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2011年12月 4日 (日)

親鸞会の信心偽装・教義偽装の手口

大学で新入生を勧誘する時期になると、学友部員は信心を偽装します。

新入生:先輩は救われているのですか?
先輩会員:もちろん。

この「もちろん」の後について、新入生は「救われている」という言葉を補います。しかし、先輩会員は「救われていない」の意味だ、とかなり後になって説明します。嘘をついていない、と言い訳したいのでしょうが、実際は新入生を巧妙に騙しているのです。

最近では、これと同じことを講師部員が一般の会員や外部の人にも言っています。

一般会員:○○講師は救われたと聞きましたが、本当ですか?
講師部員:大宇宙一の幸せ者です。

質問の答えになっていないのですが、高森会長が「救われたならば大宇宙一の幸せ者になる」と教えていますので、それを知っている人には、その講師部員は救われたのだと誤解させることができます。しかし追及して尋ねれば、「真実を知らされた、大宇宙一の幸せ者です」と言うでしょう。

これが親鸞会の騙しの手口です。

アニメ頒布の際にも、この手口が発揮されました。

自己紹介の際に

販売員:本願寺の方から来ました。

近所の人がアニメを買ったのかどうか尋ねられたら

販売員:皆さん喜ばれています。

直接の嘘は言っていないという逃げ道を作っておいて、誤解するようにしているのです。

これは教義においても全く同じです。親鸞会の教義の間違いを指摘すると、「そんなことは言っていない」とか平気でいいます。確かに、一言半句その通りには言ってはいないかもしれませんが、同じ意味のことを言っているのです。だから、どのように教えているかを尋ねても、はっきり言わないのです。

教義のことは、聖教に副っているかどうかで、簡単に判別がつきます。以前に何回か掲示したことに、宿善を付け加えておきます。

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
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高森会長 必堕無間

2.五逆罪・謗法罪について

親鸞聖人 造っている人と造っていない人がいる
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高森会長 造っていない人はいない、全ての人は生まれながらに造っている

3.善人と悪人について

親鸞聖人 善人と悪人とがいる
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高森会長 善人はいない、すべての人は悪人である

4.獲信のために善は必要か

親鸞聖人 念仏1つ、獲信に善は不要
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高森会長 善をしなければ絶対に獲信できない

5.白道とは

親鸞聖人 自力の心にあらず
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高森会長 自力

6.定散二善について

親鸞聖人 定散二善を捨てよ
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高森会長 定散二善をせよ

7.19願について

親鸞聖人 19願を捨てよ
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高森会長 19願を実践せよ

8.宿善について

親鸞聖人 過去世の善根の厚薄と、往生・獲信とは関係ない
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高森会長 過去世の善根の薄い者が、そのままで往生・獲信することはありえない

親鸞会の信心偽装についても

信心を偽装しているのがバレバレのお粗末さ

偽の二種深信が立っていることを公言している偽の獲信者

で詳しく述べました。
真実信心を体得したと本気で主張したいのなら、歴代の善知識方の仰せと同じことを聖教上の御文で証明してみせればいいのです。

当ブログは、聖教に基づいて書いています。根拠を豊富に挙げていますので、偽装はできません。

反論があれば、いつでもどうぞ。
ただし、自分は救われてこんなことが知らされたのだ、という体験談での証明など、反論でも何でもないです。

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コメント

会員の時はいつ聞かれるだろうかとびくびくしていました。
聞かれずに退会出来てしまいました。

投稿: 影楼 | 2011年12月 4日 (日) 12時47分

影楼 様

私もびくびくしていました。
普通の感覚の残っている人なら、心が痛みむ筈ですが、彼らには普通の感覚も罪悪感もないのでしょう。

投稿: 飛雲 | 2011年12月 4日 (日) 18時49分

私が入会した 昭和60年前後は 当時総参謀?(M晴氏)が救われている
という話でした。何時の間にやら「他人の信心を詮索するのはよくない」、
「三業で信心は計れない」とか言い出して「誰々が救われた」等の 話はしなくなりました。
自然とM晴氏の信心も 言わなくなりましたね。

