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2011年7月25日 (月)

『顕真』「宿善と聴聞と善のすすめ」の誤り27

『顕真』7月号の「宿善と聴聞と善のすすめ」が余りにも余りにも酷過ぎます。読むに堪えない内容ですが、シリーズものでこれまで述べてきましたし、既に「安心問答」でも取り上げられていましたので、無視する訳にもいかず、一応一通り論破しておきます。

疑難と答え4
蓮如上人と三願の教示

(疑難)
「蓮如上人には、三願転入の教えがないのではないか」

(答え)
 蓮如上人も、弥陀の十八・十九・二十の三願を、こう説かれている。

 弥陀に救われる(信心獲得)までの道程で、弥陀の救いを求めて行っている諸善(十九願)を「雑行」とし、名号を称える功徳(二十願)などで助かろうとしている五正行を「雑修」と説かれている。
 それらの雑行(十九願)や雑修(二十願)に共通するのが、自力の心(十八願を疑っている心)であるから、『御文章』には、
【もろもろの雑行・雑修・自力の心をふりすてて】
無碍の一道(十八願)まで進みなさいと、常に教導されているのが、蓮如上人である。

 文証は多数に上るが、一、二だけを挙げておこう。

【諸の雑行・雑修・自力なんどいう悪き心をふりすてて、一心に深く弥陀に帰する心の疑なきを真実信心とは申すなり】(御文章)
【もろもろの雑行をなげすてて、一心に弥陀に帰命すれば、不可思議の願力として―乃至―往生は治低せしめたまう】(御文章)
【もろもろの雑行・雑修・自力の心をふり捨てて、一心に「阿弥陀如来われらが今度の一大事の後生御たすけ候え」とたのみ申して候】
                   (領解文)

 これみな蓮如上人の、三願転入のご教導でないものはないのである。

 これらのご文からも分かるように、雑行・雑修・自力の心とは何かを心得ている者に、蓮如上人は仰っているのである。
 ナイフという物を知らない者に、ナイフを捨てよと言ってもナンセンスになろう。
 雑行の意味を知らない者に、雑行を捨てよと言われるはずがなかろう。

 また、煙草をのまない人に、煙草の害毒を説く人がいないように、雑行をやってもいない者に”雑行を振り捨てよ”と言われるはずがない。
 当然ながら「雑行を捨てよ」と言われるのは、現に「雑行」を行っている人にである。

如何でしょうか。これを読んで、どこがおかしいか判らないという人は、マインドコントロールの中にいる人か、思考が著しく後退した人のどちらかでしょう。

詭弁を見破る訓練と思って、よく考えて下さい。
この理論を簡単に言えば、

蓮如上人が「雑行を捨てよ」と仰っている対象は「雑行をやっている人」だけで、「雑行をやっていない人」に対しては、文底に「雑行をやれ」と仰っているのだ

ということです。この文底の根拠が、ナイフと煙草の譬えだけです。聖教上の御文は挙げていません。というよりも、挙げることはできません。全く無いからです。それで譬えで誤魔化そうというものです。

つまり詭弁は、この譬えにあります。

ナイフという物を知らない者に、ナイフを捨てよと言ってもナンセンスになろう。

書いてあるとおりです。ナイフを持っていなくてもいいのです。ナイフがどんな物か知っていればいいのです。
通り魔の犯人と警察官に疑われた時に、その警察官は言うでしょう、「ナイフを捨てよ」と。その時ナイフを持っていなければ、「ナイフは持っていません」と答えるだけです。まさか、ナイフをどこかから調達してきて、「このナイフを捨てればいいのですか」と聞く人はいません。

煙草をのまない人に、煙草の害毒を説く人がいないように

煙草については、皆さん、中学・高校の時に、よく言われませんでしたか、「煙草は体に悪いし、法律で禁止されているから煙草をのんではいけません」と。煙草をのんでいる中学生・高校生にだけ、煙草の害毒を説かれ、禁止されたのですか、違いますよね、煙草をのんでいない多くの中学生・高校生に対して、「煙草をのんではいけません」と先生から諭された記憶がないのでしょうか。

以前に、覚せい剤や自殺を止める場合についても述べましたが、世の中で禁止されていることは、それをしていない大多数の人に対してのものです。

今話題の著作権侵害については、著作権を侵害してはいけない、と法律で禁止されていますが、これは著作権を侵害している人に対してだけではなく、著作権を侵害していない人にも、著作権を侵害してはいけない、と禁じているのです。まさか著作権を侵害していない人に、著作権を侵害させてから、著作権侵害の罪を説くとでも考えているのでしょうか?それで、高森会長は、著作権侵害を率先垂範でしたのですかね。

