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2010年10月 9日 (土)

達磨宗の祖師、智覚禅師は、上品上生の往生人なり。

最近の顕正新聞を見ると、体験談ばかりを語る団体に迷わないよう警告する内容ばかりです。会員流出を食い止めようと必死なのはわかりますが、読んでいると吐き気を催すほど、下劣でくどいです。会長の本心が如実に現われています。
親鸞会は、”三願転入の教え”に基づいて、真仮を説いている唯一の団体だと言い続けていますが、三願転入の意味も、方便の意味も相変わらずデタラメです。

三願転入、方便の正しい意味をこれまで何度も何度も、多くの根拠を挙げて説明してきました。mixiではこうへい氏は、退会者からの質問に何1つ答えられず、親鸞会の主張が根本から覆されて、逃亡しました。O講師も、『観無量寿経』で釈尊が韋提希に定善を勧められていないことを指摘されて、論点をずらすも、また親鸞会の主張どころか会長の安心さえも否定されて動揺し、外部からの意見をシャットアウトすることでしかブログが書けなくなりました。M講師に至っては、会長も言ったことの無い超珍説を持ち出してきては即退散、また超珍説を出して即逃亡。挙げ句の果てに負け犬の遠吠えを2chに書くことしかできない惨めな状況です。

三願転入と方便について当ブログで述べてきたことは、

「親鸞会の邪義を正す」

にまとめてありますので、エントリーの多い当ブログを読み返されるよりも、そちらを読まれた方が効率はいいと思います。

今までに紹介していない根拠として『勅伝』には、

上人のたまはく、諸宗の祖師は、みな極楽に生じ給へり。所謂真言の祖師、竜樹菩薩、天台の祖師、南岳、智者、章安、妙楽等、三論の祖師、僧叡、華厳の祖師、智厳、法相宗には、懐感禅師、本宗をすてゝ、浄土宗に入る。天親菩薩は、法相宗の祖師なり。往生論を作て、極楽をすゝむ。達磨宗の祖師、智覚禅師は、上品上生の往生人なり。其他名僧の中に、往生人これ多し。あぐるに遑あらず。

とあります。法然上人が、聖道諸宗の祖師方が、聖道門から浄土門に入られて、往生されたことを仰ったお言葉です。龍樹菩薩や天親菩薩はもちろんですが、聖道門の名僧と呼ばれる方の中には、往生された方も多いということです。
権仮方便とはこういうことです。

度々挙げている『往生要集』

『観経』に、「極重の悪人は、他の方便なし。ただ仏を称念して、極楽に生ずることを得」と。

は、「極重の悪人」である下品下生には、「他の方便」つまり念仏以外の方便のないことを仰ったものですが、定善の機、上品上生から中品下生までは、「他の方便」として定散二善が説かれているのです。もちろん、定善の機、上品上生から中品下生の善人が実際にいるから、説かれた教えです。これは先の

達磨宗の祖師、智覚禅師は、上品上生の往生人なり。

の一文でも明らかなことです。親鸞会のように、

十方衆生=下品下生=逆謗の機

などとは、どの聖教にも書かれてある訳が無いです。大沼師個人の味わいを、親鸞聖人の教えと錯覚した無学の師とその弟子達の夢幻です。
善人である聖道諸宗の祖師方は、レベルの高い善が実践できますので、19願が権仮方便となるのです。なぜなら、善の全く必要の無い18願念仏往生は、自分とは関係がないとしか思えないから、真実18願へ導くための方便が必要なのです。ちなみに、本願文に「十方衆生」とあるからすべて自分のことだと考えるのは親鸞会だけです。
前回の「四依」でいえば、

人、指をもって月を指う、もって我を示教す、指を看視して月を視ざるがごとし。

です。指しか見ない思考がおかしいです。
19願は、聖道門から浄土門に誘引する願ですから、それを法然上人は『西方指南抄』(親鸞聖人御真筆)で

第十九の願は、諸行之人を引入して、念仏の願に帰せしむと也。

と仰っています。これを承けられて親鸞聖人も要門釈の最初に同様のことを仰っています。
しかし、最後は18願に帰依しなければ報土往生はできませんので、『教行信証』化土巻・要門釈の最後

『観経』の定散の諸機は、極重悪人、ただ弥陀を称せよと勧励したまへるなり。濁世の道俗、よくみづからおのれが能を思量せよとなり、知るべし。

と親鸞聖人は要門釈の結論とされたのです。「定散の諸機」である善人にも、「極重悪人」同様に、「ただ弥陀を称せよ」としか親鸞聖人は仰っていないのです。

ですから、聖道門の人達などの善人に対しては三願転入という概念は当て填まるかも知れませんが、悪人には三願転入など無関係なのです。従って、”三願転入の教え”もなければ、親鸞聖人が往生、獲信のために善を勧められたお言葉も全くないのは当然なことです。
もし19願が自分と関係あると思うならば、その人は極重の悪人ではありません。善人です。
こんな単純なことさえも理解できないから、支離滅裂な説法や吐き気を催すような新聞を、有難い有難いと思うのでしょう。

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