「往生すっきり往生はっきり」のテープも流さなくなったのもこのころだったように
思います。
 

投稿: おすぎ | 2011年12月 4日 (日) 21時23分

おすぎ 様

M晴氏が未信であることは、いろいろの場面で確認されています。自ら言ったこともありますし、会長から言われたこともあります。ただ、入会前の人、あるいは入会後あまり時間の経っていない人には、獲信しているという前提で先輩が話をしてきたのも事実です。

獲信者の話が以前はよくあったのに、御指摘の通り、途中から話をしなくなりました。獲信したと言われていた人も退会したりして、訳がわからなかったです。

投稿: 飛雲 | 2011年12月 4日 (日) 21時47分

M晴氏が自分で未信だと言ったことがあるのですか?
いつ頃、どんな場ででしょうか?

投稿: | 2011年12月 4日 (日) 22時37分

いつかは忘れましたが、ある年の初聞法会だったか、何かの説明で壇上に上がったM晴が、

「今年こそは獲信します」

と新年の決意を発表したことがありました。

投稿: 昔の会員 | 2011年12月 4日 (日) 22時41分

一事が万事、万事が一事です。アニメ販売での個人宅訪問で( 本願寺からきました。) 正確には京都から西の都市ならば、( 本願寺の方角からきました。親鸞会です。) アニメを販売する為に本願寺の知名度と権威を巧みに利用しての販売ならば、完全な詐欺商法です。
言い訳として、京都から西だから正しく、聞いた相手が勝手に思い込むのは勝手だ。
親鸞会の領布指導で、そうなったのでしょう。目的の為なら手段を選ばず。
本願寺の販売員にナリスマシ。高森会長自身が善知識にナリスマシていますから、高森会長の指導よろしくです。その調子で親鸞聖人の教義も勝手にネジ曲げたのですね。飛雲様これからも高森会長の御指導お願いします。今回の投稿有り難うございます。

投稿: 過去に会員 | 2011年12月 6日 (火) 21時59分

例の「本願寺の方から来ました」というセリフをチューリップ社のアニメ頒布指導員から聞いたとき、これは指導する上でのツカミのギャグなんだろうと思いました。しかし、ギャグなどではなく本気の指導内容だったのです。これにはさすがに「マジ?」と心が呟きました。なりふり構わず真実開顕する、と言えば格好いいですが、実際は教線拡大のためにはアコギなこともやって良し、とワガママを通そうとしているのです。

投稿: | 2011年12月 7日 (水) 08時22分

過去に会員 様
名無し 様

アニメのことで反響があるとは思っていませんでした。
仏法のことも世間のことも、自分の都合で捻じ曲げ続けているのが高森会長です。
高森会長を指導することは無理ですが、会員には目覚めてもらいたいですので、そのために頑張りたいと思います。

投稿: 飛雲 | 2011年12月 7日 (水) 20時23分

初めまして。
現在親鸞会に入会しておりますspeed(勿論ハンネ)と申します。

なかなか時間がとれないなか、たまたまこのブログを読み、非常に複雑な気持ちです。
かといって、親鸞会の皆様は色々親切にして下さり、感謝しています。

さて、このブログでは親鸞会や会長、講師の方々がディスられており、正直不安になりました。
かといって、現段階で親鸞会を脱会するつもりはありません。


飛雲氏、親鸞会のどちらが正しいかは親鸞会員なりたての自分には分かりません。
ですから万一親鸞会が正しかったら自分は地獄行きということになり、絶対親鸞会が間違っていると思えない限り会員であり続けるつもりです。


