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2010年11月 3日 (水)

M講師からの2回目の質問書(回答が一切無いもの)

M講師からの2回目の質問書(回答が一切無いもの)と、それに対する反論文を紹介します。M講師は、ある会員を通して、手書きのものを手渡ししていますので、反論文には、M講師の書いた内容の確認が最初にあります。それでM講師の書いた文章も判りますので、反論文だけ、全文紹介しておきます。

本日、●さんを通じて、M講師からの回答の一切無い、一方的な質問状を受け取りました。かっこの位置が不適切なところもありますが、そのまま書きましたので、以下御確認下さい。

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(A)大経の御文と異訳本とどちらが優先さるべきか。これは全くこたえてありません。
重ねて尋ねる。
親鸞聖人は、「至心発願欲生と 十方衆生を方便し」といわれている。19願は「十方衆生」が相手ではないのか。
(B)釈尊は韋提希に定散二善をすすめられたことは無いと断言されるのか。確認します。
(C)釈尊と弥陀の種々の善巧方便について、いろいろ長々と書いていますが、「19願は十方衆生に対する方便」と(A)に追加した質問にこたえてからにしたらどうですか。
②化土往生の根拠、長々とあげなくても、聖典にあるので二、三で充分。核心の抜けた文章に、ファックス(相手の都合も)聞かずに突然送りつける失礼な言動、とても仏法者といえるものとは思えません)
・親鸞聖人の疑情をもったまま死んだら地獄に堕ちていたと仰言ったお言葉を、報土往生も化土往生もできなかったならば、と解釈する、根拠をあげよ。
・教行信証行巻のご文にはふれないのは何故か。
・蓮如上人のご文には、他のご文章をあげているのは何故か。何か都合が悪いのか。
③外にしか眼のむかない者とは、こういう者を言うのかと、情けなくなります。仏法は、すべて心を最も大切にするといつも聞かせて頂いたことを今一度、思い出されては如何でしょうか。

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最初に何点か確認します。

この法論を公開すると申しましたが、異論がないということで宜しいですね。
異論がないようですので、近日中にM講師の書かれたものも含めて公開させていただきます。

それと、仏法者としての姿勢も問題にされていますので、それについても私の意見を述べさせて頂きます。

M講師は布教に命をかけておられると●さんに言われたそうですが、教義という最も重要な問題についても命をかけて回答して下されるものと思っておりました。しかし、その最重要の教義についてファックスで送ったことに対し、都合も考えずに突然送りつけたと言われて、心底驚いております。24時間いつでも送って下さい、と言われるのが仏法に命をかけられる者かと思っておりましたし、しかもファックスならば、普通は突然送ると思いますが、如何でしょうか。
それに、突然本願寺に押し掛けて、長時間居座ったことは、失礼な言動ではないし、仏法者に相応しいと言われるのでしょうか。その考え方は、甚だ疑問です。

もう一つ重要なことですが、私は多くの根拠を挙げて、根拠に添ってしか解釈をしておりません。前回以下のように書いておきました。

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全般的なこととして、私は沢山の根拠を挙げました。経典、善知識方のお言葉で説明していますが、その根拠についてM講師が触れているのは、大経の異訳本についてのみです。他の根拠を無視されていることは、仏弟子として如何なものでしょうか。帽子に合わせて頭を削っているのはどちらかよくお考え下さい。

読む価値のないものとは、M講師の書かれたような断章取義のことをいうのではないでしょうか。もし反論があれば、私の挙げた根拠を1つ1つ解説された上で、論点をずらすことなく仰って下さい。
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それにも関わらず、私が挙げた根拠については一切無視されているとは、都合が悪いととか思えません。根拠を粗末に扱っていて、それで親鸞聖人の教えの布教に命をかけていると言えるのでしょうか。はっきり申しまして、親鸞会の教えを守ることに命をかけているであって、親鸞聖人の教えには命をかけておられないことがこれでよく判ります。

もし否定されるのであれば、先に私が出した多くの根拠について、私の解釈のどこが間違いかを明確に指摘して下さい。

それと、こちらからの質問には一切答えず、質問を質問で返すのは、答えられないもののすることです。今後そのようなことがあれば、答えられなかったもの看做します。

以上を踏まえた上で、M講師の質問に答えます。

①(A)については、前回
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この(『尊号真像銘文』のお言葉の)説明を補足する根拠の1つとして、異訳本を最初に出したのです。私は親鸞聖人のお言葉に添って説明したまでです。それを無視されるのですね。以下の項目も関連していますので、併せてよくお読み下さい。異訳本が、親鸞聖人の解釈と全く矛盾していないことがお分かりいただけるものと思います。
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と書きましたが、理解できないのでしょうか。大経の十方衆生の解釈について説明するために、異訳本、『観無量寿経』、『玄義分』、『選択本願念仏集』、『西方指南抄』、『尊号真像銘文』、『教行信証』行巻、『教行信証』化土巻、『浄土和讃』を挙げました。その中の1つが異訳本ということです。理解できないと言われるかもりれませんので、もう一度申しますと、大経の説明のために異訳本も含めた聖教上の根拠を出したのです。どちらが優先とか、的外れな質問をしないで下さい。

M講師の論理は、

大経19願に「十方衆生」とあるから「十方衆生」だ

ということですが、その「十方衆生」の意味について、経典、善知識方のお聖教の中でどのように仰っているかを問題にしているのに、それを一切無視するのは、都合が悪いということですね。

