« 戒福も、まず破戒してからでしたよね | トップページ | 某ブログを閲覧されている皆様へ(コメントの紹介) »

2011年8月12日 (金)

定散の善は諸行往生のことばにをさまるなり

会員が減っているので、親鸞会の財政が厳しくなっています。それで、会場費を皆さんから集めることになりました。

このようなことを会員は支部長からいわれているそうです。会員の減少を公言しなければならない程、財政が逼迫していることを物語っています。
親鸞会における親鸞聖人750回忌法要の参加費も、1日3万円で、3日で9万円、と驚くような額を要求されています。750回忌までは会員を続けると思っていた会員までも、750回忌は行かない、と言い始めています。
当然です。

この親鸞会の危機に偽装本願寺布教師仲間が、こぞって入会して、750回忌に参加すればいいものを、その表明もない。尤も、2と1の違いも判らないような数も数えられない人では、お金の計算ができる筈がないでしょうけど。

さて、『観無量寿経』に説かれている行福・戒福・世福の三福について述べてきましたが、それと往生との関係を、『唯信鈔』では簡潔にまとめられています。

諸行往生といふは、あるいは父母に孝養し、あるいは師長に奉事し、あるいは五戒・八戒をたもち、あるいは布施・忍辱を行じ、乃至、三密・一乗の行をめぐらして、浄土に往生せんとねがふなり。これみな往生をとげざるにあらず。一切の行はみなこれ浄土の行なるがゆゑに。ただこれはみづからの行をはげみて往生をねがふがゆゑに、自力の往生となづく。行業もしおろそかならば、往生とげがたし。かの阿弥陀仏の本願にあらず。摂取の光明の照らさざるところなり。

諸行往生というのは、三福を回向して浄土往生を遂げようと思うものです。これは誰もできないことなどとは言われていません。

これみな往生をとげざるにあらず。

です。日本語が理解できるなら、往生できる人もあるとしか解釈できないでしょう。ただし、簡単ではありませんので、

行業もしおろそかならば、往生とげがたし。

と、三福をいい加減に修めていては、往生を遂げることは難しいのです。
『唯信鈔』は、親鸞聖人が間違いのない方とまで言われた聖覚法印の書かれたものです。親鸞聖人は『唯信鈔』を自ら書き写されて、関東の同行に送られていますので、親鸞聖人の御著書と同格と言えます。

関東の同行に送られたお手紙である『末灯鈔』には、この諸行往生について以下のように仰っています。

定散の善は諸行往生のことばにをさまるなり。この善は他力のなかの自力の善なり。この自力の行人は、来迎をまたずしては、辺地・胎生・懈慢界までも生るべからず。

(現代語訳)

定善や散善の行は、諸行往生の中でいわれることです。これらの善は他力の中の自力の善なのです。このような自力の行を修める人は、来迎がないと辺地や胎生や懈慢界などといわれる方便の浄土にさえ生まれることができません。

これで、『唯信鈔』でいわれる「浄土往生」とは化土往生であることが判ります。しかも、臨終来迎がなければ化土往生も遂げられませんので、諸行往生はやはり難しいのです。しかし、誰もできないとは、親鸞聖人は仰っていません。
それと、『唯信鈔』でもそうですが、『末灯鈔』でははっきりと

定散の善は諸行往生のことばにをさまるなり

と仰っています。18願念仏往生を遂げるための道程として定散二善を修めていくということではないのです。従って、18願念仏往生のために定散二善、三福を勧められたお言葉は、どれだけ探してもある訳がないのです。
ただ、自力修善に拘って、諸行往生を遂げようとしている人がいますので、定散二善、三福は「方便の善根」ですよ、つまり報土往生を遂げられる「真実の善根」ではないから、「方便の善根」を捨てなさいよ、と仰っているお言葉はいくつかあります。
これも「方便の善根」だからしなければならないではなく、「方便の善根」だから捨てなさいなのです。
この当たり前の常識が、親鸞会では通用しません。なぜなら、

会員が減っているので、親鸞会の財政が厳しくなっています。それで、会場費を皆さんから集めることになりました。

を正当化させる理由が必要だからです。
高森会長が惨敗逃亡したmixiでの法論でも、この「方便の善根」について議論になりましたが、即座に論破されて誤魔化すことしかできなくなりました。

このことについては

「浄土の方便の善」=「欣慕浄土の善根」

「浄土の方便の善」≠「善の実行」

いづれの経釈によるとも、すでに宿善にかぎれりとみえたり

で解説してありますので、読んで頂ければ高森会長の誤りが簡単に判られると思います。

どんなな詭弁を使っても、親鸞会と高森会長のことを知りつくした退会者には、全く通用しないことを高森会長は自覚していますので、絶対に法論には応じられません。
幹部会員でさえも疑問に思い始めるほどの、金集め教義を強要することは、いい方向ではないでしょうか。親鸞会存続のためには、善の勧めを撤回することが一番でしょうが、あれだけ膨らんだ借金と建物維持費を考えれば、今更何をどう変えても無駄でしょうが。

|

« 戒福も、まず破戒してからでしたよね | トップページ | 某ブログを閲覧されている皆様へ(コメントの紹介) »

コメント

そう言えば2000畳横の 水飲み場に
お布施の箱が置いてありました。
よほど 困っているのでしょうね。

投稿: おすぎ | 2011年8月12日 (金) 09時27分

飛雲さん達の尽力で、親鸞会の化けの皮が剥がれ、邪教カルトだということが明白になってきました。
本当に喜ばしいことです。
会はまだお金を取るつもりでしょうか。
仮に会が赤字だとしても、会長は溜め込んでいるでしょうから、まだ巻きあげるというのはどれほど深い欲のミココロかと思います。
会長は顕真会館を建てたときに、「満足な法施ができないから財施もさせて頂く」と一見殊勝そうなことを申していましたが、自分が建てたいものを建てて「財施した」はありませんし、満足な法施ができないどころかデタラメなのだから、巻き上げた金品を全部返して当たり前だと思います。
邪教カルトは最後まで見苦しいですね。

投稿: | 2011年8月12日 (金) 19時06分

夢幻界裡の覚醒管理人は、M野さんと暴露しましたね。
最初からわかってますよ。
引っ越しして、過去の惨敗は削除ですね。
親鸞会のいつもの手です。

腰抜け!!

投稿: M野さんへ | 2011年8月12日 (金) 20時40分

夢幻界裡のblog、アメブロに引っ越したんですね。
ところで、知らない女性の名前でメールがきたとか書いてありましたが、あれ送ったの、私なんですが…

ちなみに送った先は……M支部長の本アドですw

なんでM支部長に送ったメールを、某派のお坊さんが読んで反応してるのかしら?
ふしぎふしぎ(笑)

投稿: 麻衣 | 2011年8月12日 (金) 21時53分

おすぎ 様

困っているのは間違いないでしょう。


名無し 様

因果の道理、間違いなしということですね。


M野さんへ 様

実に親鸞会らしいです。いや、M野講師らしいです。


麻衣 様

貴重な情報提供、有難うございました。エントリーで公表しておきます。

投稿: 飛雲 | 2011年8月12日 (金) 22時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 戒福も、まず破戒してからでしたよね | トップページ | 某ブログを閲覧されている皆様へ(コメントの紹介) »