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2010年11月12日 (金)

親鸞会の教学は、仏教界・真宗界では通用しないことをよく知っておきましょう

親鸞会の教学は、仏教界でも真宗界でも通用しません。なぜなら高森会長は仏教学も真宗学もまともに学んだことがないからです。

たとえば、凡夫についてもそうです。以前にも述べましたが、さとりを開いていない人が凡夫ということではありません。

『教行信証』信巻の最初に

しかるに常没の凡愚、流転の群生、無上妙果の成じがたきにあらず、真実の信楽まことに獲ること難し。 なにをもつてのゆゑに、いまし如来の加威力によるがゆゑなり、博く大悲広慧の力によるがゆゑなり。たまたま浄信を獲ば、この心顛倒せず、この心虚偽ならず。ここをもつて極悪深重の衆生、大慶喜心を得、もろもろの聖尊の重愛を獲るなり。

とありますが、これを『浄土文類聚鈔』では、

しかるに薄地の凡夫、底下の群生、浄信獲がたく極果証しがたし。なにをもつてのゆゑに、往相の回向によらざるがゆゑに、疑網に纏縛せらるるによるがゆゑに。いまし如来の加威力によるがゆゑに、博く大悲広慧の力によるがゆゑに、清浄真実の信心を獲るなり。この心顛倒せず、この心虚偽ならず。まことに知んぬ、無上妙果の成じがたきにはあらず、真実の浄信まことに得ること難し。真実の浄信を獲れば大慶喜心を得るなり。

と言い換えておられます。「薄地の凡夫」とは、本願寺出版の注釈では、

聖者の域に達しない下劣な者。凡夫を三種に分け、三賢(十住・十行・十回向)を内凡、十信を外凡、それ以下を薄地とする。

とあります。「WikiDharma」でも

サンスクリット語の「prithag-jana」は「必栗託仡仡那」と音写され、「異生」と訳される。これは衆生の項に説明がある。玄応音義 には「凡夫というは義訳なり」といって、「婆羅必粟託仡那」(bala-prithag-jana)と解釈している。

一般的に凡夫とは「凡庸なる士夫」の意味で、十分に四諦の道理を知らない人をいう。「凡夫は身見をもって性となす」といわれて、我見にとらわれている人をいう。
自己に実の我があると考え、自と他とを区別し自分に執着して、その差別観の中に苦悩している者のことである。見道(けんどう)以前のものを凡夫という。

この凡夫を内凡(ないぼん)・外凡(げぼん)・底下(ていげ)の凡夫などと区別する。
内凡とは見道に直前する四善根の位にある人、外凡とはその前の三賢の位にある人、底下の凡夫とは外凡以前の人々をいうのである。六道に輪廻するものを声聞、縁覚、菩薩、仏の四聖に対して六凡という。

とあります。意味は少し違いますが、善のできる凡夫もいれば、善のできない凡夫もいるのです。

十方衆生=凡夫=下品下生=逆謗の機

という迷信が親鸞会で蔓延っています。その誤りは、何度も何度も述べてきました。
親鸞会で教えられたことを一度リセットしないと、聖教は正しく読めませんし、親鸞会以外のところで話を聞くと、その話が理解できないことも多々あります。
長年染み込んだ間違った知識は、簡単には抜けず、非常に根深いものがありますので、時間を掛けて修正していくより仕方がないと思います。ただし、現在の講師部員については、更正が極めて難しい状態です。

常識も知らずに親鸞会教学という害毒をサイトやブログでまき散らしていますが、実に恥ずかしいことです。笑われていることも知らずに、三界の大導師を気取っている講師部員は滑稽です。

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コメント

M野さんの愚かさがよくわかりました。
余りと言えば、余りのお粗末さ。

投稿: M野さんへ | 2010年11月12日 (金) 07時59分

親鸞会では、仏語の定義が無茶苦茶であることがこのブログでよく分かりました。
M野氏は、親鸞会教学を元にしてしか話をしませんので、辻褄のあわないところばかりです。
お聖教を素直に読めば、素直な解釈ができます。親鸞聖人も蓮如上人も、学のない庶民にも分かるようにと心を砕かれて、お手紙や御著書を書かれています。
ひねくれた解釈では、庶民には到底理解できないことです。

そんなことも分からない選民思想バリバリのM野氏は、今後も謗法ブログを書き続けることでしょう。哀れです。

投稿: M野氏じゃないyoじゃないyo | 2010年11月12日 (金) 18時15分

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