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2011年1月18日 (火)

自称獲信者との論争5

なおたん氏は、EMS氏の質問には一切答えず、体験談の連続です。体験談を語るな、と”御指導”されていながら、体験談しか語れず、実に親鸞会らしい矛盾です。

>EMSさんは

一生造悪を罪悪感??と解釈されているのですね。

はじめて御聞きしました。親鸞聖人は、そんなおつもりでは仰っておられないと思いますが。。

>stybyさん

⇒法然上人、聖覚法印、親鸞聖人の御言葉をEMSさんが示されているからといって、それを覆すことができなければ、私は、阿弥陀仏の本願には救われていないと断言されるということでしょうか??

相変わらず随分残酷な注文をしてこられるんですね。

阿弥陀仏の本願19願、20願、18願の三願のみは、なぜ十方衆生相手を救うと建てられたのでしょうね。
他でもない、阿弥陀仏の三願転入を否定されるあなた方とは、もうお話しすることはないです。

親鸞聖人は、「聞」というは、衆生仏願の(阿弥陀仏の本願の)生起本末を聞いて、疑心有ることなし。これを聞というなり。(教行信証)と述べておられます。

そんな難しい教学を知らずとも、阿弥陀仏に救っていただけるのだという事を知らされて、今日に至ります。

阿弥陀仏の声なき声を聞かせていただき、わが身が唯除五逆誹謗正法の者であったとハッキりと知らされて、無間のどん底にたたき落とされて、そのまま救うぞという声なき声が、全身を貫いた一念、大安心、大満足と躍り上がって、ようこそようこそ阿弥陀様と、無碍の一道の世界に出させていただけたからには、
言葉もいりません。

あなたが、私を間違いだと言われる以前に、何の間違いで、こんな幸せな身にしていただけたのかと、不思議不思議の他はありません。

想像を絶する世界だから、難思の弘誓と言われるし、もともと不可称、不可説、不可思議の世界です。言うことも、説くことも、想像することもできない世界
ですからね。貴重なお時間を費やしてくださって、どうも有難うございました。

最後に、私が、一番何回も読ませていただいていた御文障二帖八通にて、
根拠とさせていただきます。

十悪五逆の罪人も、五障三障の女人もみな十方三世の諸仏の悲願に洩れて捨て果てられたる我等ごときの凡夫なり。然れば、ここに弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師本仏なれば、九遠実成の古仏として、今の如きの諸仏に捨て果てられたる末代不善の凡夫、五障三障の女人をば弥陀にかぎりて、「われひとり助けん」とい超世の大願を発して。我ら一切衆生を「平等に救わんと誓ひたまひて、無上の誓願を発して、すでに阿弥陀仏と成りましましけり。この如来を一筋にたのみたてまつらずば、末代の凡夫、極楽に往生する道、二も三もあるべからざるなり。」

とあります。あなた方の根拠をあげよという事は、私が、阿弥陀仏に救われた事には、全く関係ない、必要のない作業です。

私は、僧でも無く、講師でもない。一般の主婦です。

それに、二種深信が立つと教えていただいているから、善導大師の二種深信の御言葉をあげたまでで、そんなこと、善導大師や親鸞聖人だけではありません。救われたら万人が知らされる事ですからね。

七高僧方、皆表現だってちがいます。某会の教学にも、それぞれの御言葉を掲載していましたし。。

では、失礼いたします。お達者で~。

はっきり言いまして、意味不明です。知っている知識と根拠を並べれば、深い何かがあると思わせたいのか、思考がもともとおかしいのか?
なおたん氏の体験談と教えが、善知識方のお言葉と矛盾していることを指摘しているのですから、教学があるかどうかの問題ではありません。体験も教えも違っているのです。それが理解できないのか、理解したくないのか、とにかく支離滅裂です。

お達者で~」とあったので、この後、なおたん氏は現われないのかと思えば、また何度も、体験談を語り続けます。しかし、読むに値しませんので、省略します。

何度か同じやりとりをした後、sutybi氏が一旦まとめます。

なおたんさんの好きな必堕無間の根拠は、日蓮著『撰時抄』です。

教主釈尊の金言まことならば多宝仏の証明たがずば十方の諸仏の舌相一定ならば今日本国の一切の衆生無間地獄に堕ちん事疑うべしや

なおたんさんは、日蓮宗と真宗とを混乱されているようです。なおたんさん以外の方は、真宗の話をここでされていますので、日蓮宗の話とは噛み合いませんよね。

論点をずらすことで誤魔化されるのを避けたいので、一番分かりやすい五逆罪に絞って話をします。

五逆罪については、EMSさんが『教行信証』信巻での根拠を示されていますが、現代語にすると

一.故意に父を殺すこと
二.故意に母を殺すこと
三.故意に阿羅漢を殺すこと
四.間違った考えを起こして教団を乱すこと
五.悪い心を抱いて仏身を傷つけて血を流すこと

です。さてこの五逆罪についてすべての人が造っているのかどうか、簡単にまとめてみました。

釈尊:大多数の人は造っていない。ほんの一部の人だけが造っている
七高僧:大多数の人は造っていない。ほんの一部の人だけが造っている
聖覚法印:大多数の人は造っていない。ほんの一部の人だけが造っている
親鸞聖人:大多数の人は造っていない。ほんの一部の人だけが造っている
なおたんさん:すべての人が造っている。造っていない人はいない。

さて、釈尊、七高僧、聖覚法印、親鸞聖人の教えを完全に否定しているなおたんさんの主張は、何宗の話ですか?何教の話ですか?

根拠の全くないなおたんさん、

口空けば
 寝ても覚めても
  体験談

体験至上主義は間違いと、某会の会長から聞いてきませんでしたか?

更にはEMS氏が、

某会のHPより抜粋

体験至上主義ともいわれる彼らの生命線は、そんな体験談なのだ。 彼らに、体験談を話すな、書くなということは、親鸞学徒に、親鸞聖人の教えを説くな、教えるな、というのに等しい衝撃である。 生命を断たれることになるからだ。

これは、なおたんさんのことそのままです。
さて親鸞聖人の教えの中で、五逆罪とは重要な位置を占めます。
sutybiさんの書かれたことがすべてです。

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この五逆罪についてすべての人が造っているのかどうか、簡単にまとめてみました。

釈尊:大多数の人は造っていない。ほんの一部の人だけが造っている
七高僧:大多数の人は造っていない。ほんの一部の人だけが造っている
聖覚法印:大多数の人は造っていない。ほんの一部の人だけが造っている
親鸞聖人:大多数の人は造っていない。ほんの一部の人だけが造っている

なおたんさん:すべての人が造っている。造っていない人はいない。
*********************************************************************

と駄目押しをします。
教義を語らず体験談ばかりの団体(親鸞会では華光会のことを指す)を非難した高森会長の”御指導”にも抵触していることを指摘しています。
尤も、高森会長自身も教義上の矛盾を突かれると、いつも体験談を語る事で誤魔化してきましたので、なおたん氏は高森会長の縮小コピーのようなものです。

しかし、親鸞会はあれだけ法論に負け続けながら、体験談ではない教えを説いていると堂々といえるのは、どんな神経なのでしょうか?

ここまで華光会を恐れているとは、高森会長が如何に小心者であるかよく判ります。

ともあれ、矛盾に満ちた高森会長の言葉も、親鸞会との議論の際には有効に使いましょう。

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