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2012年3月23日 (金)

法論を怖れる「群賊」

報告するまでもないでしょうが、親鸞会から何の連絡もありません。過去に何回も惨敗逃亡を繰り返しているのですから、親鸞会が法論に応じることはないでしょう。それなら、会員や退会者にまで偉そうな態度で邪義を喚き散らすな、と言いたいです。

さて高森会長は、創作二河白道の話が好きです。高森邪義をこの創作話に満載できるからです。その一つが、信一念のところです。
三定死」で地獄一定と叩き落とされ、それと同時に、極楽一定と浮かび上がって、それまで歩んでいた細い「白道」が無碍の大道となる、と話をしています。二河白道の譬えを読んだことのある人なら、全くの出鱈目創作話であることが判ります。

『教行信証』信巻に引かれた『散善義』の譬え話は以下の通りです。

たとへば人ありて、西に向かひて行かんとするに、百千の里ならん。忽然として中路に見れば二つの河あり。一つにはこれ火の河、南にあり。二つにはこれ水の河、北にあり。二河おのおの闊さ百歩、おのおの深くして底なし、南北辺なし。まさしく水火の中間に一つの白道あり、闊さ四五寸ばかりなるべし。この道、東の岸より西の岸に至るに、また長さ百歩、その水の波浪交はり過ぎて道を湿す。その火焔(焔、けむりあるなり、炎、けむりなきほのほなり)また来りて道を焼く。水火あひ交はりて、つねにして休息することなけん。

この人すでに空曠のはるかなる処に至るに、さらに人物なし。多く群賊・悪獣ありて、この人の単独なるを見て、競ひ来りてこの人を殺さんとす。死を怖れてただちに走りて西に向かふに、忽然としてこの大河を見て、すなはちみづから念言すらく、〈この河、南北に辺畔を見ず、中間に一つの白道を見る、きはめてこれ狭少なり。二つの岸あひ去ること近しといへども、なにによりてか行くべき。今日さだめて死せんこと疑はず。まさしく到り回らんと欲へば、群賊・悪獣、漸々に来り逼む。まさしく南北に避り走らんとすれば、悪獣・毒虫、競ひ来りてわれに向かふ。まさしく西に向かひて道を尋ねて去かんとすれば、またおそらくはこの水火の二河に堕せんことを〉と。時にあたりて惶怖することまたいふべからず。すなはちみづから思念すらく、〈われいま回らばまた死せん、住まらばまた死せん、去かばまた死せん。一種として死を勉れざれば、われ寧くこの道を尋ねて前に向かひて去かん。すでにこの道あり、かならず可度すべし〉と。

この念をなすとき、東の岸にたちまちに人の勧むる声を聞く、〈きみただ決定してこの道を尋ねて行け。かならず死の難なけん。もし住まらばすなはち死せん〉と。また西の岸の上に、人ありて喚ばひていはく、〈なんぢ一心に正念にしてただちに来れ、われよくなんぢを護らん。すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ〉と。

この人、すでにここに遣はし、かしこに喚ばふを聞きて、すなはちみづからまさしく身心に当りて、決定して道を尋ねてただちに進んで、疑怯退心を生ぜずして、あるいは行くこと一分二分するに、東の岸の群賊等喚ばひていはく、〈きみ回り来れ。この道嶮悪なり。過ぐることを得じ。かならず死せんこと疑はず。われらすべて悪心あつてあひ向かふことなし〉と。この人、喚ばふ声を聞くといへども、またかへりみず、一心にただちに進んで道を念じて行けば、須臾にすなはち西の岸に到りて、永くもろもろの難を離る。善友あひ見て慶楽すること已むことなからんがごとし。

(現代語訳)

ここに一人の人がいて、百千里の遠い道のりを西に向かって行こうとしている。その途中に、突然二つの河が現れる。一つは火の河で南にあり、もう一つは水の河で北にある。その二つの河はそれぞれ幅が百歩で、どちらも深くて底がなく、果てしなく南北に続いている。その水の河と火の河の問に一すじの白い道がある。その幅はわずか四、五寸ほどである。
この道の東の岸から西の岸までの長さも、また百歩である。水の河は道に激しく波を打ち寄せ、火の河は炎をあげて道を焼く。水と火とがかわるがわる道に襲いかかり少しも止むことがない。

この人が果てしない広野にさしかかった時、他にはまったく人影はなかった。そこに盗賊や恐ろしい獣がたくさん現れ、この人がただ一人でいるのを見て、われ先にと襲ってきて殺そうとした。
そこで、この人は死をおそれて、すぐに走って西に向かったのであるが、突然現れたこの大河を見て次のように思った。『この河は南北に果てしなく、まん中に一すじの白い道が見えるが、それはきわめて狭い。東西両岸の間は近いけれども、どうして渡ることができよう。わたしは今日死んでしまうに違いない。東に引き返そうとすれば、盗賊や恐ろしい獣が次第にせまってくる。南や北へ逃げ去ろうとすれば、恐ろしい獣や毒虫が先を争ってわたしに向かってくる。西に向かって道をたどって行こうとすれば、また恐らくこの水と火の河に落ちるであろう』と。こう思って、とても言葉にいい表すことができないほど、恐れおののいた。そこで、次のように考えた。『わたしは今、引き返しても死ぬ、とどまっても死ぬ、進んでも死ぬ。どうしても死を免れないのなら、むしろこの道をたどって前に進もう。すでにこの道があるのだから、必ず渡れるに違いない』と。

