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2011年5月24日 (火)

聖教を読んだことがないのに、大沼師の主張をどうして否定できるのですか?

大沼師は三願転入と化土往生とを一体で教えています。大沼師は、信前の真宗の道俗は皆化土往生としていますが、高森会長はこれを完全に否定しています。前回述べたように、高森会長は善知識方の御著書を読んでおらず、高森会長の”教学”は大沼師に完全に依存していながら、大沼師の主張の一部をすり替えたり、否定したりすることは、悪意をもってしかできないはずです。

大沼師の『親鸞聖人に聴く』では、根拠も挙げて化土往生について詳しく書いてありますが、長くなりますので、抜粋して紹介します。

 真宗の道俗も、みな第十八願の行者だと自惚れていますが、第二十願に桁を堕していますから、報土往生はできません。
(中略)
ところが悲しいかなみな贋物で、信仰の真似をしているだけですから、方便化土に留まるのです。
 已下に並べて見せますが、こんな心境にいるものは、みな化土往生です。
 1、真仮の分斉を説ききらない人は化土往生です。
 2、死んだらお助けといっている人は、平生業成がぬけているから。〃
 3、十劫のむかしに助かっているという人は、いま助かっていないから。〃
 4、凡夫はどうにもなれないという人は、いま開発していないから。〃
 5、一念の味のわからない人は、一体になっていないから。〃
 (中略)
 34、凡夫は計ろうてはいけないと思っている人も。〃
 35、卵を堅く握ればつぶれそうな、柔かく握れば落ちそうな、堅う握れば自力のような、柔こう握れば無力のような、晴れたような、晴れないようなのがみな化土往生です。
 真宗に流れを汲んでいても、一念の信で開発し、真仮の分斉がはっきりする迄に死んだら、みな化土往生です。だから化土の業因千差なるが故に化土の結果も千差なるべしと言ったのです。
(中略)
真宗の道俗がみな疑心の善人ですから、方便化土に停るのです。

もちろん大沼師は、聖教を根拠にしていますので、聖教を読んだことのない高森会長が実質的師匠である大沼師の主張を論理的に否定することなどできる訳がないのです。
そのことは以前に

本当は必ず無間地獄に堕ちるのに故意に化土に往生できるぞと我々を騙されたのであろうか

でも述べた通りです。

ではなぜ、高森会長は根拠もなく、大沼師の化土往生を否定したのでしょうか?

理由は、金集め・人集めしかないでしょう。「一切衆生必堕無間」で脅さなければ、金集め・人集めを強要できません。大沼師は、雑行を勧めず、「一切衆生必堕無間」も説きませんでしたが、南本願寺として独立できるほど、多くの道俗からの支持を得ていました。今の親鸞会よりも大きな勢力でしたので、高森会長も大沼師の真似をしていれば、今よりも多くの人を集めることができたのでしょうが、一方的にライバル視していた創価学会に近付きたかったので、カルト要素を強引に取り入れたのだと思います。

どこどこまでも不純な人物と会です。

なお、コメント欄で往生について質問を頂いておりますので、化土往生との関連から説明しておきます。これは

「安心問答」のコメント欄

でやり取りがあり、すでに決着しています。

化土往生は誰が考えても失肉体後です。失肉体前に化土往生を遂げることはありません。同じように、報土往生も失肉体後です。

『末灯鈔』には、

来迎は諸行往生にあり、自力の行者なるがゆゑに。臨終といふことは、諸行往生のひとにいふべし、いまだ真実の信心をえざるがゆゑなり。また十悪・五逆の罪人のはじめて善知識にあうて、すすめらるるときにいふことなり。真実信心の行人は、摂取不捨のゆゑに正定聚の位に住す。このゆゑに臨終まつことなし、来迎たのむことなし。信心の定まるとき往生また定まるなり。来迎の儀則をまたず。

とありますように、19願諸行往生は臨終来迎によって往生するのです。聖道門、浄土門を問わず、常識です。これに対して18願念仏往生は、平生に「往生が定まって」、死後に「往生を遂げる」、と親鸞聖人は強調して教えられたのです。もちろん、19願諸行往生は化土往生です。
まとめると

19願諸行往生―臨終来迎―化土往生
18願念仏往生―平生業成―報土往生

ということです。
親鸞聖人は19願諸行往生と比較なされて、18願念仏往生は、平生に「往生が定まる」と教えられたのですが、これを平生に「往生を遂げる」と誤解する人がある訳です。
本願成就文にある「即得往生」を、平生に「往生を遂げる」と解釈するのではないと親鸞聖人は『一念多念証文』で教えておられます。

「即得往生」といふは、「即」はすなはちといふ、ときをへず、日をもへだてぬなり。また「即」はつくといふ、その位に定まりつくといふことばなり。「得」はうべきことをえたりといふ。真実信心をうれば、すなはち無碍光仏の御こころのうちに摂取して捨てたまはざるなり。摂はをさめたまふ、取はむかへとると申すなり。をさめとりたまふとき、すなはち、とき・日をもへだてず、正定聚の位につき定まるを「往生を得」とはのたまへるなり。