(B)について

前回書いたものを読まれれば、お判りになると思いますが、釈尊は韋提希に定散二善を勧められたという根拠はありません。歴代の善知識方も韋提希に定散二善を勧められたなどと全く仰っていません。それも理解できないのでしょうか。これはO講師に質問して答えられなかったことですが、勧められたと仰った根拠を示さなければ、単なる親鸞会の珍説です。親鸞会の珍説を証明するのは、私ではなく、珍説を主張した方ですが、それ位のことは御理解いただけますか。御理解いただけるならば、根拠を示して下さい。

(C)について

善巧方便と権仮方便について、詳しく説明しましたが、全く理解する気がないものと判断しています。19願は、善巧方便ではなく、権仮方便です。「十方衆生」の意味は(A)の通りです。そんなことも理解できないならば、教義について語る資格がありません。

②について

これも、私の書いたものを理解する気がないとしか言いようがありません。M講師の言われる

親鸞聖人の疑情をもったまま死んだら地獄に堕ちていたと仰言ったお言葉

がどこにありますか。そんなお言葉かあれば示して下さい。もし、「昿劫を経歴せん」が地獄に堕ちることだと言われるのであれば、その根拠を示して下さい。日本語として、そんな意味にはなりません。
それと、私が挙げた『往生要集』を読んだのですか。

まつたく信ぜず、かの業を修せず、願求せざるものは、理として生るべからず。もし仏智を疑ふといへども、しかもなほかの土を願ひ、かの業を修するものは、また往生することを得。

意味がお判りですか。
それと『教行信証』行巻についても、前回の
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ちなみにM講師の出された親鸞聖人のお言葉は、阿弥陀仏の本願も知らずに、報土往生も化土往生もできないならば、ということであって、化土往生できない根拠ではありません。
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に含まれていますが、御理解いただけませんでしたか。
あと、蓮如上人の他の御文章を挙げたのは、親鸞会の基本的な間違いから御理解いただくためです。下らないことを書かれる余裕があれば、私の質問の1つにでも答えて下さい。下衆の勘繰りと思われても仕方がありませんよ。

③について

法然上人、聖覚法印は、外にしか眼が向かない者、と非難されているのですか。

以上、M講師の質問は、全く的外れのものばかりですが、答えました。次は、M講師がはっきりお答え頂く番です。

M講師の答えようという意欲の無さ、及び日本語能力の欠落の問題であって、教義を語る以前の話です。

M講師といえば、高齢の退会希望会員のところに、突然押し掛けて恫喝をしたり、会費を払わない会員の職場に突然押し掛けて、帰って欲しいというその会員の言うことを無視し続けて職場に多大なる迷惑をかけたりと、以前にネット上で話題になりましたが、FAXを突然送ったことは失礼な言動であり、M講師のこれら犯罪レベルの言動は、親鸞会的には仏法者の鏡なのでしょうか。
M講師は自分のことが全く判らない程錯乱しているのか、あるいは相手を貶めたいだけなのか、いずれにしても書いている内容がすべておかしいです。

十方衆生が逆謗ではないことだけは反論できず、”高森会長の教え”で悪口を言うしかないのですが、その言葉は法然上人、聖覚法印、もっといえば親鸞聖人をも謗っていることに気が付いていないのです。

私は親鸞会の会員であった時に、M講師のことを人間的にも教学的にも勝れた人と思い込んでいました。しかし、それは大変な誤解でした。

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コメント

もう専任講師といえども生活の為に会員を引き止めるため他人にも自分にも平気で嘘をつくのでしょう。全部ケンテツや上層部が悪いのだからしょうがない、くらいの事は思ってるでしょう。ことここに至れば本人の責任は免れないでしょうに。
一度きりの大学生活、一度きりの人生、本当に人生をかけてくいのないものがここにあるという言葉にひかれて聞き始めた人も多かったと思いますが、悔いが残る人生になってしまったと目が覚めて思うのでしょうね(既に思ってるかもしれませんが)確かにもうまともな仕事は出来ずに惨めな思いをするだけでしょうから、今の講師にとってそれが一番恐ろしいのだと思います。自分も留年を繰り返して就職にも失敗、10年たっても未だに取り返せてないですから。20年カルトに人生を費やせばもうやりなおしは利きません。だからどんな嘘をついてでもという講師の気持ちはわからないでもありませんね。(どんな苦しい思いをしてもカルトから縁を切るのが大事、資格を取るとかでやり直しが利くとかいうのは私にとっては奇麗事にしかきこえません、これは今回の話とは関係ないかもしれませんがまあ早くケンテツ氏には旅立ってもらって皆さんのMCだけでも覚めることを念ずるばかりです。M講師も確かに許しがたいことをしてるのでしょうけど・・・)とはいえ飛雲氏の活動は会員のMCを解くのに大いに役立っているのでしょうから、私も注目して見させて頂いております、頑張って下さい。

投稿: どんとやき | 2010年11月 3日 (水) 21時55分

どんとやき 様

コメント有難うございました。
講師部員は、仰る通りだと思います。
会員のMCを解くのに役立つならば、ブログをどんどん書き続けていきたいと思います。

投稿: 飛雲 | 2010年11月 5日 (金) 07時48分

完全に破邪されきってますね(笑)

投稿: 旅人 | 2010年11月22日 (月) 02時49分

旅人 様

親鸞会の講師部員なんて、この程度の知識しか持ち合わせていないのです。

投稿: 飛雲 | 2010年11月23日 (火) 18時24分

本当に、念仏三昧で、助かるのか?

投稿: ベタ男 | 2011年11月29日 (火) 16時39分

ベタ男さん

本当に念仏三昧で助かります。

投稿: どんちゃん | 2011年11月29日 (火) 17時53分

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