さて、本の少しの記事しか読んでませんが、親鸞会に疑いが生じました。


はっきり申しますと、信心決定できれば親鸞会側にいようが飛雲氏側にいようが全くもってどうでもいいです。
願わくば、記事に載っている議論などの証拠をお見せしていただきたい。
記事等での議論も多々あったかと思いますが、偽名で偽って議論していた可能性も捨て切れません。
願わくば音声つき(電話等)の証拠、もしくは無理やりにでも講師と議論しにいって、その内容をアップしていただければ幸いです。


とにかく今は証拠がほしい。
そして信心決定をさせて下さる真の善知識がほしい。
いきなりで非常に無礼とは思いますが、ことは後生の一大事。いても立ってもいられずコメしました。


余談ですが、以前講師の方に信心決定の瞬間について問うたことがあり、記事通り教えてくれませんでした。
もし良ければ飛雲氏の決定談もお聞かせしていただきたいです。

長々と失礼しました。
出来ればメールアドレスの方にメールを送っていただきたいです。
この記事もブックマークします。

投稿: speed | 2011年12月 7日 (水) 22時57分

皆さん、様子を見ているようなので私が書き込みます。
縁ある人はいるもんだね。
早く気が付いて良かったね。

親鸞会についての証拠は、自分で見つけてください。
至るところに転がっています。
もう知っておられるかもしれませんが、親鸞会ブログポータルでも見てください。
また、元講師の「私の白道」でも読んでみてください。

教えについては御文章一つ良く読んでみてください。
真宗聖典の御文章も読んでみてください。
時間がないなら、少しずつでもかまわないので確認してみてください。

必ず、信心決定出来ます。
必ず阿弥陀様にお会いすることが出来ます。
現在、ただ今、そのままの救いです。
南無阿弥陀仏一つです。
私が誓っているのではありません、阿弥陀様が誓われているのです。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

投稿: とくよしみね | 2011年12月 7日 (水) 23時52分

>>とくよしみね氏

とりあえず一番重要な信心決定は生きている間にできることは親鸞会と同じなんですね。
それだけでも安心しました。

かなり多忙ゆえ、お聖教を読む時間もなかなかありませんが、頑張ってみます。


以前、信心決定には善知識が必ず必要と教わりましたが、お聖教を拝読しまくれば助かるものなのですか?


それととくよしみね氏は既に信心決定なさっていますか?
もし宜しければ詳しく教えてほしいです。

あと、まだどちら側が正しいなどの確信がありませんし、とりあえず当分は中立的な立場でいようと思います。
言葉を汚くすれば、親鸞会のモグリとして(゜ω゜)

投稿: speed | 2011年12月 8日 (木) 00時37分

speedさんへ

もう寝ます。

あわてず、じっくり一つずつ確認してみてください。
人の信心の事は気にせず・・・(でも、気になるよね)
私の書き込みは、飛雲さんや安心問答に沢山あります。
それを読まれて判断してください。

おやすみなさい。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

投稿: とくよしみね | 2011年12月 8日 (木) 00時45分

>>とくよしみね氏

返信ありがとうございます。
呼吸の間が後生なので慌てたいですが、同じく睡魔にやられそうなので自分もそろそろ寝ようかと思います。(明日も大学だしorz)

とりあえず暫くはじっくり考えてみます。
まさに信疑一如で、今はどんな情報も疑いの目で見てしまいます。
多分今の自分は証拠を見せ付けられないと納得しない、堅物になってます。

しかし親鸞会の講師の信心が偽だとすると、実際には一体どれくらいの人が信心決定しているのか気になります。
いきなりお邪魔しましたが、また色々聞いたりすると思いますので、傲慢ですがそのときは宜しくお願いします。

それではおやすみなさい。

投稿: speed | 2011年12月 8日 (木) 01時04分

speedさん

なるほど、証拠ですか。
体験に証拠はありません。体験談を聞きたいということですが、それを聞いても証拠にはならないと思います。

お聖教を根拠とするならば、お聖教とその体験が同じかどうかが問題です。

親鸞会が正しい救いの体験かどうかの根拠にしている二種深信についていえば、親鸞会はお聖教とは異なる二種深信であることを

信心を偽装しているのがバレバレのお粗末さ
http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-51e3.html