とありますように、先程の『末灯鈔』とあわせて

往生を得
=「正定聚の位につき定まる
=「信心の定まる
=「往生また定まる

ということであって、「往生を遂げる」ではありません。これを不体失往生というのです。

また「往生を得」ても、凡夫の智慧では浄土は判りません。
それが『執持鈔』

往生ほどの一大事、凡夫のはからふべきことにあらず、ひとすぢに如来にまかせたてまつるべし。すべて凡夫にかぎらず、補処の弥勒菩薩をはじめとして仏智の不思議をはからふべきにあらず、まして凡夫の浅智をや。かへすがへす如来の御ちかひにまかせたてまつるべきなり。これを他力に帰したる信心発得の行者といふなり。
さればわれとして浄土へまゐるべしとも、また地獄へゆくべしとも、定むべからず。

です。平生に「往生を遂げる」ことができるならば、このようなことを仰る筈はありません。「往生を遂げ」、浄土に参った人が、往生を計らってはいけない、浄土へまいるかどうか決めてはいけない、などと言うことは根本的に矛盾しています。

平生に「往生を遂げる」ことができると考えている人は、「他力に帰したる信心発得の行者」でないことは確かでしょう。

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コメント

問うていはく、正定と滅度とは一益とこころうべきか、また二益とこころうべきや。
答へていはく、一念発起のかたは正定聚なり。これは穢土の益なり。つぎに滅度は浄土にて得べき益にてあるなりとこころうべきなり。されば二益なりとおもふべきものなり。(御文章1帖目4通)

このお言葉からも、正定聚、つまり「往生が定まる」のは穢土の益であってこの世でのこと、滅度、つまり「往生を遂げる」のは浄土にて得べき益であって死後でのこと、と分けて教えられていることが分かります。平生に「往生を遂げる」のでしたら二益ではなく一益法門になってしまいますね。

投稿: 淳心房 | 2011年5月24日 (火) 23時47分

淳心房 様

安心問答でのやりとりでも、このお言葉は出されていましたが、現益はもちろん平生ですが、当益は現益の後の平生に得るものだ、とサラ氏は考えているのです。
浄土門の常識が通用しませんので、議論は噛み合いにくいのですが、サラ氏は真宗を名乗っていますから、親鸞聖人が「平生に往生できる」と仰ったと誤解しているお言葉の説明が必要になるのです。
不勉強なのは、高森会長だけではないということです。

投稿: 飛雲 | 2011年5月25日 (水) 06時51分

U氏の間違っていることがよくわかりました。

投稿: 岡崎 | 2011年5月25日 (水) 07時36分

高森氏は「一切衆生必堕無間」をいつ頃から使いだしたのでしょうか?
まったく彼のオリジナルなのか、それともお得意のパクリでしょうか?

この文言こそ、私の学生生活を狂わし、それが釈尊の説かれた経典にはないと飛雲様等より知らされるまでの数十年間私を苦しめ続けた、また、多くの人々を従順な集金ロボットと化した呪文であり、そして高森氏にとっては打ち出の小槌であり、よって、親鸞会のカルト性の根源の一つといえるのではないでしょうか。ですからこの文言の発生機序を是非知っておきたいのです。

以前写真でみた彼の学生服姿の辻説法姿からは現在の親鸞会を想像することができませんでした。このころから「一切衆生必堕無間」と信じ、または嘘と知って叫んでいたのでしょうか。それとも、後になってこの便利な打ち出の小槌を発見したのかまたは発明したのでしょうか?

投稿: 世間人 | 2011年5月25日 (水) 13時15分

世間人 様

「必堕無間」は、大沼師も伊藤康善師も言われていたのですが、『歎異抄』の「地獄は一定すみか」と同じく、罪悪観によるものでした。無間地獄に堕ちるような者、ということと、無間地獄に堕ちるぞ、と脅すこととは意味が違います。
高森会長は、日蓮著『撰時抄』の

教主釈尊の金言まことならば多宝仏の証明たがずば十方の諸仏の舌相一定ならば今日本国の一切の衆生無間地獄に堕ちん事疑うべしや

を参考にして、「必堕無間」に「一切衆生」を付けて、脅しの道具に使ったものと思われます。時期については、顕正新聞第1号である昭和37年6月号には、すでに「必堕無間の一大事」と言う言葉が出てきていますので、親鸞会を作った当時には言っていたのではないかと思います。参考までに昭和33年の親鸞会を作った年に書いた『顕正』には、それらしい言葉はありませんが、このとき既に大沼師から盗作しています。

華光会と決別して大沼師に傾倒していったものと思われます。

投稿: 飛雲 | 2011年5月25日 (水) 20時18分

飛雲様
よくわかりました、有り難うございます。
それにしても多くの無辜を苦しめたものですね。

投稿: 世間人 | 2011年5月26日 (木) 18時39分

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