たび起こって、長く退失することがない。

と善導大師は教えられています。”因果の道理”を浅く信じていることも行福にあたるということです。

つまり、”因果の道理”を信じるように勧めることが、散善を勧めることになるのです。

したがって、親鸞聖人が高森会長の”因果の道理”を信じるように勧められたのではありません。

『正像末和讃』誡疑讃

罪福信ずる行者は
 仏智の不思議をうたがひて
 疑城胎宮にとどまれば
 三宝にはなれたてまつる

と仰って、「罪福信ずる行者は 仏智の不思議をうたがひて」なのです。”因果の道理”を信じている親鸞会会員は、阿弥陀仏のお力を疑っている罪を造っているのです。それでこの後に

仏智うたがふつみふかし
 この心おもひしるならば
 くゆるこころをむねとして
 仏智の不思議をたのむべし

とも教えられて、厳しく誡められています。なぜなら、親鸞会で教える”因果の道理”は、仏智不思議と反するからです。親鸞聖人が教えられたのは”因果の道理”ではなく本願力回向なのです。本願力回向とは、大乗仏教の空に基づいた”因果の道理”です。高森会長の言っている”因果の道理”とは、全く違います。以前にも

会員は、「本願力回向」を疑っているから救われない

で述べました。

それならば、悪をしまくりでよいというのか

と親鸞会は反論するでしょうが、造悪無碍の発想しかでてこないところが、外道だというのです。

はっきり言っておきます。高森会長の言うことは何から何まで真宗教義に完全に反しているのですから、高森会長の話を正しく聞いて救われることはあり得ません。高森会長の話を聞き間違って逆に理解する芸当ができるなら、救われる可能性はあります。

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コメント

因果の道理も気をつけないと自身を破滅させるかもしれないですね。
少々遅い気付きですが気をつけていきます。

投稿: 廃棄物 | 2012年8月11日 (土) 00時20分

廃棄物 様

往生の因果と、世俗の因果を一緒に考えているのが、高森会長です。
真宗の教えを正しく学べば、そんな誤解はしないのですが、無知とは恐ろしいものです。

投稿: 飛雲 | 2012年8月11日 (土) 08時43分

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