偽の二種深信が立っていることを公言している偽の獲信者
http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-a787.html

で説明されています。

昨年の法論の証拠は、

1.飛雲(誡疑讃) http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-d48e.html
飛雲氏 VS M野氏 > M野氏が論点ずらしの末、議論を放棄

2.[mixi]三願転入トピック(三願転入) http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=51573620
sutybi氏 VS こうへい氏 > こうへい氏がsutybi氏を強制退会させ、後に議論を放棄

3.飛雲(方便) http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-2c3a.html
飛雲氏 VS M野氏 > M野氏が論点ずらしの末、議論を放棄

4.飛雲(化土往生・二種深信) http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-c51e.html
元会員 VS O倉氏 > O倉氏が論点ずらしの末、議論を放棄

5.飛雲(定散の諸機) http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-f7c4.html
飛雲氏 VS M野氏 > M野氏が論点ずらしの末、議論を放棄

6.飛雲(化土往生) http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-cfb0.html#comments
飛雲氏 VS M野氏 > M野氏が論点ずらしの末、議論を放棄

7.飛雲(19願・化土往生・逆謗) http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-7f61.html
元会員 VS M浦氏 > M浦氏が議論を放棄

8.飛雲(真仮) http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-6df9.html
飛雲氏 VS M野氏 > M野氏が議論を放棄

9.飛雲(善悪の凡夫) http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-eb89.html
飛雲氏 VS M野氏 > M野氏が議論を放棄

10.飛雲(必堕無間・逆謗闡提) http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-8073.html
飛雲氏 VS M野氏 > M野氏が議論を放棄

です。mixiの法論については、コミュニティの管理者が会員、副管理者が原田講師であるため、トピックごと削除されました。嘘だと思われるのであれば、

mixi内の信仰と対話コミュニティの*「三願転入」議論継続トピック*
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=53217382&comm_id=2135313

を読んでみてください。

mixi内の★親鸞聖人★ コミュニティの自己紹介はこちらへ
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14508190&comm_id=1770759

にも当時のやりとりの断片、削除についても書き込みがあります。

これを原田講師に確認すればいいでしょう。
まともに答えないと思いますので、それが証拠です。


投稿: 昔の会員 | 2011年12月 8日 (木) 01時35分

speed 様

コメント有難うございました。
まず、決定談が知りたいということで、何を期待されているのかわかりませんが、「今から丁度2年前、自力を捨てて他力に帰す」です。

法論の証拠は昔の会員さんが紹介された通りですが、mixiにはこうへい氏の写真も出ていますので、間違いなく本人です。7のM浦講師も、当時のある会員を通じて文章でやり取りしたものですから、間違いなく本人です。4のO倉講師も、奥越のブログ主から間違いないです。M野講師に関しては、コメント欄であったり、複数のブログであったりと、様々で、本人と認めていないので、疑われるのであれば除外しても結構です。

最近の例では、K玉講師のことを書いていますが、エントリーに書いた通り法論以前の状態で終わっています。直接本人に確認された方が早いでしょう。私にはメールを1通しか送ってきていませんが、ある元会員さんとは、メールでのやりとりもありますので、必要とあれば、その内容を教えます。

それと真の知識という考え方は、あまりよくないです。特定の人物を指しているのでしょうが、それは親鸞会に毒された考え方です。多くの善知識がおられますので、その中で、自分にあう善知識を見つけられればよろしいでしょう。もちろん高森会長は完全に除外してです。

投稿: 飛雲 | 2011年12月 8日 (木) 07時05分

経験の少ない、社会を知らない大学生が、堕地獄で脅され信心決定という餌をチラつかされてS会に嵌っていく原理が見えるようだ
そして大学生がS会の恰好の餌食になるわけも分かるなあ