こう考えた時、にわかに東の岸に、《そなたは、ためらうことなく、ただこの道をたどって行け。決して死ぬことはないであろう。もし、そのままそこにいるなら必ず死ぬであろう》と人の勧める声が聞えた。また、西の岸に人がいて、《そなたは一心にためらうことなくまっすぐに来るがよい。わたしがそなたを護ろう。水の河や火の河に落ちるのではないかと恐れるな》と喚ぶ声がする。

この人は、もはや、こちらの岸から《行け》と勧められ、向こうの岸から少しも疑ったり恐れたり、またしりごみしたりもしないで、ためらうことなく、道をたどってまっすぐ西へ進んだ。そして少し行った時、東の岸から、盗賊などが、〈おい、戻ってこい。その道は危険だ。とても向こうの岸までは行けない。間違いなく死んでしまうだろう。俺たちは何もお前を殺そうとしているわけではない〉と呼ぶ。しかしこの人は、その呼び声を聞いてもふり返らず、わき目もふらずにその道を信じて進み、間もなく西の岸にたどり着いて、永久にさまざまなわざわいを離れ、善き友と会って、喜びも楽しみも尽きることがなかった。

さて、「三定死」はどこにいる時のことでしょうか?
もちろん東の岸にいる時であり、「白道」を歩む前です。「三定死」の前後で一念の水際が立つと高森会長は説明しているのですから、「白道」を信前としたなら矛盾以外の何物でもありません。兎に角、創作二河白道の話は、矛盾しかないのです。

ところで、旅人が迷っていたのは、「白道」に足を1歩踏み出すかどうです。「白道」は18願他力念仏の道ですから、18願1つでいいかどうかを迷っていたのです。18願1つと心が定まった時が、「白道」に1歩足を踏み出したときであり、他力に帰した時なのです。従って、信心決定とは実に簡単なことなのです。「白道」に1歩足を踏み出すだけなのですから。しかし、細い細い道であるから、大丈夫だろうかと仏智を疑ってその1歩がなかなか踏み出せず、また邪義を喚き散らす者がいるから迷ってしまうのです。

  • 煩悩と戦うのが求道だ
  • 善をしなくてもいいなどということがあり得るか
  • まずは19願からはじめなければならない
  • 宿善が厚くならなければ絶対に救われない
  • 18願だけでいいという者に騙されるな

などと喚き散らす者達のことを「群賊」といいます。

『愚禿鈔』には

「群賊」とは、別解・別行・異見・異執・悪見・邪心・定散自力の心なり。

とあります。

別解」の説明は『一念多念証文』にあります。

別解は、念仏をしながら他力をたのまぬなり。別といふは、ひとつなることを、ふたつにわかちなすことばなり、解はさとるといふ、とくといふことばなり、念仏をしながら自力にさとりなすなり。かるがゆゑに別解といふなり。また助業をこのむもの、これすなはち自力をはげむひとなり。自力といふは、わが身をたのみ、わがこころをたのむ、わが力をはげみ、わがさまざまの善根をたのむひとなり。

要するに、「群賊」とは、自力の心、自力に拘っている人のことです。

群賊」とはまさに高森会長であり、講師部員のことです。自分が「群賊」であることも気が付かず、18願他力1つを勧める人を高森会長も講師部員も「群賊」と言っているのですから、無知もここまでくると無恥でしょう。

しかし、法論を怖れる「群賊」では、威圧感はありませんね。最近は退会が容易になったそうですし、未だ会員を続けている方も、早く、怖くもない「群賊」を振り切って、「白道」に足を1歩踏み出してください。

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コメント

あと二河譬にて高森会長は、西岸上の人の喚び声を聞いて水火二河が光明の広海になると説明していますね。白道に踏み出す前後で水火二河は変わらないというのに、出鱈目創作の邪義を撒き散らさないで頂きたいです。

投稿: 淳心房 | 2012年3月23日 (金) 23時13分

月毎の会員数の変移が分かればよいのですが流石にその手の情報は流れませんか。

投稿: A | 2012年3月24日 (土) 18時50分

淳心房 様

御尤もです。今では、聖教などどうでもよいのでしょう。高森会長が創作した教義がすべての高森教です。


A 様

会員から少し聞いていますが、具体的な変移まではわかりません。

投稿: 飛雲 | 2012年3月24日 (土) 21時03分

会員数の変遷やA会議の情報など、当の昔にダダ漏れなのでは。
M晴への会長移行の頃から、すでに情報が漏れていて、そのせいで移行がうまくいかなかった経緯もある。

投稿: | 2012年3月24日 (土) 22時26分

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