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2012年6月14日 (木)

一切衆生、阿耨多羅三藐三菩提に近づく因縁のためには、善友を先とするにはしかず

高森会長は、先が読めなさ過ぎます。当ブログへの反論が、偽装本願寺僧侶のブログとは大変に面白いです。

私は、密かに偽装本願寺僧侶のブログを応援しています。

以前の偽装本願寺僧侶のブログは、私のことを「飛●氏」と表現していました。しかし今は「飛雲氏」と書いています。この変化は重要です。なぜなら、前者では当ブログの特定は容易ではなく、当ブログのアクセスに大きな変動はありませんが、後者なら当ブログが特定され、会員にも検索してアクセスしてもらえます。実際に、当ブログのアクセス数は、増えています。私が、偽装本願寺僧侶のブログ名を敢えて出さないのは、これが理由です。

それと、親鸞会の反論ではなく親鸞会の外の本願寺僧侶としての反論ですから、高森会長以外にも”正しい教え”を伝えている僧侶が本願寺にもいることになり、”無二の善知識”の否定となります。しかもこの管理人は”信心を獲た”と言っているのですから、高森会長から聞かなくても救われるということになります。従って会員が本願寺の話を一度聞いてみようかと思うきっかけになります。実際にそういう人があったそうです。

更には、当ブログを読んで多くの会員が退会しましたが、その対策を高森会長が何もしていないことを証明しているので、会員に不信を抱かせる要因にもなっています。

偽装退会者のブログも同じような効果があります。

ですから、密かに応援しています。

また書いている内容もその場しのぎで、次にどんな反論があるかなど想定もしていないから、すぐに矛盾を指摘されて困ってしまいます。これまで何度も言ってきましたが、親鸞会と法論する時には、相手の出してきた根拠の前後を読めば意味が違いますから簡単に論破できます。更には、過去に書いてきた内容との矛盾を指摘すれば終わりです。

兎に角、先が読めないのが、高森会長と親鸞会です。

さて、前置きが長くなりましたが、善知識への無条件服従について、もう少し述べておきます。
『法華経』に「善知識はこれさとりを得る大因縁なり」とあることを根拠に、仏教で善知識への無条件服従が当然のことして教えられている、と説明する講師部員もあるようですが、これも原文を当たれば、親鸞会の間違いに気が付きます。
このことはすでに

「清森問答」
質疑応答90

で浄土宗の”本物の”僧侶が説明しています。

善知識者是大因縁」という言葉は、『法華経』に存在します。
ただし、原文を見ると以下のようになっております。

 爾時雲雷音宿王華智佛告妙莊嚴王言。
 如是如是。如汝所言。若善男子善女人。
 種善根故。世世得善知識。其善知識。
 能作佛事示教利喜。令入阿耨多羅三藐三菩提。
 大王當知。善知識者是大因縁。
 所謂化導令得見佛。發阿耨多羅三藐三菩提心。

『妙法蓮華経』妙荘厳王本事品 大正vol.9, p.60c

 まず、釈尊と阿難との問答ではありませんし、内容も高森先生のお書きになられたようなものではありません。

 さらに、ここで「善知識」と訳されているもののサンスクリット文を見ると、kalyAn,a-mitra(善い友達、善友)になっております。

 したがって、内容から見ても、サンスクリットの単語から見ても、高森先生が理想とする高森先生と親鸞会の皆様の関係を示すような記述は、『妙法蓮華経』妙荘厳王本事品には存在しません。

これと同様の内容は、『教行信証』信巻に引かれた『涅槃経』にあります。

そのときに仏、もろもろの大衆に告げてのたまはく、〈一切衆生、阿耨多羅三藐三菩提に近づく因縁のためには、善友を先とするにはしかず。なにをもつてのゆゑに、阿闍世王、もし耆婆の語に随順せずは、来月の七日に必定して命終して阿鼻獄に堕せん。このゆゑに日に近づきにたり、善友にしくことなし〉と。

(現代語訳)

そのとき、釈尊は弟子たちに、<どのような衆生もこの上ないさとりに近づくためには、まず善き友を縁とするに越したことはない。阿闍世が、耆婆の言葉にしたがわなかったなら、来月の七日には必ず命が尽きて無間地獄に堕ちるところであった。だから、この上ないさとりに近づくためには、善き友を縁とするに越したものはない>と仰せになった。

善知識はこれさとりを得る大因縁なり」の意味は、こういうことです。「善友」が仏法に遇う因縁になる、ということです。聖道門においてでも、善知識(師)に対して無条件服従しなければ、悟りを開くことができない、という意味ではないのです。況や浄土門においてをや。

全てにおいて、根本的にずれているのです。親鸞聖人の教えとは、真逆の方に向かわせるのが高森教です。

以上で善知識への無条件服従、及び10項目すべての説明を一応終了します。

なお、当ブログの間違いをでっち上げて、本願寺の正しさを説明しているのが偽装本願寺僧侶のブログですが、本願寺が正しいと宣伝してくれるなら、私は本望です。私は会を作って会員を募ったことはありませんし、今後もするつもりはありませんので、本願寺と比較しての私への非難は、痛くも痒くもありません。教義だけでなく、感覚もずれまくっているのです。

当ブログは、かなりレベルの高い内容で書いてきましたので、思考停止の現会員には理解不能の部分も多いと思います。
従いまして、今後は親鸞会にならって、10項目を一口問答形式で、短く端的に表現していきたいと思います。

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コメント

高森さんは題目をとなえているだけのようですね

投稿: ななしのごんべえ | 2012年6月16日 (土) 07時20分

ななしのごんべえ 様

創価学会と同じですからね。

投稿: 飛雲 | 2012年6月16日 (土) 20時59分

オウムの件でニュースが持ちきりだけど、そろそろ親鸞会も不祥事起こして潰れないかな?と淡い期待を持ち始めた今日この頃。

このサイトが切っ掛けで退会できたのでこれからも応援します(・ω・´)

投稿: speed | 2012年6月17日 (日) 22時47分

speed 様

有難うございます。よろしくお願いします。

投稿: 飛雲 | 2012年6月18日 (月) 19時57分

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