投稿: | 2011年12月 8日 (木) 14時24分

>>昔の会員氏
わざわざリンクを多々ありがとうございます。
まだチラッとしか読めていませんが、時間があるときにじっくり読みたいと思います。

>>飛雲氏
初めてあなたのように自分の決定談を堂々と仰る人と出会いました。(実際会ってはないけどorz)
これだけでも自分にとって大きな支えです。正直、今まで決定談を聞いた事がなかったので、信心決定そのものにすら疑っていました。
まだあまり多くの講師と会ったことがないので、知らない名前ばかりですが、1人特定しました。
それが本当なら悲しい限りです。
自分としてはこれ以上モヤモヤするのは嫌なので、直接対決して頂きたいです。本当に堅物で申し訳ないですが、もし脱会するときは確実な証拠を以てして脱会します。

しかし親鸞会の講師の方々は表面上は皆優しいので、諸善はできているということになるんですかね?
それに親鸞会に出会わなければ後生の一大事も知らずに沈んでいたと思うと、何か複雑・・・。

自分も結構優柔不断なところがあるので、暫く様子見します。出来ればカマもかけます。


1つお聞きしたいのですが、救われるには宿善は必要ですか?出来れば根拠も共に挙げてほしいです。

投稿: speed | 2011年12月 8日 (木) 19時37分

speedさんへ

大学生ですか。
私も大学生から親鸞会にご縁があってうん十年経ちましたが数年前に退会しました。
似たような人は、ここに沢山いますよ。

昔の会員さん、ありがとうございます。
私もリンク張ろうかなと思ったのですが・・・。

飛雲さんもハッキリ言われているように、自力から他力に必ず帰すことが出来ます。
「出来ます。」は、本当は「させられます。」ですがわかりにくいのでとりあえず今は、「出来ます。」です。
しかし、親鸞会にいてはそれこそ「万劫にも遇い難し」です。

宿善については、今現在ここにご縁があること、今ここで本当の浄土真宗の教えに遇っていることが宿善の人です。
宿善のある人ということです。
後は阿弥陀様にお会いするだけです。

あわてず、あわてず、じっくり、じっくり、一つ一つ確認してください。
今は、講師に向かうのは止めておいたほうがいいです。
とにかく今はやめておいた方がいいです。

時間はあります。
阿弥陀様が付いておられます。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

投稿: とくよしみね | 2011年12月 8日 (木) 21時15分

>>とくよしみね氏

返答ありがとうございます。
宿善の意味も自分が教えられたものと違い、更に困惑している次第であります。


あと、時間はありますと仰いますが、
出息入息不待命終ではないでしょうか?

投稿: speed | 2011年12月 8日 (木) 21時40分

speed 様

宿善については、後でエントリーを書いておきます。
親鸞会では出息入息不待命終だから、必堕無間が迫っていると脅迫してきますが、そんなことではありません。今生の短い時間と比較して、死後の永いことを言われたのであって、脅しのためのお言葉ではありません。時間はあるというのは、現実的なこととして、まだ何年何十年も生きられるのですし、阿弥陀仏の救いには、有り余る時間を有しているのです。

親鸞会で教えられたことは、デタラメばかりですから、親鸞会的な発想を捨てていくようにされた方がいいでしょう。

投稿: 飛雲 | 2011年12月 8日 (木) 22時16分

speedさんへ

「出息入息不待命終」
本当にそう思っていますか。
今死ぬかもしれないと思えますか。
いてもたってもいられないくらい、後生の一大事が気にかかりますか。
食事ものどを通らない、眠ることも出来ないくらい気に掛かっていますか。

本当に「出息入息不待命終」だと人様に向かって言えますか。

寝る間も惜しんで仏法一筋、阿弥陀様に向かうことが出来ますか。
今死んでもかまわないから解決したいと本気で思っていますか。
自分の心に問うてみてください。

聖道門の人も同じですが寝ていますよ。

自己矛盾です。
それが私の姿です。
真実を真実と受け止められないから、無明なのです。
分かってはいるが、止められないは分かっていないのです。

飛雲さんや安心問答、21世紀の浄土真宗を考える会などを一通り読んでみてください。
大学生なら時間があるでしょう。
貴方をこの世に出すために、そして救うために阿弥陀様がご苦労されているのです。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

