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2010年8月31日 (火)

井の中の懲りない面々

煽るとすぐに登場するのがM講師です。こうへい氏もそうでしたが、実に単純です。
過去の議論も無いことにして、相手の主張をねじ曲げ、過去と同じことを何事も無かったかのように繰り返し言い続ける。「嘘も百回言えば真実になる」を、そのまま実践しているのです。

コメント欄でも某ブログでも、同じような時間に書いていることから、2chに書き込んだ人物も含めて同一人物が書いていることは、誰でも判るでしょう。

それにしても、こちらも同じことを何度も何度も言わなければなりませんので、過去の議論を踏まえてsutybi氏がまとめてくださったものが、

「親鸞会の邪義を正す」

です。

十方衆生≠極重の悪人
化土往生について1
”三願転入の教え”の誤り1

を読んで御理解頂ければ、問題ないと思います。

必死になって”三願転入の教え”なるものを創出していますが、その根拠をいつまで経っても出すことができません。親鸞聖人が19願を勧められたお言葉1つ出せないのです。M講師に至っては、過去に当ブログで、誡疑讃が19願を勧められたとコメントをして、袋叩きにあい、論点をずらして逃亡しています。
20願自力念仏についてこれまで述べてきて、M講師の間違いを懇切丁寧に説明してきましたが、そのことは無視して、19願自力修善ばかりに論点をずらすのもいつものことです。

こうへい氏もそうでしたが、直接の根拠がないから、関係ない根拠を引っ張り出してきては、ヘンテコ珍解釈をしてそれを押しつけてくるのです。私は、直接的な根拠ばかりを挙げていますので、そのような方法でしか対抗できないことも判っています。負け犬の遠吠えが好きなのが。親鸞会です。

某ブログやコメントはすでに論破した内容ばかりですので、過去のエントリーや

「親鸞会の邪義を正す」

を読んでいただければ説明は不要でしょう。

M講師に言いたいことは、屁理屈を言う前にこちらの質問に答えましょう。

・浄土門の人に19願を勧められた親鸞聖人のお言葉
・誰も化土往生できないと仰った親鸞聖人のお言葉

を出して下さい。回りくどい説明は一切不要です。直接的な根拠だけで結構です。
こうへい氏の時と同じで、これらの根拠が出せなければ、議論は決着です。関係ないことをいった時点で、M講師の負けが読者に徹底されます。

なお、参考までに最初の質問については過去に、

典型的な断章取義教学
のコメント欄での議論に始まって、論破され「一切衆生必堕無間」に論点をずらして逃亡しています。

信罪福心は自力であり、19願の勧めではない
実は、『正像末和讃』『浄土三経往生文類』も読んだことがありません、を追加
浄土にてかならずかならずまちまゐらせ候ふべし
ひがことを申し候はば、その身ひとりこそ地獄にもおち、天魔ともなり候はめ

「一切衆生必堕無間」の根拠は?
正常な思考とカルト思考
カルト思考の愚かさ

ここを読まれれば、M講師のレベルと人間性がよく判ります。

某ブログの揚げ足とりを一つだけ補足説明すれば、

「嘘も百回言えば真実になる」と信じ切っている親鸞会

でも書きましたので普通の方は御理解頂けたと思いますが、龍樹菩薩も自分の力では仏になることができず、極重の悪人同様に18願に帰依されなければ報土往生は遂げられなかったのです。それを

