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2012年5月27日 (日)

パクリで大学者気取りも、聖教を読んだことのない無知を晒しただけの高森会長

信心決定を摩訶不思議な体験として印象付けるために利用されるのが、二種深信です。しかし、その摩訶不思議な体験をしてもいないのにしたかのように装っているのが、高森顕徹会長です。

法然上人は『往生大要鈔』で

われら罪業重しと云へども、いまだ五逆をばつくらず。

と仰り、『浄土宗大意』でも

五逆をもつくらさるわれらを、弥陀の名号を称念せむに往生うたかうへからず。

と仰っています。
また聖覚法印は『唯信鈔』

われら罪業おもしといふとも五逆をばつくらず

と言われて、親鸞聖人がこのまま書写されて同行に読むことを勧められています。

これを法然上人、聖覚法印、親鸞聖人が

私は逆謗の屍とはっきり知らされた

体験のお言葉と理解するようなら、小学生以下です。

曇鸞大師の機の深信にあたるお言葉は、『讃阿弥陀仏偈』にある

われ無始より三界に循りて、虚妄輪のために回転せらる。
一念一時に造るところの業、足六道に繋がれ三塗に滞まる。

です。曇鸞大師は、煩悩虚妄の業によって三界をはてしなくめぐり、六道を抜け出せず、三悪道に留まっていることを仰ったのですが、どこをどう読んだら「逆謗の屍」という意味になるのでしょうか?これは曇鸞大師は「逆謗の屍」ではないと否定されたお言葉にしかなりません。

親鸞聖人は善導大師の『往生礼讃』の二種深信を承けられて、『高僧和讃』善導讃

煩悩具足と信知して
 本願力に乗ずれば
 すなはち穢身すてはてて
 法性常楽証せしむ

と仰っています。親鸞聖人は機の深信を「煩悩具足と信知して」と表現なされています。

善知識方のお言葉を通しても、機の深信とはつまり

煩悩によって輪廻し、自力では出離できない

ということにしかなりません。

逆謗の屍」という言葉は、大沼師からのパクリです。たとえば『法界』には、以下のようにあり、高森会長の説明は全くこの通りです。

十方の有情一人として逆謗の屍でない者は居ないのだ。若しないとすれば法蔵菩薩は願行を成就し替えなければならないのだ。五劫思惟の古に有漏の凡夫の腹底を見抜かれた時、世出世の最低の悪は逆謗の屍であることを見抜いて願行を成就されてあるのに素直な者と自惚れて居ては凾蓋相応しないのだ。
 調熟の光明のお育てにより調機誘引されて素地のまんまが照し出された時、唯除逆謗と除かれた屍が自分であった事に気がつくのだ。

大沼師は、『高僧和讃』曇鸞讃

名号不思議の海水は
 逆謗の屍骸もとどまらず
 衆悪の万川帰しぬれば
 功徳のうしほに一味なり

から、「逆謗の屍」と言ったのでしょうが、この御和讃は、五逆罪、謗法罪の人でさえも阿弥陀仏の功徳に包まれたならば、一味平等の世界に入ることができる、と教えられたお言葉です。このお言葉から、全ての人が「逆謗の屍」という解釈にはなりえません。

参考までに18願文と二種深信との関係を、大沼師の味わいを鵜呑みにして高森会長は

若不生者不取正覚」=法の深信
唯除五逆誹謗正法」=機の深信

と大学者気取りで説明していますが、間違いです。二種深信を詳説された存覚上人の『六要鈔』には、

次に深心を釈する中に、「二者」等とは、これ経文を牒す。「深」等というは、能信の相を明かす。「亦有」等とは、所信の事を顕かす。これ則ち機法二種の信心なり。「無有」等とは、正しく有善・無善を論ぜず、自の功を仮らず、出離は偏に他力に在ることを明かす。聖道の諸教は盛んに生仏一如の理を談ず。今の教は自力の功なきことを知るに依りて、偏に仏力に帰す。これに依りて、この信は殊に最要なり。「無疑」等とは、「若不生者不取正覚」、正覚既に成ず、故に無疑という。「即得往生住不退転」一念誤ることなし、故に無慮という。

とあります。二種深信と本願文とを対応して書かれているのは、法の深信と「若不生者不取正覚」だけです。機の深信に対応する本願文については記されていません。
大沼師の味わいを真宗学の基本と勘違いしただけのことです。

聖教を読んだことがない高森会長が無知であることを晒しただけです。

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コメント

最近のご教導

◎群敵に斬り込む剣士たれ。
親鸞学徒は群賊悪獣の群敵に
斬り込む剣士でなければならぬ。
利剣即是弥陀名号 親鸞学徒の一言一言は
大衆の永久の迷妄を斬り開く利剣である。
 
あの木の陰には幾人 こちらの岩陰には何人
どれくらいの使い手か 相手の力量の
誤算もあってはならない。
正確な邪悪の把握が破邪顕正には肝要である。

以上 訳分からんご教導でした。
陣頭指揮のお前が斬り込めよって思います。

投稿: おすぎ | 2012年5月27日 (日) 21時07分

おすぎ 様

貴重な情報、有難うございました。
多分、特攻隊をイメージしているのでしょう。
講師部員、会員を討ち死にさせて、延命を図るのが目的と思います。
無条件降伏はしないでしょうが、親鸞会の終焉が近いのではないでしょうか。

投稿: 飛雲 | 2012年5月27日 (日) 21時14分

>最近のご教導

見事なまでに親鸞会らしいなと思って笑ってしまいました。

「群賊悪獣」って二河白道の喩えに出てくる言葉ですよね。
二河白道で伝えてることって、「群賊悪獣に斬り込め」でしたっけ?
群賊悪獣なんて放っといて白道を往け、ではないところが流石だなと思いました
群賊悪獣の声が気になって仕方がないから、声の発生源を潰さないと安心できないんでしょう。
結果、釈尊の発遣も阿弥陀如来の呼び声もそっちのけになってるのも、実に親鸞会らしい。
「群賊悪獣」を始末してから、やれやれと安心して白道を渡るつもりなんでしょうか。
威勢よく斬り込んでいくだけの力と余裕があるんだから、三定死だなんて考えもしないでしょうね。

投稿: | 2012年5月27日 (日) 22時40分

>>群敵に斬り込む剣士たれ。
>> 親鸞学徒は群賊悪獣の群敵に
>> 斬り込む剣士でなければならぬ。
>> 利剣即是弥陀名号 親鸞学徒の一言一言は
>> 大衆の永久の迷妄を斬り開く利剣である。

弥陀の名号を我々人間の智恵レベルにまで貶める記述ですね。
親鸞学徒の一言=弥陀の名号
ですか…
トホホですね。

投稿: | 2012年5月27日 (日) 22時54分

毎日訪問させて頂いています。本当に高森会長らしい教導で感心しました。
会員に戦わせないで高森会長自身が成敗したらいいと思います。会員を斬り込ませないで自身で破邪して下さい。勿論高森会長にそんな教学もありません。だから威勢だけを会員に見せているのでしょう。飛雲様は今後も高森会長を少しでも善悪の分別が理解可能な人間に導いてあげて下さい。
お願いします。

投稿: 過去に会員 | 2012年5月27日 (日) 23時03分

しかし、ここまでバレバレなのにどうして今もこだわり続けているのか。
会長は、負けるのが嫌なんですね。
誰にも文句言わせない。
自分が100%正しい方なんですね。
どうしようもない人だ。
親鸞聖人と対極の人ですね。
池田大作と同じか。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

投稿: とくよしみね | 2012年5月27日 (日) 23時32分

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