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2011年1月20日 (木)

自称獲信者との論争7

自称獲信者のなおたん氏は、自分が出した根拠であるのに、EMS氏に反論されてからは、その根拠には一切触れる事ができません。親鸞会教義とは、一撃で論破される程度のものということです。

これが講師部員であっても、たとえ高森会長であってでも同じ結果でしょう。

親鸞会の誤魔化し手口である体験談で、なおたん氏も逃げをはかりますが、余りにも下らないので、読まれる必要はないでしょう。興味のある方は、mixiで直接御確認下さい。

さて、この論争で参考になる書込みがありますので、少し紹介しておきます。
sutybi氏は以下のように述べています。

こちらからは、すべての人が五逆罪を造っていないという根拠をいくらでも出せます。

なおたんさんの未知のものとして『法然上人絵伝』には、九品往生人のことが実名と根拠入りで記されています。

上品上生  智覚禅師(新修往生伝)
上品中生  尼善慧(戒珠集)
上品下生  侍従所監藤原忠季(後捨遺往生伝)
中品上生  大原沙彌(戒珠集)
中品中生  少将義孝(保胤往生伝有夢告)
中品下生  沙門智縁(戒珠伝)
下品上正  釈法敬(戒珠伝)
下品中生  覚真阿闍梨(続本朝往生伝)
下品下生  釈慧進(新修往生伝)

すべての人が五逆の者であるならば、上品上生から下品中生までは、机上の空論になる筈ですがね。

御要望ならば次は『教行信証』から別の根拠を出しますよ。

九品往生をした人について、上記のように伝えられています。親鸞聖人も『教行信証』信巻に律宗の元照師の言葉を引用されています。

禅に参はり性を見ること、たれか高玉・智覚にしかんや。みな社を結び、仏を念じて、ともに上品に登りき。

伝承ではあっても、すべての人が下品下生で、五逆の者という認識を親鸞聖人も持っておられなかった証拠の1つです。

親鸞聖人が仰ってもいないことを仰ったかのように大嘘をいうのが、親鸞会の特徴です。高森会長の話は、信じられないほどいい加減で、大嘘ばかりなのです。

また、EMS氏が引用している

若佛子。自説出家在家菩薩比丘比丘尼罪過。教人説罪過。
罪過因罪過縁罪過法罪過業。
而菩薩聞外道惡人及二乘惡人説佛法中非法非律。常生悲心教化是惡人輩。
令生大乘善信。
而菩薩反更自説佛法中罪過者。是菩薩波羅夷罪

(『梵網経』大正蔵経vol.24.p.1004c.)

(訳)
仏の子よ。
もしも出家や在家の菩薩や、比丘・比丘尼の罪過を自ら説き、他の人に教えて罪過を説かせたならば、それは罪過の原因となり、罪過の条件となり、罪過の法(教え)となり、罪過の業となる。

だから、菩薩は外道である悪人、さらに二乗である悪人が、仏法の中において法でないものや律でないものを説いているのを聞いたならば、常に慈しみの心を生じて、この悪人を教化して、大乗の善なる信心を生じさせなさい。

それなのに、菩薩がかえって更に自ら仏法の中における罪過を説いたならば、これは菩薩としては教団追放に値する罪なのである。

これは、釈尊が「仏の子」すなわち仏弟子に仰った言葉です。

釈尊は、出家者・在家者を問わず、仏弟子が他の人の罪過を、自ら説いたり、他の人に教えて説かせたりすることは、

それはその行為が、新たな罪過の原因となり条件となり、罪過となる教えとなり、罪過となる行為になるのでしてはいけない。

そのように禁じておられます。

つまり仏教者は、他の人に

「地獄に堕ちるわよ!」

と言ってはいけないのです。

それはなぜでしょうか?

善因楽果、悪因苦果、自業自得が仏教の業報思想ですが、現在行った行為の果報が、必ず来世に得られるものであるかどうかは、仏智を獲得した仏陀でなければ、わからないし、その行為が、本当に地獄に堕ちるような果報をもたらすものであるかどうかも、仏智を獲得した仏陀でなければ、わからないからです。

それなのに、他の人に「地獄に堕ちるわよ!」と言って、その人が地獄に堕ちることがなかったらどうなるでしょうか?

そうです。

「地獄に堕ちるわよ!」と言った人こそが、妄語の罪を犯し、その罪過をうけなければならなくなるのです。

だから釈尊は、仏弟子が、他の人の罪過を自ら説いたり、他の人に教えて説かせたりすることを禁じられたのです。

仏弟子が、罪過を犯した人に対する時は、常に慈しみの心を生じて、この悪人を教化し、大乗の善なる信心を生じさせるように、ひたすら導いていかなければならないのです。

それでは多くの仏典で、地獄や地獄行きの業が説かれているのはなぜでしょうか?

それは、釈尊が三明・六神通という仏智でもって、どのような悪業を作った人が地獄に行くかを知り、そのような悪業を犯さないように、仏弟子逹に教えてくださっているからなのです。

一方、私達は三明・六神通からはほど遠い罪悪生死の凡夫です。

その私達が、罪業とその業果を論じる場合は、釈尊が、三明・六神通でご覧になったものをお説きになった経典に基き、「釈尊が『こういう業にはこういう果報がある』と仰っていた」という形でしか論じることはできないのです。

三明六神通を獲得してもいないのにも関わらず、凡夫のはからいで、

「あなた地獄に堕ちるわよ!」

と言う人は、仏教徒でも仏弟子ではありません。

これは浄土宗の方が投稿された

「清森問答」
親鸞会教義の相対化・26

にあります。菩薩でさえ判らないことを凡夫が死後のことなど断言できる訳がないです。もちろん、明らかな五逆罪、謗法罪を造っている人ならば経典に説かれてある通りに、地獄に堕ちるということはできるでしょうが、そうではない人に地獄行きだ、などというのは、仏法者ではありません。
この論争のきっかけとなったなおたん氏の発言

そんなに地獄がお好きなら、閻魔大王の前に突き出されて、赤鬼と、青鬼さ

んが、火の車にしょうちゃんさんを乗せて、地獄に連れて行ってくだされる

そうですから、どうぞお達者でね~!!

が、看過できないものであることが、これでお判り頂けるのではないでしょうか。

尤も、当のなおたん氏は、これだけ言われても他人事です。造悪無碍の典型例です。
親鸞会は、高森会長から、講師部員、幹部会員に至るまで、このような外道の発言を日常的に発します。

実に恐ろしい団体です。

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