『正像末和讃』

像法のときの智人も
 自力の諸教をさしおきて
 時機相応の法なれば
 念仏門にぞいりたまふ

と親鸞聖人は仰っているのです。これをもって、龍樹菩薩は定散諸機の方と言えても、龍樹菩薩は極重の悪人であると言うのは余程の知能の持ち主です。

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コメント

退会しても高森会長が正しいと思っている人というのは、ちび丸しかいないでしょ。

高森会長が正しいと思うなら親鸞会に再入会するだろうに、いつもおもしろいことをいうM野。

『親鸞聖人御遺言法語一名真宗授要続編 釈 教名集』について、

『真宗大辞典巻二』(鹿野苑刊)p.1264に、
「親鸞聖人御法語二巻、文応元年(1260)6月聖人の弟子教名の集めし者にして宝暦11年(1761)6月教名の末孫常陸笠間の光照寺教円がこれを校刻した。」とあり、本願寺派の江戸時代の学者玄智や履善はこれは宗祖のものでもなく、又宗祖の意に反する内容のもとしている。

とあります。根拠も解釈もすべて偽物が好きなんですね、M野。


飛雲さんが、すでに書かれていましたのを引用しておきましょう。

****************************************
『真宗授要編 釈教名集』を紹介しましょう。著者は光照寺の教名という人ですが、その説明が以下のサイトにありましたので、一部抜粋します。

「親鸞と時朝」

光照寺は笠間御草庵といい、親鸞の弟子である教名房実念の開基である。
『親鸞聖人門侶交名牒』に実念は存在する。実念は親鸞の面授の弟子である。

光照寺のご本尊は建長7年(1255年)造立の阿弥陀如来立像(県指定文化財)である。建長5年には時朝は薬師如来立像と脇立千手観音立像を造立しそれぞれ、岩谷寺と京都三十三間堂に寄進している。光照寺の阿弥陀如来立像も同時期に作られたものであるが、光照寺のご住職のお話では、「阿弥陀如来立像は親鸞聖人自らが造られたご本尊と言われており、時朝が発願・造立したとの史料はない。」との事である。

光照寺略縁起によると「本尊である阿弥陀如来立像は親鸞が自ら日夜精魂のすえ、旬日にして二尺八寸の尊像を御成就あそばされた。ご帰洛の砌、この御本尊を教名房実念に付与さたものといわれ、『浄土真宗開闢の本尊』或いは『立教開宗の阿弥陀如来』として750年来、当山に伝わるところ。」とある。

親鸞会会員には、驚くべきことが書かれてあります。
さて、この書物の中に次のようにあります。

さては信心と申ことは、聖人の御膝ちかく御聴聞まふしてさへ発起すること甚だ以かたし、いはんや滅後末の世にはさぞと思ひ侍るなりことに、聖教には権実真仮ありてたやすく正意にいたること甚以かたかるべしと存たてまつるなり。哀願は某、末世の尼入道になりかはり信心決定の要を委く御尋まふし上たく存したてまつるなり。恐ながら御返答なし下され候はば、末世往生の亀鑑とて奉らんと申上るところに聖人正しく仰られて曰く、「汝この尋の旨肝要のことなり。すべて聖教は教なければみな定散の二門におつるなり。故に大師聖人は文はまつげのごとく見損て往生の得分を失ふと歎たまへり。」

これは親鸞会のことを親鸞聖人が仰ったものです。

親鸞会の聖教(会長の著書)には教えがないから、定散の二門におちいって、親鸞聖人の御著書を読み損なって往生ができないのです。

投稿: 幹部会員歴数十年 | 2010年8月31日 (火) 13時54分

下らないところばかりを突いて、肝心なことを誤魔化すのが念仏誹謗のM野さん。
議論する気がないのだろう。まともに相手にする価値がゼロの男。
もし本当に自信があるのなら、M野さんのブログのコメント欄を解放しなさいよ、思う存分書込んであげるからさ。

ところで、親鸞聖人が至る所で化土往生について書かれてあるのに、

「本当は必ず無間地獄に堕ちるのに故意に化土に往生できるぞと我々を騙されたのであろうか」

とM野さんは親鸞聖人を誹謗している訳ですね。念仏の功徳も否定して、完全に念仏誹謗で、必堕無間ですね。

投稿: 念仏誹謗のM野さん | 2010年8月31日 (火) 15時50分

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