投稿: とくよしみね | 2011年12月 8日 (木) 22時23分

>>飛雲氏
この御文の解釈の仕方までも異なっていたのですか!?
もう何を信じて良いのやら・・・。

>>とくよしみね氏
確かに精神病患者のように常に気にかかっているわけでなく、普通の生活ができています。
時々考えると怖くなるだけで、一時的なものでした。
とても人様に偉ぶって言える言葉ではありませんね。

親鸞聖人も、「呼吸の頃すなわちこれ来生なり」と仰っていますが、これも今生の短い時間と比較して、死後の永いことを言われたものなのでしょうか?

投稿: speed | 2011年12月 8日 (木) 22時42分

speed 様

『教行信証』行巻

『楽邦文類』にいはく、「総官の張掄いはく、〈仏号はなはだ持ち易し、浄土はなはだ往き易し。八万四千の法門、この捷径にしくなし。ただよく清晨俛仰の暇を輟めて、つひに永劫不壊の資をなすべし。これすなはち力を用ゐることは、はなはだ微にして、功を収むることいまし尽くることあることなけん。衆生またなんの苦しみあればか、みづから棄ててせざらんや。ああ、夢幻にして真にあらず。寿夭にして保ちがたし。呼吸のあひだにすなはちこれ来生なり。ひとたび人身を失ひつれば万劫にも復せず。このとき悟らずは、仏もし衆生をいかがしたまはん。願はくは深く無常を念じて、いたづらに後悔を貽すことなかれと。浄楽の居士張掄縁を勧む〉」と。

(現代語訳)

『楽邦文類』にいっている。

 「総官の職にあった張掄がいう。<仏の名号ははなはだたもちやすく、浄土ははなはだ往きやすい。八万四千の法門の中で、これ以上の近道はない。明け方のわずかな時間をさいても、ぜひ、永久に損なわれることのない功徳をたくわえるべきである。仏の名号をたもつのは、力を用いることがはなはだ少なくて、功徳を得ることがはかり知れない。人々は何の苦しみがあって、自らこのような尊い法を捨ててしまい、修めようとしないのであろうか。ああ、人生は夢幻のようであり、真実のものは何一つない。寿命ははかなくて、長くたもつことができない。わずか一呼吸ほどの間にすぐ来世となる。ひとたび人としての命を失えば、もはや一万劫を経てももとにはかえらない。今この時目覚めなかったなら、仏にも、わたしたち衆生をどうすることもできない。どうか、深く無常を思って、いたずらに悔いを残すようなことはしないでほしい。浄楽居士張掄、縁のある人々に勧める>


短い今生の楽しみに浮かれるのではなく、永い未来のことを考えるべきだ、ということです。言葉足らずだったと思いますが、時間の長さではなく、未来のことを考えよ、という誡めです。

投稿: 飛雲 | 2011年12月 8日 (木) 22時57分

「呼吸の頃すなわちこれ来生なり」
一息一息後生と触れあっていると教えられますが、これは正しいです。
(詳しくは、「信偽検証」さんのブログに書かれておりますので参考にしてください。)
だからこそ、現在、ただ今、そのままの私を救うと阿弥陀様が誓われているのです。
こちらに条件は、ありません。
書くと長くなるので、これまでにしておきます。

また、ご縁がありましたら。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

投稿: とくよしみね | 2011年12月 8日 (木) 23時02分

失礼しました。
時間差で飛雲さんが先に書かれておりました。
書かれているとおりです。

では、では

投稿: とくよしみね | 2011年12月 8日 (木) 23時04分

>>飛雲氏
>>とくよしみね氏

う~ん、なかなか深い内容ですね。
夜遅くまでありがとうございます。

投稿: speed | 2011年12月 8日 (木) 23時35分

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