« 悪人正機も理解できない親鸞会 | トップページ | 三願転入の背景 »

2010年9月12日 (日)

「汝何ぞ天下の諸人を以て皆下劣の根機と為す乎」との明恵高弁の言葉を知っていますか?

日本浄土仏教の歴史も知らないで、善知識ごっこをしている者達のために、蛇足ですがもう少し説明します。
前々回、前回と要門釈の結勧の文

『観経』の定散の諸機は、極重悪人、ただ弥陀を称せよと勧励したまへるなり。濁世の道俗、よくみづからおのれが能を思量せよとなり、知るべし。

について解説をしてきました。このように仰らなければならなかった歴史的背景も知る必要があります。
法然上人が諸行を廃して念仏を立てられたことに対して、聖道門の学僧達から激しい非難があったことは、何度も言及して来ましたが、

「親鸞会教義の誤り」
親鸞会は諸行往生10

に、その内容が具体的な文証を挙げて解説されています。一部を紹介します。

法然上人が阿弥陀仏の48願中18願を選択本願、王本願とされて、諸善を廃して念仏を専修すべきことを主張されたことは、これまで何度か述べてきました。これに対して、当然のごとく聖道仏教の学僧達から激しい非難が浴びせられました。
『延暦寺奏状』に

一、一向専修の輩、経に背き師に逆う事

とあり、この中に

諸悪莫作諸善奉行は寧ろ七仏通誡にあらずや。

と書かれてあります。七仏通誡偈を根拠に、諸善を廃することの誤りを指摘しようとしていることが分かります。
また『興福寺奏状』九箇条の中に、

六、浄土に暗き失。
七、念仏を誤る失。

があります。浄土と念仏という浄土仏教の根本的教義に踏み込んでの非難です。つまり、これまでの浄土仏教の教義に照らしても、法然上人の主張は間違っていると説明したものです。

六、浄土に暗き失には、『観無量寿経』の散善について書かれています。親鸞会の公式ホームページの「承元の法難」には、「六、浄土に暗き失」が省かれているのですが、これは意図的なものであることに間違いありません。
この内容は
「用管窺天記」の自業自得の救済論
に詳しく書かれてありますので、御参照下さい。

七、念仏を誤る失」には、

ここに専修、此のごときの難を蒙らんの時、万事を顧みず、ただ一言に答へん、「是れ弥陀の本願に四十八あり、念仏往生は第十八の願なり」と。何ぞ爾許の大願を隠して、ただ一種を以て本願と号せんや。

と念仏往生の18願のみを選択された本願としているが、他の47願も本願ではないか、と法然上人の主張に異議を唱えているのです。

また明恵高弁が『摧邪輪』を著して『選択本願念仏集』を徹底的に非難しています。その中で以下のように

解して曰く、発菩提心は、是れ仏道の正因、是れ体声なり。専念弥陀は、是れ往生の別行、是れ業声なり。汝が体を捨てて業を取るは、火を離れて煙を求むるがごとし。咲ふべし、咲ふべし。まさに知るべし。これらの解釈の文は、皆菩提心においては、置いてこれを論ぜず、ただ所起の諸行についてこれを判ず。しかるに本願の中にさらに菩提心等の余行なしと言うは、何が故ぞ。第十九の願に云く、「発菩提心、修諸功徳」等と云々。是れ本願にあらずや。

と具体的に19願を出しているのです。善を勧められた19願は本願ではないのかと。
これ以外にも『観無量寿経』の定散二善を解説し、菩提心等の余行を廃するという法然上人の教えは、間違っていると長々と述べているのです。

『興福寺奏状』には以下のことも書かれています。

善導一期の行ただ仏名に在らば、下機を誘ふるの方便なり。

また『摧邪輪』には、

往生宗所引の念仏の善の証文には称名の外に無量の余行あり、一一出すに邊あらず、若し彼を撥すれば念仏の深義また成ずべからず、若し汝の言う所の如く一文を守らば称名行は是れ下劣根機の為に説く所也、
(中略)
称名一行は下根の一類の為に授ずくる所也、汝何ぞ天下の諸人を以て皆下劣の根機と為す乎、無礼之至り称計す可からず、此の文証を引くに依りて称名行を執らずに非ず、唯是汝之一門、称名を以て無上殊勝の行と為し、余行を撥して下劣と為す

ともあります。念仏は「下劣根機の為」のもので、「下機を誘ふるの方便」あって、世の中の人が皆「下劣根機」ではないとしているのです。『往生要集』にも

『観経』に「極重の悪人は、他の方便なし。ただ仏を称念して、極楽に往生することを得」と。

とありますので、『観無量寿経』の九品の差別を見れば、高弁らの主張は一応筋の通ったものです。この高弁の『摧邪輪』に対しての反論書が、『教行信証』なのです。要門釈において、19願と定散二善について解釈された内容は、これまでに散々述べて来た通りです。

このような時代背景を踏まえれば、

『観経』の定散の諸機は、極重悪人、ただ弥陀を称せよと勧励したまへるなり。濁世の道俗、よくみづからおのれが能を思量せよとなり、知るべし。

の御心が判るでしょう。法然上人の御心を親鸞聖人が解説をされたお言葉です。
ちなみに、高弁ら聖道門の学僧は、18願が真実の願で、19願が方便の願であるなどとは、夢にも思っていません。19願を通って18願に入るという考えも、もちろんありません。阿弥陀仏の48の願の中では19願が最も勝れていると考えているからこそ、19願は聖道門の人を浄土門に誘引する願として意味をなすのです。

それを、浄土門内の18願真実を信じている悪人に対して、まず方便の19願から始めなさいなどとは、どんな思考回路なのでしょうか。歴史的背景を知るだけでも、化土巻の内容で相当のことが理解できます。

定散の諸機」=「極重悪人

と堂々とブログで書き立てていて、自分の浅智を世界中に宣伝していることにも気が付かないのでしょうね。少なくとも、本願寺で教育を受けた布教師ならば知らない筈のない基礎知識です。「夢幻界裡の覚醒」の管理人が浄土門外の団体に属する布教師であることが、ここでも証明できます。

|

« 悪人正機も理解できない親鸞会 | トップページ | 三願転入の背景 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 悪人正機も理解できない親鸞会 | トップページ | 三願転入の背景 »