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2010年9月 4日 (土)

哀れな親鸞会の実態

こうへい氏(H講師)、O講師、M講師は皆議論から逃亡しました。途中で会長直々の御教導があった議論も、根拠を知らなさ過ぎて墓穴を掘り、会長は早々と退散しています。これが、何百年に一度の善知識擁する親鸞会の実態です。

O講師のブログについて私が書かなくなったのは、議論に破れながら話を東本願寺のことにすり替えて、延々と書いていることを哀れに思うからです。相手にしようという気も起きません。

「夢幻界裡の覚醒」の方は、歴代の善知識方のお言葉を出さず、香樹院師の言葉から、何とか親鸞会の正当性を導きだそうと必死になっています。香樹院師の意図を無視した超論理展開です。ツッコミを入れる価値のない御粗末さですし、ツッコミは「真偽検証」でなされると思いますので、無視しようとも思ったのですが、重要なところを少しだけ書いておきます。

念仏と六度万行

のところでも書きましたが、加藤智学編『香樹院講師語録』では、獲信のために諸善を勧められてはいません。香樹院師の言葉をそのまま引用すれば

  • 骨折って聞くべし
  • 衣食も思わず聞くことに候
  • 常に絶え間なく聞くべし
  • 法話なき時は、聞きたることを常に思うべし
  • 常に聖教を拝見すべし
  • もしまた世事にかかりあい、聞見常に縁なき時は、口に常に名号を称すべし、これまた法を聞くなり

です。廃悪修善に励みなさいとは書かれていません。

また

「親鸞会教義の誤り」
一切衆生は必堕無間なのか11(化土往生について)

にも、香樹院師の化土往生についての語録が紹介されています。香樹院師は、未信の人に対して化土往生ができるのだから

なにも悲しまずに、喜びて念佛すべし

と言われた上で、

本願を心にかけ念佛せん人、
辺地の往生を遂げしめ給う御慈悲なれば、
身心を投げ込んで聞けば、信は得ずとも念佛申す御徳にて、
悪道に堕ちぬことなれば、命限り疑いのはるるまで求めて、
聞きとげずばおくまいと、勇み励んで聞き求むべし。

と聞法に励むことを強く勧められています。「一切衆生必堕無間」を説いていませんし、獲信の為に廃悪修善を勧めた言葉がないから、あのような無茶苦茶な論理を書いているのです。

さよなら親鸞会」に

親鸞会の講師部や親友部で、本願寺に対して従うことを誓い、布教をすると申し出ている人たちがいます。

と書かれてありましたが、保身の為とはいえ、断章取義と改竄、捏造を繰り返した謗法ブログを書き続けることはないでしょう。早く親鸞会を辞めればよいのです。

次回は香月院師の言葉を出して、「これを読め」と書いてくるかもしれません。

後生の一大事、後生の一大事と他人を脅すよりも、謗法罪を造るわが身の必堕無間を心配しなさい。

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コメント

M野は、やっぱり逃げた。

投稿: カルト教義反対 | 2010年9月 4日 (土) 20時53分

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