万引きはどこの店でも禁止されていますが、まさか万引きしていない人には万引きさせてから万引きの罪について説こうというのでしょうか?それでまた、率先垂範した奇特な方があるというのですかね。

親鸞会講師部員の禁止事項の1つに、不倫がありますが、不倫をするな、といっているのは、講師部員が全員不倫をしているからという理屈なのでしょうか?どうりで…。

法律や倫理道徳と仏法のこととは別だ

という親鸞会擁護の自称退会者がいましたが、そんな負け惜しみの好きな人のために、更に言っておきますと、仏教では多くの戒律があります。基本的な戒律として親鸞会でも知っているのが五戒ですが、その中に、不邪淫戒があります。これはいわゆる不倫を禁止したものですが、上記の通りですね。不倫をしていない人に対しても、不邪淫戒があるのですが、一度不倫をさせてみてから禁止するという馬鹿な話がある訳ないです。また五戒に不飲酒戒もありますが、これも酒を飲んでいない人に対しても、酒を飲むと理性を失うから飲んではいけないと禁止されているのであって、酒をまず飲ませてから、という理屈が通用する筈がありません。

聖道門の話をしているのではない、18願についてだ

と最後の悪足掻きをする愚か者のために、トドメを刺しておきます。
御存知の通り18願には、「唯除五逆誹謗正法」とあります。
これを善導大師は抑止門摂取門で教えておられることは、真宗の常識で、無教学の高森会長でさえ知っていることですが、抑止門とは未だ五逆・謗法罪を造っていない者に対して、五逆・謗法罪を”抑止”されているという意味です。
しかし親鸞会の”雑行理論”だと、

五逆・謗法を造ってもいない者に”五逆・謗法罪を造ってはいけない”と言われるはずがない

となり、善導大師の仰せを完全に否定することになります。
五逆・謗法罪を造っていない者には、五逆・謗法罪を造らせてみて、と五逆・謗法罪を”抑止”どころか”奨励”するのが親鸞会理論です。尤も、全人類は五逆・謗法罪を生れながらに造っている、と全く根拠の無いことを言い張るくらいですから、抑止門は

五逆・謗法を造っている全人類に対して、恐ろしい罪を知らせるためだ

と無知を晒すかも知れませんが、親鸞聖人は『散善義』を『教行信証』信巻に引かれて

しかるに謗法の罪は、いまだ為らざれば、また止めて〈もし謗法を起さば、すなはち生ずることを得じ〉とのたまふ。これは未造業について解するなり。

(現代語訳)

しかし、謗法の罪はまだ犯していないから、<もし謗法の罪を犯すなら往生することはできない>と止められるのである。これはまだ犯していない罪のことと理解される。

と教えておられます。「いまだ為らざれば」「未造業」です。

親鸞会の御粗末な詭弁ですが、それが詭弁と見破れない人のために、最小限の御文で解説しておきました。

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コメント

顕真の「文証は多数に上るが、一、二だけを挙げておこう。」というくだりが印象的です。
「高森教祖は、一つのことを説くのに百千のことを知っていて一つだけを説いている」と言うことを講師から何回も聞かされました。
百千のことを知っているならケチケチせずに全部言えばいいのに。
口の筋肉を少し動かすだけで多くの人に法施をして喜ばすことができるのに、これほどのドケチはないと言ってよいですね。
無知不勉強を誤魔化すには便利な言い草だと思います。

投稿: | 2011年7月26日 (火) 00時07分

レベルがどんどん下がっている。
教義なんかどっかへ飛んでいってしまっている。
だれも校正していないんじゃないのかと思われるくらいだ。
でも、絶対会長は校正しているはずだ。
と言うことは会長の考えていることなのだ。
ひどすぎる。
あちこちで言われるとおり講師達も生活が全てのロボット状態か。
講師の誰か一人でも良いから目を覚ませ。

投稿: とくよしみね | 2011年7月26日 (火) 01時17分

先日、一応会員の名で書き込みした者です。
しかし今は、元一応会員になりました。
M野講師のお陰で、飛雲さんのことを知り、高森会長の教えていることがデタラメであったと機が付いて、退会に至りました。
飛雲さんにも感謝していますが、飛雲さんへ導いてくれたM野講師にも感謝しています。

投稿: 元一応会員 | 2011年7月26日 (火) 06時52分

名無し 様

無二の善知識を装うには、便利な言い方なのでしょう。


とくよしみね 様

煙草のたとえは、昔からしていましたが、ナイフのたとえは初めてききました。でも、これで自己の正当性を証明できるという思考が判りません。


元一応会員 様

よかったです。知恵の足りない講師部員も、役に立っているのですね。

投稿: 飛雲 | 2011年7月27日 (水) 06時16分

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